戦勝国連合の方から来た差別主義者の傀儡

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最近、戦勝国連合の意思決定が可笑しなことになっています。
何故なら、事務総長が認めているテロ等準備罪や日韓合意に対して反対の意見を言う戦勝国連合の報告者がいるようです。
彼らは日本を貶めれば仕事したことに出来るという事で大いに盛り上がっているようですが、化けの皮がはがれてしまっていますね。
その彼らに対して日本政府も主張をしているようです。
「日本政府がメディアに直接・間接的に圧力」 デービッド・ケイ氏が国連人権理事会で対日報告 日本は強く反論
 【ジュネーブ=原川貴郎】国連人権理事会の「表現の自由」に関する特別報告者、デービッド・ケイ氏は12日午後(日本時間同日夜)、スイス・ジュネーブで開会中の同理事会で日本の状況について報告した。ケイ氏は「特に懸念する」として、
(1)政府当局からのメディアに対する直接的または間接的な圧力
(2)一部の歴史問題に関する限定的な言論空間
(3)安全保障分野に関する情報へのアクセス制限-の3つを挙げた。
 これに対し、日本政府は伊原純一・在ジュネーブ国際機関日本政府代表部大使が、ケイ氏の報告の直後に「わが国の説明や立場に対し、正確な理解のないまま記述されている点があることは遺憾だ」などと英語で強く反論した。
 伊原氏は発言の冒頭、「日本国憲法は表現の自由を保障しており、わが国は言論の自由、報道の自由を最大限尊重している」と強調した。ケイ氏が報道の独立性に懸念を示したことについては「政府が報道機関に対して違法・不当に圧力をかけた事実はない。放送法により放送の停止などを命令したことは一度もなく、圧力に使ったこともない」と訴えた。
 歴史教育をめぐっては、ケイ氏は教科書検定に対する政府の介入があると主張して慰安婦問題に言及し、「第二次大戦中の慰安婦虐待」との表現を用いた。一方、伊原氏は日本の教科書検定制度は「専門的・学術的な調査審議に基づくもので、政府が介入する余地はない」と反論した。
 また、ケイ氏は沖縄における反米軍基地運動について、政府がデモを制限しているとして改善を求めた。伊原氏は「デモを含む表現の自由は最大限保障されている。デモへの不必要・不適切な制限は行われておらず、法執行機関は適切に職務を遂行している」と反論した。

まず、メディアが嘘を言わなければ、捏造記事を流している実態について戦勝国連合は知らなければなりません。
最近では籠池さんが補助金不正受給で訴えられましたよね。それを担いでたのはメディアです。吉田所長の発言を捏造した吉田事件もありましたよね。従軍慰安婦なる虚構を作り出し、貯金がある奴隷という摩訶不思議な状態を調べようとしませんよね。
これだけ嘘偽り、捏造記事を作成しているメディアに対してなんの懲罰も与えていない日本政府、この状態でそのようにして圧力をかけれるのでしょうか?教えてほしいものです。
街頭行動についても規則を守っている人間に対してなんの制限も行っていません。
しかし、不法に道路を占有したり、暴力を振るったり、障害物を使って通行禁止にしたり、勝手に検問して道路を封鎖したり、他人の土地に無許可で潜入して伐採等をしてる暴力集団に対して制限を行うのは治安維持の観点からも必要な行為です。
何故、それが分からないのでしょうか?
政府や一般の人の声を聴かずにある一定の活動家からの声しか聴かない報告者に何が出来るのでしょうか?

沖縄からはこのような声が聞こえてきます。
「沖縄を訪れずにリポートを書く…」在仏ジャーナリストも疑問視 我那覇真子氏らが沖縄シンポジウム、国連人権理事会開催中のジュネーブで
 国連人権理事会が開催されているスイス・ジュネーブで13日夜(日本時間14日未明)、沖縄の真実を伝える活動を続けている沖縄県名護市の専門チャンネルキャスター、我那覇真子氏らが、沖縄の言論状況などをテーマしたシンポジウムを開いた。内外のジャーナリストら約20人が参加し、活発な意見交換が行われた。
 我那覇氏は、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古移設の反対派リーダー、山城博治被告=傷害などの罪で起訴、保釈=が15日に人権理事会で演説することに関し、「被害者のふりをしている人たちが、実際は加害者であるという真実をぜひ知っていただきたい」と述べた。地元メディアの偏向報道で、沖縄の世論がミスリードされているとも説明した。
 パネリストの一人で農園などを経営する依田啓示氏=沖縄県東村在住=は、米軍北部訓練場のヘリパッド移設工事をめぐる反対派の妨害活動の実態を説明した。反対派が工事妨害するために展開する道路上の「検問」によって、地元住民が平穏な生活を脅かされ、プライバシーなど人権を侵害されていると報告した。
 山城氏とそのグループの過激な言動を説明する資料として、山城氏らが沖縄防衛局職員に暴行する場面や、米軍関係者の車を取り囲み「米軍、死ね」と繰り返し絶叫する場面の動画が上映されると、参加者らは一様に顔をこわばらせた。
 シンポジウムではこのほか、長崎純心大の石井望准教授が、18世紀のフランスの地図など史料を紹介しながら、中国による尖閣諸島(沖縄県石垣市)の領有権主張に根拠がないことを説明した。
 我那覇氏は、国連人権委員会の特別報告者のデービッド・ケイ氏が、沖縄を訪れることなく、沖縄での反基地運動について報告していたことも報告した。
 質疑応答では、フランス在住のジャーナリストが「沖縄を訪れずにリポートを書き、人権理事会で報告するなんて…。ジャーナリストとしてどう理解してよいか分からない」とケイ氏の姿勢を疑問視した。

