台湾を忘れない

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先日、春の園遊会の際に陛下が台湾人と結婚した福原愛選手へお言葉を掛けられたことが台湾でもニュースになっているそうです。
NHKから見てみましょう。
春の園遊会 伊調馨選手や福原愛選手など招待
春の園遊会が開かれ、レスリング女子の伊調馨選手など2000人余りが天皇皇后両陛下や皇族方と和やかなひとときを過ごしました。
園遊会は、両陛下の主催で毎年、春と秋の2回、東京の赤坂御苑で開かれています。両陛下は20日午後、皇太子ご夫妻など皇族方と庭園を回って招待者と懇談されました。
レスリング女子でオリンピック4連覇を果たした伊調馨選手は、天皇陛下から「よい成果をおさめられてよかったですね」と言葉をかけられると、「国民の皆さまに応援していただいて、よい結果を残すことができました」とこたえました。そして、皇后さまが、伊調選手が表彰式で金メダルを掲げ4本の指で4連覇の喜びを表したことについて「よい写真をようございましたね」と話されていました。
卓球女子団体でキャプテンを務め銅メダルを獲得した福原愛選手は、皇后さまから「今度は主将でいらしたし、きつかった」と尋ねられると、「そうですね。日本の皆さんに応援して頂いたおかげでメダルを持って帰ってくることができました」とこたえました。また、天皇陛下から、去年結婚した台湾の卓球選手との住まいについて尋ねられると、「台湾と日本と今は行ったり来たりの生活をしています」とこたえ、天皇陛下は「どうぞ元気でね、幸せに」と言葉を贈られていました。
去年4月の地震で大きな被害を受けた熊本県の蒲島郁夫知事には、天皇陛下が「震災大変でしたね」と話しかけられました。蒲島知事は「1年間で刻々と変化する対応でずいぶんと苦労しました。これから2年半かけて4万7000人の方々を本格的な住まいに移していきたい」とこたえ、天皇陛下が「どうぞこれからも体を大事にしてみんなのために努めてください」と話されました。
皇后さまや雅子さまなど女性の皇族方をはじめ、伊調選手や福原選手たちは色とりどりの和服姿で会場は華やかな雰囲気に包まれ、出席したおよそ2000人の人たちは、記念写真を撮るなどして、和やかなひとときを楽しんでいました。

NHKでは正確な話を報道しませんので実際には
園遊会には卓球女子団体で銅メダルを獲得した福原愛選手も出席されており、懇談時に天皇陛下からお住まいについてのご質問を受けた際、福原選手は「台湾と日本を行ったり来たりの生活をしています」と返答。
「台湾」という言葉が出た直後に皇后陛下は、
「台湾もずいぶん、東日本(大震災)の時などに、心を寄せてくださっていたから、関係の方にお会いになったら、お礼をお伝えくださいね」

とのお言葉を頂戴したそうです。
思わず福原さんは涙ぐみそうになったそうです。
ありがたいことです。意図的に報道しないNHKは何を考えているのでしょうか?

友人である台湾を粗末に扱いNHKは人としてだめだと思います。

台湾といえば先日、八田興一の銅像が破壊されたとの話がありました。中共に忠誠を誓った人間の犯行なのでしょうか?
元台北市議らしいですね。日台友好を邪魔立てする人間の犯行なのでしょう。
しかし、台湾人も5月8日の慰霊祭に向けて間に合うように修理するそうです。
台湾・銅像損壊乗り越え…八田與一氏の慰霊祭開催へ 5月8日
 【台北=田中靖人】台湾南部・台南市で日本統治時代の技師、八田與一(はった・よいち)の銅像が損壊された事件をめぐり、頼清徳市長は19日までに、5月8日の慰霊祭を例年通り開催することを日本側関係者に通知した。当局が頭部の行方を探しているほか、胸像を所有する奇美博物館(同市)が修復への協力を申し出ている。八田の功績には一部で論争はあるものの、犯行には各界から批判が相次いでいる。
 頼氏は事件が発覚した16日、直ちに像の修復を指示。頭部が見つかれば3日程度、作り直しでも1週間程度で修復できるという。
 八田が建設を指揮した烏山頭ダムと周辺の灌漑施設は、嘉南平原を穀倉地帯に変えた。八田の功績は教科書にも記載されているが、犯人の元台北市議は「八田の歴史的評価を認めない」と供述している。
 八田の功績を否定する一部の人々は、増産されたコメは「台湾人ではなく日本に持ち帰り日本人に食べさせた」(中国国民党所属の台南市議)などと主張。頼氏を「媚日派の犬」(研究者)などと中傷する向きもある。背景には、民主進歩党所属の頼氏が、公共用地から国民党の初代総統、蒋介石の銅像を撤去したことへの反発もある。
 一方、台北駐日経済文化代表処の謝長廷代表(駐日大使に相当)は18日付の自由時報で「銅像は台日の友好の象徴だ。台湾人が誤解されてしまう」と犯行を批判。総統府の黄重諺報道官は19日、「八田氏を高く評価する行為は歴代の政府、各界が行ってきた」と述べた。
 実際、国民党の呉敦義前副総統は18日、「台湾が(日本に)割譲されたのは彼のせいではない。善悪は分けるべきだ」と八田を擁護した。作家の黄震南氏は、銅像は八田の生前に民衆が進んで建立したものだとした上で、「時代と政権を超えた農民の感謝(の表れ)だ」と指摘している。

八田興一は戦争のために台湾に来たわけではありません。国を富ますために台湾に来たのです。
どこかの国のリーダのように現場に来ずに指示していたというわけではなく、自分の現場に入り一緒に飯を食い働いていたのです。時には酒を飲み、賭博も許可したそうですね。経済が厳しくなった時に熟練者はやめても次の仕事はあるがそこまでの人は仕事に困るからと言って熟練者から首切りを行っていたりしてました。
彼を評価しない当時のカナン地方の人はいないとまで言われています。
それだけ大きな功績を残したのです。結局彼は戦争の犠牲となりました。
そして奥さんは九頭竜湖に身を投げたそうです。・・・
当時の日本人は素直で裏表のない人間が多いと聞きます。
人と人とが手を取り合って協力して生きてきた時代なのでしょう。今よりも幸福だったのかもしれませんね。

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歴史 | コメント:(0) | トラックバック:(0) | 2017/04/30 06:00

憲法守って国滅ぶのか?

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北朝鮮の恫喝ミサイル、それに対応するためにも法律を作っていかなくてはなりません。
しかし、欠陥憲法である日本国憲法では限界があり、対応しきれません。
GHQによって作られたちぐはぐな憲法、占領時に押し付けられた憲法であり、国際法により無効化できますが、主権回復をした際に破棄や改正を行ってこなかったツケが今になって回ってきています。
自民党は憲法改正を行うために作られた政党です。
しかし、現状を保ち国民を豊かにするという命題を果たすほうで精一杯なのでしょう。最近まで憲法改正議論をしてきていません。
国難に際し、憲法改正を訴えていきましょう。
個人的な思想はどうであれ、一度は変えるという工程を踏まないと前に進まないと私は思います。
何とかして憲法改正を果たしましょう。それはどんなに小さな変更でも構わないと思います。

先日、古巣の山梨県で憲法改正の講演会が開催されました。
「いま憲法を改正しないと日本が危ない」 山梨・甲府で櫻井よしこ氏講演会
 ジャーナリストの櫻井よしこ氏が13日、コラニー文化ホール(山梨県甲府市寿町)で講演した。美しい日本の憲法をつくる山梨県民の会(横内正明会長)などの共催で、約1500人の聴衆が耳を傾けた。
 櫻井氏は核兵器開発や軍事的挑発を続ける北朝鮮について、「米国のオバマ前政権の対話路線が増長をもたらした」と指摘。「約500発のミサイルが日本に向けられている。甲府も照準だ」と関心を求めた。
 5月に大統領選挙を控える韓国も含め「朝鮮半島が不安定化している」と強調。「日米安保条約が日本の平和を守ってくれた時代は変わった」とし、「改憲によって自衛隊の位置づけを確立し、自らの身を守る必要がある」と訴えた。
 櫻井氏は尖閣問題などにも触れ、「いま憲法を改正しないと日本が危ない。間に合うか、間に合わないかを心配している」と危機感を強調。「日本人は穏やかで誠実だが、いざとなったら堂々と闘う。私たちの国に害をもたらすことは許さない。この決意を形にして表すのが、改憲に至る国民の議論だ」と訴えた。