結局、活動家の声だけを拾い集めている報告者がいて、その報告者は日本をたたく道具を探しており、その道具を提供している反日団体ヒューマンライツナウがあるという事ですね。
人権、人権と叫ぶ団体は非常に怪しいというのが一般常識になりつつあります。
後ろめたい人間ほど人権、人権と叫び他人の思想を犯している事に気が付かないのでしょうか?
自分の人権さえあれば他人に何しても問題ないとでも思っているのでしょうか?
はっきり言って異常です。日本は世界で差別が少ない国の一つです。古来より差別が非常に少ないと言われています。
身分制度とか言うのがあってもそこに上下はなく、役割分担を行っているというだけでした。
食事に至っては農民の方が贅沢をしていた時期もあり、ヨーロッパのような状態ではなかったのです。
皆が一生懸命働くことに意義を持ち、誇りを持っていたのです。

で、どこに差別があるのでしょうね。
大東亜戦争に負けて拝金主義が広がってきたから差別が生まれてきたと考えれると私は思います。
敗戦利得者、これが日本を捻じ曲げていると私は考えます。
このような状態は何としてもなくしていかないといけません。
戦勝国連合の不当な内政干渉を跳ね返しましょう。
出来ることからコツコツとやるのが良いと思います。
積み立てていきましょう。
(ブラッキー)

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歴史 | コメント:(0) | トラックバック:(0) | 2017/06/22 06:00

親日国 カンボジア

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カンボジアは親日国だそうです。
なんでも日本人の入国に関して特殊な査証を空港内で取得できるという格別な扱いを日本人は受けております。
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たしか1992年の日本初PKO活動の場がカンボジアだったと思います。
その時から付き合いのある国ということでしょうね。

そのカンボジアへのPKO派兵に関してこのような記事があります。
カンボジア紙幣に描かれた「日の丸」 この感謝の気持ちをどれだけの日本人が知っているのか
 「(南スーダンの)首都ジュバでは(自衛隊のPKO=国連平和維持活動=派遣部隊とともに)カンボジアの部隊も活動しています。その若い女性隊員があるとき、自衛隊員に、こう話しかけてきたそうであります。『日本が、私たちにしてくれたことを、今こうして、南スーダンの人たちに返せることを誇りに思う。そして、アフリカのPKOに参加できるまでになったカンボジアの姿を、日本人に知ってもらえて、うれしい』と。20年余り前、日本の自衛隊が、カンボジアの大地に植えた『平和の苗』は、今、大きな実を結び、遠く離れたアフリカの大地で、次なる『平和の苗』を育もうとしています」(夕刊フジ)
 安倍晋三首相は2016年度自衛隊記念日観閲式の訓示で、5月末で任務を終えた南スーダンPKOのエピソードを披露し、聴衆を感動させた。
 1992年6月、「国際平和協力法」(PKO法)が成立した。同年9月には、カンボジア暫定統治機構(UNTAC)に、陸上自衛隊の施設大隊と停戦監視要員が、戦乱から立ち直って民主選挙を控えたカンボジアへ派遣された。
 日本PKOの幕開けとなった派遣部隊は、第1次、第2次隊を合わせて約1200人。約1年間の任務期間中に、長く続いた内戦で破壊された道路や橋梁(きょうりょう)を修理するなどして、カンボジアの復興に貢献した。修理した道路は約100キロ、補修した橋梁は約40に上った。
 ところが、日本国内では、このPKO派遣について、まるで自衛隊が対外戦争に派遣されるかのような異常な反対論もあった。派遣部隊が携行する武器をめぐっても、非現実的で無責任な議論が起こり、結果、小銃と拳銃という軽装備で任務を遂行せねばならなかった。