今変えていかないと今回の国難を乗り越えられてもいつかは日本が滅びます。
そうなってからは遅いのです。

憲法を変更できない理由について言及されている人が居ます。
平和を破壊する憲法九条二項 なぜかくも長く放置されたのか 埼玉大学名誉教授・長谷川三千子
≪改正が行われない不思議≫
 日本国憲法が施行されて70年がたとうとしていますが、その間、憲法改正は一度もなく、その意味でわが国の現行憲法は世界で一番の長寿憲法となっています。
 しかし考えてみると、これは大変不思議なことなのです。確かにその前の大日本帝国憲法も明治22年の発布以来60年近くの間、一度も改正されていません。ただし当時は改正論議そのものが起きなかったのです。
 これに対して現行憲法の場合はすでに昭和30年、初の自民党政権が発足したとき、第一の目標として「憲法の改正」が掲げられています。それ以来、憲法改正が党是からはずされたことはなく、また自民党は3年ほどの例外的な時期を除いて、ほとんど常に与党となってきました。つまり、戦後ほぼ一貫して政権の場にあった政党が憲法改正を掲げてきたにも関わらず、憲法改正は一度も行われていないのです。実に不思議なことと言うべきでしょう。
 確かに現行憲法の改正要件が厳しすぎるというのは、よく言われる通りです。しかし同程度に改正要件が厳しいにも関わらず、憲法改正をしている国々もあって、これだけが原因とは思われません。
 もう一つ言われるのは、わが国では平和を希求する国民の願いが深く根付いていて、九条を改正しようとする政権に強く反対し続けてきたからだ、という見解です。

 ≪平和を破壊する九条二項≫
 しかし、日本国憲法第九条が平和条項だというのは、一項についてのみ言えることであって、二項は全く平和条項ではないのです。
 九条一項は、自衛戦争は許されるが侵略戦争は禁じられる、という不戦条約の原則を踏襲した、ごくまっとうな国際基準の平和条項です。ところが、九条二項は次のように定めているのです-「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」
 もしこれを文言通りに遵守したとすると、「前項」に言う「正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求」すること(たとえば国連平和維持活動で活躍すること)はもちろん、自衛ということが一切不可能となります。それ以前に、これは日本全体を完全な軍事空白地域にしてしまう。国際平和にとってこれほど危険なことはありません。
 世界全体の目指すべき非武装目標として語るのならともかく、これを一国の憲法規定として書き込んだなら、九条二項は平和破壊条項となりかねないのです。
 さらに深刻なのは、これが近代成文憲法の根本概念である「主権」というものを成り立たなくしてしまうということです。「主権」とは、一つの国が独立国家として領土を保全し、自国の政治を行う権利のことですが、もともとこれはヨーロッパで「最高の力」という意味の言葉でした。すなわち、自国の独立を守る「力」に支えられてはじめて、この「主権」という言葉は有効となるのです。
 わが国の憲法の第一原理とされている「国民主権」は、国の内側で政治を決定する権限が国民にあること、とされています。しかしこれも、国家が主権を維持し、独立を保っているからこそ可能な原理なのです。九条二項を条文通りに守ると、国家の力はゼロになりますから、事実上わが国の主権は消失することになります。つまり九条二項はわが国の憲法原理「国民主権」を不可能にしてしまうのです。

 ≪なぜかくも長く放置されたのか≫
 こうしてみてくると、九条二項の改正は、イデオロギーや思想の問題ではなく、ただ端的に欠陥条項を改正するという問題であることが分かります。平和と民主主義を望む人なら超党派で改正を願うはずのところです。いったいなぜそれがかくも長きにわたって放置されてきたのか? 謎はますます深まります。
 おそらくそれは、この欠陥条項が、表面からは見えない、憲法全体のもう一つの欠陥と深く結びついているからだと思われます。
 誰もが知る通り、日本国憲法は日本が戦争に負けて完全に主権を失った時期に、占領者によって作られています。近代成文憲法では、それが誰の主権のもとで作られたかが重大な意味を持つので、日本国憲法が日本を占領中の連合国軍総司令官の「最高の力」のもとで作られたというのは、それ自体がスキャンダルにほかならない。いわゆる〈日本国憲法無効論〉が主張される所以(ゆえん)です。
 けれども、もしその無効論を貫くと、現行憲法のもとに作られた全ての法律、行政システムが現国会もろとも丸ごと無効になってしまう。悪夢の大混乱に陥ります。それが怖いからこそ、誰もが無意識のうちにこの欠陥条項から目を背けてきたのだと思われます。
 しかし70年たった今、われわれは逆上することなく、冷静にこのスキャンダルをスキャンダルとして眺めることができるはずです。そしてその置き土産である欠陥条項を改正しうるはずなのです。(埼玉大学名誉教授・長谷川三千子 はせがわ みちこ)

なかなか詳しく書いていますね。
無効論自体は聞いたことありますが、あまりにも議論にならない話でしかありませんでした。
学術論的には経緯的には良いのかもしれませんが、政治的・時間的には問題ありというのが私の考えです。
どうなれば一番良いかと言えば、まずは憲法を改正して時間を掛け自主憲法制定と行きたいところです。
そしてその憲法には日本を吹き込んでいただきたいものです。権利ばかり主張するような歪で他人を思いやらない憲法ではなく義務を果たし健やかに生きる事が出来るような憲法にしてほしいですね。
その骨格を作るためにも自民党には頑張っていただきたいものですが、現状の軍隊を持たない日本ではアメリカの影響を抑えることが出来ていません。

今回の有事はピンチではありますがチャンスでもあります。
しっかりと腰を据えて考えていきましょう。
(ブラッキー)

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歴史 | コメント:(0) | トラックバック:(0) | 2017/04/26 06:00

台湾で愛される日本人 八田興一

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八田興一、カナン地方に広大なダムを築き上げ、不毛の地であったカナン地方を肥沃な穀倉地帯に作り替えた偉人です。
当時、台湾開発に力を入れていた日本政府は台湾に様々な投資を行いました。その結果の一人に八田興一が居ました。
次の開発地点へ移動する際、敵国に輸送船と共に海へと沈んだ彼を嘆くものは多く、その功績を讃え記念館もあります。

そんな彼の銅像が中共よりの人間により破壊されました。
台湾で「日台の絆の象徴」八田與一像の頭部切られる ダム建設指導の技師
 【台北=田中靖人】台湾南部・台南市の烏山頭ダムで16日早朝、日本統治時代に同ダムの建設を指導した日本人技師、八田與一の銅像の頭部が切られているのをダム関係者が発見、警察に通報した。複数の台湾メディアが伝えた。八田の功績は台湾の民主化以降、日台の絆の象徴とされており、ダムには日本人観光客も訪れる。
 台南市の警察当局によると、頭部は持ち去られたとみられる。台南市の頼清徳市長は、迅速な捜査と像の修復を指示した。
 八田は1920(大正9)年から10年かけて同ダムを完成させ、嘉南平原を台湾最大の穀倉地帯に変えた。同所では毎年5月8日の命日に慰霊祭が開かれている。八田の功績は李登輝総統時代に再評価が始まり、2007年には陳水扁総統が褒章を授与、馬英九総統も就任前の08年の慰霊祭に出席している。

慰霊祭まで一か月を切っているこの時期にこのような事をする人は人間じゃないと私は思います。
私も台湾に行った際に訪れました。たくさんの花束で囲われ、きれいに掃除されておりました。
皆に愛させているんだなと思いましたね。彼が作った烏山頭ダムはカナン地方の生命線でもあります。このことは台湾の歴史でも教えられることです。

犯人が逮捕されたそうですね。
台湾・八田像損壊犯は元台北市議だった FBで公表し出頭
【台北=田中靖人】台湾南部・台南市で日本統治時代の技師、八田與一像の頭部が切り取られた事件で、台湾と中国の統一を主張する元台北市議の男が17日、交流サイト上で犯行を自供、警察に出頭した。
 男はフェイスブックで「自分がやった」と公表した上で、台北市内の警察署に出頭。当局は共犯とみられる女とともに身柄を台南に移して事情を聴いた。
 男は1958年生まれで、現在は台湾の急進統一派の団体「中華統一促進党」に所属。94年に統一派の政党「新党」から台北市議に当選し、1期務めた。任期中、市幹部を殴り起訴された。また、2016年には急進的な台湾独立派の団体の敷地に放火し逮捕、起訴されている。
 男は自身を日本統治時代の義賊になぞらえる発言も投稿。像の頭部を指すとみられる「八田さん」を、中華統一促進党の「党本部に届ける」などとする記載もあった。

案の定、中共の狗でしたね。特定亜細亜の人間はろくなことしませんね。
日本でも日本の歴史の象徴である神社に油をまかれたり、放火したりする朝鮮人が後を絶えません。
文化を破壊していく姿は中華思想の考えを表したものなのでしょうか?非常に危ないですね。

そんな無残に破壊された銅像ですが、何とか慰霊祭に間に合うようになりそうです。
壊された八田与一像、台南・奇美博物館が週内に修復へ/台湾
(台南 17日 中央社)台南市烏山頭ダムに設置されている日本人水利技師、八田与一氏の銅像が壊されているのが見つかった件で16日、同市の奇美博物館が修復の支援に当たることがわかった。同氏の命日である5月8日には追悼の催しが控えており、銅像を管理する嘉南農田水利会は修復を急いでいる。
銅像が破壊されたことを知った財団法人台南市奇美文化基金会董事長(会長)の許文龍氏は、修復に協力するよう同博物館に指示し、関係者と彫刻家が16日午後、視察に向かった。同博物館職員によると、同ダムの八田像を模倣した作品が3体あり、同美術館に所蔵されているそのうちの1体の胸像を切断し、破壊された頭部に接着して修復を行うという。作業は1週間以内に完了する見込み。
許氏は合成樹脂や電子部品などを傘下に持つ奇美グループの創業者。芸術にも精通しており、日本統治時代の台湾に貢献した日本人を胸像の製作によって顕彰してきた。2015年には、後藤新平や新渡戸稲造の胸像を寄贈した拓殖大学から名誉博士号が贈られている。