 だが、実際はどうだったか。
 筆者は、あれから25年後のタケオを訪れた。
 かつての自衛隊の宿営地は、いまはサッカー場として整備されており、そこには平和に暮らす村人の生活があった。
 当時、情報職の職員だったサオ・サリ氏は次のように言う。
 「自衛隊がやってきたときは本当にうれしかった。道路や橋をつくり、修復してくれたし、村の人々とも温かい交流があった。当時は、近くに(大虐殺を行った)ポル・ポト派兵士がいて危険だったが、自衛隊が守ってくれたので人々は明るく生活できたし、夜も安心して眠れた。われわれは、自衛隊に感謝し、その恩を忘れません
 自衛隊は地元の人々を守るために派遣されたのではなかったが、地元の人々は自衛隊を大歓迎した。PKO派遣を“日本の侵略行為の兆候”などとは捉えなかったのである。
 カンボジア国際平和協力業務では、UNTACに自衛隊だけでなく、警察官75人、選挙要員として国家・地方公務員18人、民間人23人が参加した。まさに国を挙げての支援だったのだ。
 実はカンボジアの紙幣500リエルの裏側には、日本のODA(政府開発援助)でメコン川に架けられた「絆橋」「つばさ橋」とともに、「日の丸」が描かれている。
 カンボジア復興のために、日本政府が行ってきた誠実な支援に対するカンボジアの感謝の気持ちが、紙幣にまで現れていることを、果たして、どれほどの日本人が知っているだろうか。

20年ほど前の功績をカンボジアの方々は覚えていたということですね。
私たち日本人はどれだけ覚えているのでしょうか?日頃からの感謝の念を忘れてはいないでしょうか?
私たちがこのように豊かな生活ができているのは先祖の方々が臥薪嘗胆で奮闘してくださったからです。
決して私たちだけの努力ではありません。過去の先祖から受け継いできた素晴らしい文化を後世に伝えていきましょう。
感謝されていることは忘れても構いませんが、感謝しなければならない存在を忘れてはいけません。
皆の軌跡によって今の日本があり、世界があるということを忘れないようにしましょう。
カンボジアの方々が感謝してくださっている。私たちも先祖を大切にしていきましょう。

カンボジアといえばこのような話があります。
今現在、今治市は民進党などの攻撃を受け非常に厳しい状態と聞きます。せっかく15年も頑張って獣医学部を誘致したのに民進党によってつぶされようとしています。
その今治市とカンボジアが友好関係があるというニュースです。
カンボジアの地雷原から生まれた芋焼酎「ソラークマエ」苦節9年の後、四国・今治で発売開始
愛媛県の株式会社今治デパート は6 月4 日、今治市内にある「四村(よむら)ショッパーズ」にて、カンボジアの焼酎「ソラークマエ(赤バージョン)」の販売を開始した。現在のところ販売は、同店店頭および通信販売のみとなっている。
「焼酎販売の何が珍しいのか」と思うなかれ。ソラークマエは、カンボジア・バッタンバン州カムリエン郡タサエン地区オ・アンロック村で生産されるキャッサバ芋を原料とした焼酎。同地区ではカンボジア内戦期に広く埋められた対人地雷の除去作業が現在でも続けられている。日本の陸上自衛隊はPKOの一環として1992年9月以降、この地雷除去作業のために派遣され、その完全撤去に向け平和維持に尽力してきた。
なにしろ地雷の仕掛けられた危険地帯だ。内戦終結後も、土地活用には難があり、劣悪な環境の中で地元村民たちは、キャッサバ芋を植え、隣国タイに廉価で売ってはなんとか生計を立てていた。
元陸上自衛官、600人に及ぶ自衛官の派遣メンバー選定を担当、現地でも地雷除去の指揮をしていた高山良二さんは、除隊後も自ら、認定NPO 法人 国際地雷処理・地域復興支援の会(IMCCD)を設立。カンボジア・バタンバン在住のまま自ら理事長としてこの地雷除去の陣頭指揮を執りしきる。
地質的には肥沃であり、良質なキャッサバ芋が獲れるだけ、「この芋に付加価値をのせ、村民の収益にできないか」と考えたのが、高山さんが焼酎製造に乗り出したきっかけだと語る。地雷撤去の進む村が、経済的に自立発展するため…とは言え、高山さんも元自衛官、通訳のソックミエンさんと村の女性を含めた3人は、まったく酒造りの経験がなく、苦難の連続だったと言う。
愛媛県宇和島市出身の高山さんは、地元・愛媛の名士、桜うづまき酒造篠原成行会長(日本酒造組合中央会)に助言を仰ぎ、焼酎を試製。独特の豊かで味わい深い、美味い酒に仕上がったため、なんとか販売に向け、尽力して来た。この販売に向けても、やはり地元・愛媛県今治市の株式会社ありがとうサービスの井本雅之社長が協力、その傘下である四村ショッパーズから、この日の販売開始にこぎつけた。