非常にありがたいものです。

日本と台湾が仲良くなることを嫌う人間がいる、そしていつも暴力的な手段に出てくるっていうのは許せませんね。

このことに負けずに日本と台湾の歴史を学んでいきましょう。
それが日台友好につながります。
(ブラッキー)

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歴史 | コメント:(1) | トラックバック:(0) | 2017/04/22 06:00

日台友好 政府断交から72年をへて

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日本と台湾、この友好国同士は民間交流は盛んではありますが、政府間では断交しております。
しかし、東日本大震災の追悼式典でも台湾の方々は出席されております。
民進党政権時代は来賓の席ではなく、一般席という侮辱を受けたにも関わらず参加され、慰霊をなさってくれました。
今年も台北では追悼式典が執り行われました。
「がんばれ」と日本語でエール 台湾でも追悼式典 台北で80人が黙祷
【台北=田中靖人】東日本大震災から6年となった11日、台北市内の日本台湾交流協会台北事務所で「追悼感恩会」が開かれ、日台の関係者約80人が犠牲者に黙祷(もくとう)をささげた。
 震災で台湾からは約200億円に上る義援金が寄付された。交流協会台北事務所の沼田幹男代表(駐台大使に相当)は「台湾は心と心がつながった特別な友人だ」と改めて謝意を表明。台湾の対日窓口機関、亜東関係協会の邱義仁会長は「震災という不幸の中で、台日間の人々の感情(の交流)が想像を超えて深いことが発見できた」と応じ、復興に向け「がんばれ」と日本語でエールを送った。
 式典には、総統の諮問機関「国家安全会議」の呉●燮秘書長らも参加した。
 一方、この日は台北など3カ所で、蔡英文政権が掲げる2025年の脱原発目標の具体化を求めるデモも行われた。

非常にありがたいことです。
3000万人にも満たない台湾において200億円以上の義援金は大変負担をかけたかと思います。
そのように考えることが失礼なのは判っておりますが、いずれ何らかの形で返したいと思います。

そんなことを考えていましたところ、神奈川県相模原市選出の国会議員が台湾に行かれたそうです。
総務副大臣が公務で台湾訪問 中国反発か
赤間総務副大臣が、台湾で開かれている日本の地域の魅力を発信するイベントに出席するため、公務で台湾を訪問していて、中国が反発することも予想されます。
総務省によりますと、赤間総務副大臣は、台湾の台北で開かれている日本の地域の魅力を発信するイベントに出席するため、24日夜、成田空港を出発しました。イベントは、日本の台湾との窓口機関である「日本台湾交流協会」が主催して、26日まで開かれ、赤間副大臣は25日式典に出席して、スピーチすることにしています。
総務省によりますと、滞在中、台湾の高官との会談は予定されておらず、25日夜に帰国することになっています。日本は、1972年に台湾との外交関係を絶って以来、台湾との関係は、「非政府間の実務関係として維持する」としていて、今回の訪問に中国が反発することも予想されます。
総務副大臣「日中・日台関係は変わらず」
赤間総務副大臣は、日本時間の25日未明、台湾北部の空港に到着しました。
赤間副大臣は、空港でNHKの取材に対し、「日本の地域の魅力発信の支援事業への参加が目的だ。今回の訪問については、日本政府として地域の魅力発信に力を入れているということの表れだろうし、日中関係や日台関係については、これまでと変わらない枠組みの中で行うということには変わりはない」と述べました。また、台湾当局の関係者との会談の予定については「特にない」と述べました。