この焼酎は、単式直火釡蒸留の上、無濾過で製造。その製造工程について高山さんに問うたところ、何が蒸留酒のスタンダードなのかも把握しないまま、この事業に乗り出したとのこと。原材料には、キャッサバ芋に米麹(黒麹)を使用。赤米を用いて着色している。焼酎だけに、アルコール度数は37%ときりっとした仕上がりに。キャッサバ芋ならではの独特の力強い風味が特徴だ。
高山さんはタサエン地区復興のためにも独自蒸留を模索。しかし、親族も巻き込んだ会社も傾きかけ、3000万円以上の私財を投入、さらに9年を費やし、5月末にやっと日本上陸にこぎつけた。5年前、1200本のボトルをカンボジアから輸入しつつも、日本の酒類規定に合格せず、販売にこぎつけられなかったという苦難もあった。やっと漕ぎつけた船出、この焼酎は高山さんの労苦の結晶である。
「ずっと山の頂きを眺めながら、まったく近づけず(この販売により)、やっと頂上からの景色を目にした」、そんな気分だと語る。

この焼酎の売り上げは、高山さんが理事長および現地代表を務めるIMCCDの一助となり、村の収入源ともなる。現在、ありがとうサービスに勤務するカンボジア人のタン・チェンターさんも「日本人からご支援をいただき、地雷を撤去してくださったおかげで、キャッサバ畑が増えました。そんなキャッサバからソラークマエができました。日本に輸入されることになって、村の人々は何よりもよろこび、心から感謝しています」とコメントを寄せている。
長い内戦に苦しんだ同地区では地雷撤去が現在進行中である。愛飲家としては、カンボジア産の芋焼酎を飲むことで、それがほんの少しでも平和への貢献に役に立つのであれば、喜んで呑もうではないか。
同地区を訪れ、この村の人々にインスパイアされ映画『地雷ときどき僕。』を制作した内田俊介監督は、「かつて地雷原だった場所で造られるこのお酒には、きっとカンボジアの人たちの未来がこもっているのだと思います。地雷をすべて除去するには長い長い年月がかかり、すごくはてしない作業ですが、この村の人たちは、みんな地雷がなくなる未来を願い、信じています」とその感動を語った。
なお去る5日には、同四村ショッパーズにおいて、高山さんが自ら店頭に立ってソラークマエを案内、試飲も行われ、IMCCD の活動も展示されてた。四国の今治市だけに、今後そうそう多くの方がつめかけるということはないだろうが、まだご存知なかった周辺地区の方はぜひ足を運んではいかがだろう。

場所:四村ショッパーズ店内 愛媛県今治市四村286-1
営業時間: 8時00分~21時00分
電話: 0898-22-7877

そもそも「ソラークマエ・赤バージョン」となぜ名乗るか…。実は、すでにホワイト・リカーや度数の高いバージョンも10年近く前から試作済。今回そのバランスの良さから、ついに日本輸入に至ったのが、このバージョン。すでにカンボジアの空港などでは、試飲セットの販売が始まっており、日本に安定供給されるかは、今後の生産状況次第になりそうだ。
カンボジアでの地雷撤去という作業を支援する…そう聞くと、一般人にはあまりにも高いハードル。しかし現地で作られた焼酎を呑んで、その支援になるというだけに愛飲家にとって極めて楽ちんな援助活動だ
また、ロット数が少ないだけに、幻の酒…に終わらないうちに、一度味わってみる価値はある。

カンボジアのPKOがつないだ縁ということでしょうね。
私も一本買ってみたいです。
皆さんもいかがでしょうか?

このような平和貢献もまた楽しいと思います。
(ブラッキー)

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歴史 | コメント:(1) | トラックバック:(0) | 2017/06/18 06:00

辻本清美に天罰を

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様々な意見、空論、議論、対立があった譲位に関する法案が可決しました。
様々な対立がありましたね。私としては憲法の上に陛下がいらっしゃる、憲法の枠外に皇室典範があるのが望ましいと思います。
そして憲法には天皇陛下を元首とし、中心となっていただくことを明記したほうが良いと考えております。