この件について台湾では大変好意的な報道がなされています。
赤間総務副大臣が訪台 72年の断交後初 福島などの食品輸入再開に期待
(台北 25日 中央社)赤間二郎総務副大臣は25日、台北市内で、日本の対台湾窓口機関、日本台湾交流協会主催の地方PRイベント「多彩日本」の開幕式に出席した。外交筋によれば、副大臣級の日本政府高官が台湾を訪れるのは、1972年の日台断交以来初めて。式典では福島県など5県産食品の輸入再開を台湾側に要望した。
赤間副大臣はあいさつの中で、福島を始めとする被災地の復興が順調に進んでいる現状を紹介。被災地で生産・製造された商品が万全の検査に合格し、日本ですでに販売されていることに触れ、台湾の人にもいつか食べてもらえるようになればと期待を示した。また、日本と台湾の間には国家利益以外にも友好関係や密接なやり取りがあり、重要なパートナーだと言及。東日本大震災や熊本地震で台湾から多大な援助を受けたことに触れ、感謝を述べた。
台湾の対日窓口機関、亜東関係協会の邱義仁会長は、赤間副大臣の訪台を歓迎。台日はいずれも困難に直面してきたとした上で、「だからこそ台日の命運がどれほど密接に結び付いているのかがよく見えてくる」と語った。
式典では赤間副大臣が台湾語で「大家好」(こんにちは)とあいさつを披露し、会場の笑いを誘う一幕もあった。
台湾は2011年の東京電力福島第1原発事故以降、福島、栃木、茨城、千葉、群馬の5県で生産・製造された食品の輸入を全面的に禁止している。

福島県の農産物は必ず検査しており、他の商品よりもはるかに高いレベルで安全と言えます。
むしろ高級品として扱われているものがあり、福島県産の桃なんかは非常に人気がたかいです。
福島県:モモの出荷、原発事故前を上回る 海外で人気
 福島県の特産品・モモの2016年の輸出量が30.6トンとなり、東京電力福島第1原発事故前の10年(23.9トン)を上回った。原発事故後、各国の輸入規制で一度はストップしたものの、官民挙げてのセールスが奏功し、タイを中心に東南アジアで輸出を伸ばしている。関係者は、海外での人気が国内で根強く残る風評の払拭(ふっしょく)につながればと期待している。【曽根田和久】
 県によると、輸出量は前年の10.5トンに比べ約3倍に急拡大した。
16年の輸出先は、
・タイ(21.5トン)
・マレーシア(7.3トン)
・インドネシア(0.5トン)
・シンガポール(1.2トン)
--の4カ国。シンガポールを除く3カ国では、マレーシアの76.8%を筆頭に、日本産モモのトップシェアを獲得した。
 山梨県に次いで全国2位の収穫量を誇る福島産のモモは、11年の原発事故前、主に香港と台湾に輸出され、08年は過去最高の約70トンを記録した。だが、その後は、山梨など他産地に押されて輸出量を減らす。さらに原発事故で世界各国が県産の生鮮食品に輸入規制をかけたために、輸出が完全にストップした。
 県はタイが12年に制限を一部解除したことを受け、新たなモモの取引先として、現地の百貨店やスーパーの仕入れ担当者を福島の産地に招くなどして安全性やおいしさをPR。同年9月に、タイに輸出できることになった。県産生鮮品では、事故後初の輸出品となり、その後、規制緩和の流れに合わせて、マレーシア、インドネシア、シンガポールの各国にも拡大した。
 現在、県が最も熱視線を送るのはタイで、富裕層を中心に日本産のモモは高値で流通している。県やJA全農福島は現地でのプロモーション活動に力を入れており、昨年もバンコク市内のショッピングモールや百貨店約40店で試食イベントなどを展開。前年比で20トン以上輸出を伸ばした。
 輸出窓口のJA全農福島は窒素を注入し果物が熟すスピードを抑える「CAコンテナ」を備えた船便を他産地に先駆けて昨年から導入。主流の航空便に比べ、輸送コストは約10分の1に下がり、現地での小売価格を抑えることにも成功した。
 JA全農福島園芸部の担当者は「他産地に先行した取り組みが結果につながった。さらなる輸出増を目指す」と話し、現地の中間層もターゲットに見据えていくという。
 県が、東南アジアをターゲットにするのは、震災前の得意先である香港、台湾が県からの輸入規制を撤廃する時期が見通せないのが大きい。輸出を再開できても、奪われたシェアを取り戻すのは難しく「買ってくれる国を中心に考えていく」(県の担当者)という。
 生産者も期待する。福島市飯坂町で果樹園を経営する安斎さと子さん(67)は「国内は人口減少で消費者は減っていく。たくさん輸出できれば福島のおいしい桃を食べてくれる人も増える」と話す。
 県の市村尊広・県産品振興戦略課長は「今年もタイでのプロモーションを続ける。海外の評価が国内に波及し、市場価格上昇につながる可能性がある」と、高評価の“逆輸入”にも期待した。

台湾でも東北地方の美味しいものが食べれることを期待します。

さて、NHKの報道は中共への配慮が感じられますね。メディアは中立ではない事を示しています。
日本と台湾の友好関係を苦々しく思っている中共に遠慮する必要はありません。
友好関係を、国交正常化を行いましょう。
(ブラッキー)