今回の法案には付帯決議がついております。
その中に我が国の歴史史上存在しなかった女性宮家を検討するという文言が書かれています。
譲位法案 自民、民進が合意した付帯決議案全文
 一、政府は、安定的な皇位継承を確保するための諸課題、女性宮家の創設等について、皇族方の御年齢からしても先延ばしすることはできない重要な課題であることに鑑み、本法施行後速やかに、皇族方の御事情等を踏まえ、全体として整合性が取れるよう検討を行い、その結果を、速やかに国会に報告すること。
 二、一の報告を受けた場合においては、国会は、安定的な皇位継承を確保するための方策について、「立法府の総意」が取りまとめられるよう検討を行うものとすること。
 三、政府は、本法施行に伴い元号を改める場合においては、改元に伴って国民生活に支障が生ずることがないようにするとともに、本法施行に関連するその他の各般の措置の実施に当たっては、広く国民の理解が得られるものとなるよう、万全の配慮を行うこと。
 右決議する。

安定的な皇位継承に女性宮家はなんの寄与もしません。萬世一系の伝統を知らない人は二日本にはいないはずです。
その無駄な作業を行う必要がどこにあるのでしょうか?
女性天皇と女系天皇、女性宮家の問題を混同している人が多いと思います。
女性天皇は問題ありません。天皇から代々受け継がれた歴史があるからです。
しかし、結婚して子供を産んでもその子供は天皇にはなれません。常識です。
それを差別というなら勝手にして下さい。男性はどこまで行っても男性であり女性にはなれません。その逆もしかりです。
それを覆そうとする差別主義者は黙っていてください。

この付帯決議に女性宮家を入れたのは二重国籍率いる民進党と言われています。
何故、民進党はそのような暴挙に出るのでしょうか?
それは民進党が日本国民のために政治をしない政党であるからではないでしょうか?
高槻市でテロリストを匿っている辻元清美がこんなことを言っていたらしいです。
辻元清美氏の反省に疑問 12年の著作に「憲法から天皇に関する規定をはずす」とある 規定がある以上は尊重するが、本心は別ということか
 「過てば則(すなわ)ち改むるに憚(はばか)ること勿(な)かれ」。過ちがあれば、ぐずぐずせずに改めよと孔子は言った。また、「過ちて改めざる、是(こ)れを過ちと謂(い)う」とも戒めている。その意味で、8日の衆院憲法審査会で民進党の辻元清美元国土交通副大臣が、自身の過去の言動について反省を表明したのは潔かった。
 ▼辻元氏は、昭和62年出版の著書で皇室について「ああいう一族がいる近くで空気を吸いたくない」「天皇とあの一族の気持ち悪さ」などと記していた。これに関して8日の憲法審では、約30年前の学生時代の発言だったと強調した上で、「考えが一面的だったと痛感し、深く反省した」と述べた。
 ▼人の思想や考え方はうつろいやすいものだし、知識や経験が深まるにつれ、昔の自分を恥ずかしく思うこともごく普通の話である。「憲法に規定されている象徴天皇を尊重しなければならない」。辻元氏は憲法審でこうも語っていた。
 ▼ただ、一抹の疑問も残る。何も30年もさかのぼらずとも、辻元氏は衆院議員となった後の平成10年出版の著書でもこう書いている。「(憲法)第一条から第八条までの天皇に関する規定を削除すべきだ」「天皇制について、私は個人的に反対。やっぱり抵抗がある」
 ▼同様に、12年出版の著書にも「憲法第一章の天皇に関する規定、第一条から八条までを削除したらいい」「正確には『天皇制廃止』ではない。憲法から天皇に関する規定をはずす」とある。憲法に規定がある以上は尊重するが、本心は別ということか。
 ▼孔子はこうも慨嘆している。「自分の過失を認めてわれとわが心に責めることのできる人を、わたしは見たことがない」。たとえどうであれ、小欄は個人の思想と良心の自由を尊重するものだが。