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歴史 | コメント:(0) | トラックバック:(0) | 2017/03/29 06:00

混雑する台湾祭 in 東京タワー

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大東亜戦争にて一緒に戦った台湾、その台湾との友好関係は非常に良いものとなっております。
台湾との関係は最初は良いものではありませんでした。
日本初めての外国への進行、台湾出兵が日本との関係開始となりました。
当時、台湾は清朝の土地と言われていましたが、その前に統治していたオランダの無策により非常に治安の悪い土地となっており、支那から見ると流刑の地とも言われていました。
原住民同士が戦いあい、共通の言葉も存在しない状況であった台湾、そこに日本人が殺されたことへの報復として台湾出兵が行われました。その後清朝は台湾を放棄、日本が植民地として支配するという構図へと移行したのが台湾です。
日本唯一の植民地であった台湾、鉄道を引き、水路を整備し、田畑を耕し、学校で教育を行いました。
そしてアジア解放戦線である大東亜戦争は日本の敗北で終了、台湾は蒋介石率いる国民党軍の支配下となり、現地の人々からは『犬が去って豚が来た』と言われていたそうです。
その後、日本と台湾は国交を結び現在に至ります。白色テロという暗黒の時代もあります。しかし、日本との友好関係は現在は非常に良いものになっています。
その証拠に日本では台湾との共同行事が盛んにおこなわれております。

西武鉄道では記念列車を走らせるようです。
2017年3月18日 運行開始
 西武鉄道は、3月18日から「西武鉄道×台湾鉄路管理局 協定締結記念電車」の運行を開始した。これは台湾鉄路管理局との姉妹鉄道協定が3月14日に2周年を迎えることを記念したもの。西武鉄道の2000系車両(8両編成)の車体に、多くの乗客に「鉄道の旅」を楽しんでほしいとの想いや、日本と台湾の双方の旅行者の増加につなげたいという想いを込めて、両者の沿線観光地を紹介するデザインを描いた。車内では日本人の台湾旅行を促進する台湾観光局の中吊り広告が掲出されている。
 協定締結記念電車の運行開始に併せ、本川越駅にて、台湾の若者に人気のキャラクターであり2017年8月末まで実施中の訪日外国人向け企画「西武鉄道×LAIMO キャンペーン」のキャラクターである「LAIMO(ライモ)」の作家のCherng氏が参加する出発式を開催した。
LAIMOラッピング2000系車両は、新宿線系で2019年12月末まで運行
 LAIMOラッピング電車には、日本の4エリア(川越、秩父、所沢、新宿)、台湾の4エリア(北台湾、中台湾、南台湾、東台湾)の主要観光地8エリアが描かれており、2019年12月末まで新宿線系での運行が予定されており、初便は12時17分発「急行西武新宿行」電車として運行が開始された。
 出発式では、西武鉄道の取締役常務執行役員 飯田則昭氏は「LAIMOのラッピング電車の出発式に多くの方にお集まりいただきまして、誠にありがとうございます。西武鉄道と台湾鉄路管理局の姉妹鉄道有効協定が結ばれて、今年で満2年になりました。それを記念して今回、台湾で大変人気のあるLAIMOをデザインした電車を運行します。車外はご覧いただいているようにLAIMOが描かれていますし、車内には台湾観光協会の広告も掲出いたします。今日は台湾鉄路管理局からもお越しいただいておりますし、LAIMOの作家Cherngさんにもお越しいただいております。皆さんでぜひ、この電車の出発を祝いたいと思います」と挨拶した。
 また、来賓として台湾鉄路管理局 研修センターのチャン氏は「本日は記念式典に参加することができて大変うれしく思います。2年前の2015年3月14日に友好協定を締結しました。日本の皆さまに盛大な祝典をいただいたことに感謝しています。本日も姉妹鉄道協定2周年を記念してLAIMOのラッピングトレインの出発式典に出席して大変うれしく思っています。LAIMOの作家Cherngさんは台湾の出身であり、日本と台湾の絆をさらに深めていくことになると思います。西武鉄道が素敵な中国語サイトの作成をはじめ、台湾の旅行業者との連携キャンペーンなどを発信していただき、もっと多くの旅客が川越地域に訪れるものと確信しています。西武鉄道による盛大な祝典、心温まるおもてなし、感謝いたします。皆さんもどうぞ台湾鉄路にお乗りいただき観光や台湾グルメなどを楽しんでいただければと思います」と語った。