個人としての思想としては言う自由はあります。しかし、、国会議員は公人です。その公人が言うには甚だ不適切としか言いようがありません。
はっきり言って国会議員失格であり、日本人失格です。このようなことを平気で言う人間を誰が国会議員にしたのでしょうか?
このようなばかげた人間を国会議員にしてはいけません。
辻元清美氏の言いぶりは、30年前も現在も聞くに堪えない! 「選良」と思えぬ野党議員の振る舞い
 日本国憲法19条は「思想及び良心の自由」をあまねく保障している。しかし、「選良」と呼ばれ、国家を愛する国会議員のそれとはにわかには信じられない記述を改めて紹介したい。
 民進党の辻元清美衆院議員の著書にこう書かれているという。
 辻元氏が民間国際交流団体「ピースボート」を設立し、政界進出する前の昭和62年3月に出版した『清美するで!!新人類が船を出す!』(第三書館)に、皇室について「生理的にいやだと思わない? ああいう人達というか、ああいうシステム、ああいう一族がいる近くで空気を吸いたくない」「天皇っていうのも、日本がいやだというひとつの理由でしょ」と記している。
 さらにスポーツと関連させて「人生訓とか道徳を押しつけたがる。天皇とあの一族の気持ち悪さに直結している」とし、「悪の根源」とまで断じているそうだ。8日の衆院憲法審査会で、日本維新の会の足立康史衆院議員が指摘した。
 足立氏は、「天皇制廃止」を訴えた辻元氏の過去の発言も挙げ、「こうした発言を繰り返す辻元氏が憲法審査会の幹事なのは適当ではない」と批判したが異論は無い。
 これに対し辻元氏は「30年ほど前、学生時代にご指摘の発言をした」と認めた上で、「日本国憲法の下、日本は生まれ変わり、戦争放棄の国になった。憲法に規定されている象徴天皇を尊重しなければならない。私は考えが一面的だったと痛感し、深く反省した」と述べ、著書の内容を撤回したという。
 「若気の至り」と言いたいようだが、「ブレない」のが信条でなかったか。
 6月3日にアップした、このコラムに書いたが、期せずして民進党の蓮舫代表もまた「空気を吸うのがつらい」との発言をしていた。この政党の常套句なのか、奇妙な一致と言うべきか-。
 蓮舫氏は5月31日の会合で、学校法人「加計学園」(岡山市)問題をめぐり、安倍晋三首相が理事長との関係を追及されていることを念頭に、「委員会で同じ空気を吸うのがつらい」と発言した。
 さらに蓮舫氏は「これだけ女性がいるとなんて気持ちがいいんでしょうか。それに比べて国会はなんと息苦しいのか」と話した。
 会合の司会は辻元清美元国土交通副大臣だった。「もう、国会うんざりですわ。安倍晋三の顔を見るだけでいやになるというか」と話した上で、「考えられないような政治の私物化。今、アベトモファースト。安倍さんの友達がファーストになっているんではないでしょうか。『アベトモ政治』に終止符を打ちたいと思っている」などと批判していた。これでは30年前の『清美するで!!~』の頃と変わらぬ言いぶりでないか。
 おなじみ民進党の菅直人元首相は加計学園問題をめぐり、「安倍総理は裸の王様」「政権の秘密警察化を阻止しなくてはならない」-と地元(衆院東京18区)向けに製作したビラを配布、各選挙区での利用を呼びかけた。
 菅氏自ら「ちょっとどぎつい」と評する内容で、安倍首相が加計問題で嘘をついており「国民を蔑視している」と批判。菅義偉官房長官に関しても、官邸に集まる情報を利用して「政敵」の前川喜平・前文部科学事務次官への個人攻撃を繰り返していると非難した。 そのうえで自民党を東京都議選で大敗させるべきだと呼びかけているという。
 「国民蔑視」は根拠が不明で、「裸の王様」はご自身も散々呼ばれていたと記憶する。
 5日の参院決算委員会では、民進党の平山佐知子参院議員が、首相の獣医学部新設計画への関与をただしたが、笑止千万だった。
 首相が「私が関与した証拠を見せてほしい」と問うと、平山氏は「友人が学部を新設したいなら、そうなればいいなと私なら思う」と応じ、首相に「そうしたいなということを前提に質問されても困るんですよ…」と一蹴された。
 根拠は自身の「願望」でしかなく、聞いてるこちらが恥ずかしくなった。
 同じ野党の自由党の森裕子参院会長の振る舞いもひどかった。
 森氏は8日、所属する参院農林水産委員会の質疑を中座、加計学園問題を審議していた参院内閣委員会の傍聴席にわざわざ姿を見せ、政府側の答弁にヤジを飛ばした。
 森氏は産経新聞の取材に対し、内閣委で自らが資料を提供した民進党議員が質疑に立つため「内容を確認にいった」と説明し、加計学園問題をめぐり「まともに答えていない政府側の説明は許せなかった」とも語ったそうだが、どうして静粛を守れないのか。私憤がルールをもねじ曲げている。
 こうした愚行が積み重なり、18日に会期末を迎える国会は延長を余儀なくされる。政局が目的化して、国益を見落としている「選良」たちなのだった。

皇室を破壊し、日本を破壊することをもくろむ民進党幹部たち、こいつらに国会議員としての資格を与えてはいけません。
こいつらは日本の敵であり、社会の敵です。テロリストと思想的になんら変わりがありません。

日本の良さは長きにわたり育まれた伝統・文化・相手を思いやす気持ち、力を合わせて乗り越えようとする姿勢だと私は思います。
批判しかできないような人々に任せるわけにはいきません。日本を取り戻しましょう。
(ブラッキー)

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歴史 | コメント:(1) | トラックバック:(0) | 2017/06/16 06:00

一代限りの時限立法

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こちらは大台ケ原にある神武天皇像です。
熊野から吉野に抜ける際にここを通られた事を記念して建立されました。
それから125代、今上天皇の為に作られた時限立法、譲位を可能とする法律が作られようとしています。
我が国の重要な法律であるにもかかわらず、二重国籍が率いる政党が議論に水を差します。
それが2673年の歴史にあり得ない女性宮家を創立するとかいうものです。
皇室の人数が少なくなっている現状に於いて旧宮家に戻っていただくことは非常に重要なのですが、女性宮家は皇室継承になんの寄与もしません。
万世一系、これがなくなれば皇室は残っても我が国の伝統は潰えます。それが分かっていてこの議論をしているのでしょうか?
昔から続くから古臭いとでも思っているのでしょうね。

産経新聞がこのように書いています。
「女性宮家」 皇位継承の大原則を守れ
 天皇陛下の譲位を実現する特例法案と併せ、「女性宮家」の創設を検討課題とする内容の付帯決議案を採択することで与野党が合意した。
 与党の当初案に女性宮家は記されていなかった。だが、それを主張する民進党が審議拒否までちらつかせたため、賛否が分かれるのを避けたい与党が妥協した結果である。
 女性宮家は安定的な皇位継承につながらないことを、改めて明確にしておきたい。その制度づくりによっては、女性宮家から「女系天皇」が現れる事態につながりかねない点は見過ごせない。
 125代にわたり、一度の例外もなく男系で継承されてきた皇統の大原則が根底から崩れる。そうした事態を招いてはなるまい。
 付帯決議に直接的な法的拘束力はない。だが、政府に対して創設の是非を含めた検討を促す立法府の意思を示す意味を持つ。
 自民党など男系継承を重視する主張から、付帯決議案では「安定的な皇位継承を確保するための諸課題」と「女性宮家の創設等」の検討を別のものとして位置付けた。妥当である。
 女性皇族が結婚後も皇室にとどまる女性宮家は、旧民主党政権の野田佳彦首相が検討した。その野田氏自身が「(女性宮家は)皇位継承の問題ではない。男系で続いてきた歴史的な重みを受け止める」と国会答弁している。
 男系継承という伝統と原則が放棄されれば、天皇の正統性や権威、国民の尊崇の念が毀損(きそん)されかねない。皇室とともに歩んできた日本人の長い歴史を軽々に変えては、取り返しがつかない。
 「女系天皇」の即位は、別の王朝の創始にも等しい。男系継承の原則を踏まえ、今も親族として皇室と交流のある旧宮家の皇籍復帰を検討するのが先決だろう。
 女性宮家の創設だけでは、女性皇族の結婚による皇族減少の抜本的な解決にならない。仮に創るとしても、皇室に属するのは女性皇族に限られるべきである。
 女性宮家にこだわらず、女性皇族が結婚で皇籍を離れても「皇室御用係」「宮内庁参与」などの公務に就き、皇室活動を支援するのも有力案だ。公務案は野田内閣の「論点整理」に挙げられ、安倍晋三内閣も検討している。
 原則を守りつつ、皇位継承を安定化し、皇室活動を保っていくことに工夫をこらしてほしい。

一番重要なことは何でしょうか?日本の継続ですよね。決して馬鹿が言っている人権の問題ではありません。
宝塚歌劇団に男性が入りますか?歌舞伎を女性が行いますか?程度の差はあれそれは差別ではありません。
差別差別と訴えている人間が一番差別的な人間である、これは歴史が証明しています。
いい加減、歴史・伝統を踏まえた議論をしてもらいたいものですね。