日本と台湾、これからも良い関係を結んでいきたいものです。
鉄道関係で言えば鎌倉や黒部などの私鉄も台湾鉄道とコラボしています。もっと増えることを期待します。

お隣、台湾では日帝時代の遺産を復活させようという動きがたくさんあります。
台南の神社や八田与一の功績など様々な動きがありますが、同じ日に桃園ではこのような事がありました。
日本時代建設の旧神社が修復完了 桃園市長「憩いの場に」/台湾
(台北 20日 中央社)桃園市の桃園忠烈祠で18日、日本統治時代に建設された旧桃園神社の本殿、拝殿の修復工事完了を記念した音楽会が開かれた。出席した鄭文燦市長は、市民の憩いの場にしたいと語っている。
同神社は1938(昭和13)年に完成。総ヒノキ造りだった。戦後、台湾各地に残っていた神社の大半が壊された中、当時の社殿がそのまま残されていたが、近年は老朽化で雨漏りなどが深刻化。修復作業が行われていた。
鄭市長は、歴史、研究、観光などさまざまな面で価値があると社殿修復の意義を強調。今年2月には敷地内にカワヅザクラが植樹されたことに触れ、開花に期待を寄せたほか、市内各地には日本統治時代の建物が残っているとし、歴史的資産として活用する考えを示した。

神社の入り口である鳥居、そして神道の社である神社の再建、自然宗教である神道の文化は台湾にも融合しているのでしょうか?
他を排除せず受け入れ融合させる神道の精神、一神教とは違い他の神様も受け入れる懐深い信仰です。
それが台湾の土神にも受け入れられたのでしょうか?宗教戦争が絶えないこの世において非常に良い文化だと思います。

そして先日の三連休、東京タワーにて台湾祭が執り行われました。
大変な混雑に見舞われ、入場制限も発動されたとか何とか、私は開場直後の11時過ぎに行きましたがすでに買う事が出来ないくらいの超満員、日本人が台湾の事が大好きであることを印象付ける行事になりました。
東京で「リアル台湾」が感じられるイベント グルメブースに長蛇の列
(東京 19日 中央社)東京タワーで18日から、台湾の文化、芸術、グルメを紹介するイベント「東京タワー台湾祭2017」が開かれている。会場では台湾風唐揚げのジーパイやタピオカミルクティー、マンゴーかき氷などが販売されている。
在日華僑や台湾人、日台交流を応援する日本人らが集まり3日間の日程で開催。北部の観光名所、九フンを思わせる提灯など、「リアル台湾」が体験できる雰囲気が演出された。3連休初日の18日には午前11時の開場とともに多くの人が訪れ、グルメブースには長蛇の列ができた。(フン=にんべんに分)
台北駐日経済文化代表処の謝長廷代表(大使に相当)は、日本人に台湾を理解してもらう重要なイベントだと語り、日台交流の促進に期待を寄せた。東京タワーを運営する日本電波塔の吉成二男取締役執行役員は、来年や再来年の継続開催に意欲をみせている。

私はお昼ご飯を食べようと思っていったのですが、人が多すぎる、且つ時間がないと言う事で食べることを断念せざるえませんでした。なんてこった/(^o^)\。
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開場のイベントブースから屋台ストーリーを撮った写真ですが、道が人であふれているのがよくわかると思います。
このような場にスーツケースをもって突入する勇気はありませんでした。次こそは!

さて、そんな友好的な台湾関係ですが、台湾の対日窓口機関「亜東関係協会」が変わるそうです。
台湾の対日窓口機関、「台湾日本関係協会」に改称へ
(台北 20日 中央社)行政院(内閣)の徐国勇報道官は、台湾の対日窓口機関「亜東関係協会」の名称について、林全行政院長(首相)が「台湾日本関係協会」への改称を承認したと明かした。
亜東関係協会は1972年、日本との断交を受け、経済、技術、文化面での民間交流窓口として設立。日本の対台湾窓口機関としては「交流協会」が設置され、今年1月に「日本台湾交流協会」に改称している。
改称の時期は未定だが、外交部は関連の手続きが終了次第、改めて外部に説明するとしている。

やっぱり台湾関係に『台湾』の文字がないというのは不自然です。
台湾は台湾でしかありません。

最近、国連やオリンピック競技会などではチャイニーズ台北とかいう偽名が使用されているそうです。
しかし、本当の名前は中華民国であり、私たちから見れば台湾は台湾でしかありません。
WBCでも台湾と評するのが常識であったのにどこかのTBSなんかはわざわざわかりにくい言葉を使って混乱させているそうです。
台湾の名前を使えるようにしていきましょう。
一つの中共、一つの台湾の名前を使っていきましょう。
(ブラッキー)

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歴史 | コメント:(0) | トラックバック:(0) | 2017/03/25 06:00
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