陛下がいるから日本が平和である、陛下が祈って下さるから平和を保てる、陛下を頂点とした纏まりがあるあら平和なのです。
昔から権威と権力を分離し、国民の為に祈って下さる陛下
それを侮辱する人間が出てきています。
吉祥寺で「反天皇制」デモ 激怒した右翼団体も続々と集結 街は一時騒然となり…
「天皇制廃止」を訴える左派団体「反天皇制運動連絡会」(反天連)を主な母体とする「6・3天皇制いらないデモ実行委員会」が3日、東京都武蔵野市のJR吉祥寺駅周辺で「帰ってきた天皇制いらないデモ」を行い、反天連が動員した百数十人のほかに、数百人の機動隊、警備、公安関係者、デモに抗議する右派団体の関係者らで街は騒然となった。
 午後2時半ごろ、武蔵野市の井の頭公園・三角広場を出た反天連が「天皇制いらない」「天皇制は差別の根源だ」などとシュプレヒコールを上げて姿を現すと、右派団体が「日本から出て行け」「反天連つぶせ」と隊列に怒声を浴びせた。
 東京都中央区の会社員の女性(48)は「言論の自由はあるが、デモの趣旨には賛成できない」と話し、近くに住む家族連れの男性会社員(41)は「先日も大きなデモがあって街が騒然とした。正直言うと、吉祥寺でやるのは勘弁してほしい」と話した。
 昨年11月にも反天連はJR吉祥寺駅周辺でデモを行ったが、このときは激高した右翼団体関係者らが反天連の街宣車のフロントガラスを壊すなどし、警視庁は関係者11人を器物損壊容疑で書類送検するなどしている。
 3日のデモでは、デモ隊が通行する前後をシャットアウトするなどして右派団体の関係者が近づけないようにした。デモ隊は「公安警察は弾圧をやめろ」などとシュプレヒコールを上げて解散した。大きなトラブルはなかったが、右派団体のメンバーが「あんな連中を守るのか」などとかみつく姿が見られた。
 反天連は昭和59年、新左翼系の評論家、菅孝行氏を中心に設立され、天皇制廃止を訴えているとされる。天皇陛下が退位される意向を示されたことを「憲法違反だ」として、激しく非難している。(WEB編集チーム)

警察によって守られているのにもかかわらず、お礼を言わずに糾弾するってのがこのような反日勢力の特徴ですね。
いい加減にしてもらいたいものです。


陛下はなにも言われないかもしれません。
ならば、私たちが出来る限りのことをして陛下を守りましょう
(ブラッキー)

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歴史 | コメント:(0) | トラックバック:(0) | 2017/06/06 06:00

国民を助けれない憲法は変えていきましょう。

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憲法では違憲とされていると日弁連などが主張している自衛隊
北朝鮮の挑発行為が日に日に過激化している中、朝鮮半島にいる邦人を救出できない自衛隊があります。
そのような欺瞞に満ちた憲法、いい加減改正なり自主憲法なりに変えていかないといけません。
しかし、テレビや新聞など長きにわたり自衛隊を違法という報道を行ってきた情報機関がその国民を守るという使命の邪魔を行います。
普段はのけ者にしているのにいざというときは守ってほしいという。これこそ無責任です。
例を上げると自衛隊反対をいうピースボート生コン辻元が護衛を依頼すると同じ事です。

このような無責任な言論に騙されてはいけません。
「在外邦人救出は憲法違反」 空虚な言論もたらした新聞はもう要らない 作家・ジャーナリスト 門田隆将
 この1カ月ほど、新聞が日本にとって「不可欠なもの」ではなくなったことを見せつけられた日々は、かつてなかったのではないか。
 高齢の「新聞世代」と若年(じゃくねん)の「ネット世代」とでは、情報を取得する手段やツールがどんどん「乖離(かいり)」してきていることは今更、指摘するまでもない。
 それを踏まえながら、この1カ月-つまり、北朝鮮「4月危機」を振り返ると、日本の新聞離れは、もはや、止めようがないことを嫌でも再認識させられる。わかりやすく言えば、もう新聞は「要らない」ということである。
 これからも続く朝鮮半島危機は、長く太平の眠りを貪(むさぼ)ってきた私たち戦後日本人の意識をあざ笑うかのように深刻な事態へと進んでいる。
 平和ボケした日本人は、自衛とは、「国民の命を守ること」であるという世界の常識にすら背を向けて過ごしてきた。
 それは、朝鮮半島危機に際して、韓国にいる約3万8千人におよぶ在留邦人は、ソウルをはじめ、各都市が火の海になったとしても、自衛隊が「救出に行くことはできない」という驚くべき「現実」として、私たちに突きつけられているのである。
 日本は、目と鼻の先にいる邦人を救いに行けない。しかし、そのことすら新聞は読者の前に提示できない。いや、それどころか、そういう法整備の「壁」となってきたのが新聞だった。
 安保法制では、自衛隊法の改正によって、〈在外邦人等の保護措置〉の項目が新設され、在外邦人が危機に陥ったとき、それまでの「輸送」だけでなく、「救出・保護」を自衛隊ができるようになった。だが、それを行うためには相手国(ここでは「韓国」)が公共の安全と秩序を維持しており(つまり戦争状態にないこと)、また、相手国の同意があり、さらには、相手国の関連当局との連携が見込まれるという「3条件」がつけられているのだ。当然、これらの厳しい要件をクリアできず、実際には、自衛隊は邦人救出に行けないのである。
 なぜそんな足枷(あしかせ)がつけられたのか。それは、助けを待つ国民を救出に行くという「究極の自衛」が「憲法違反になる」という倒錯(とうさく)した法理を説く政治勢力や学者、新聞が、日本では大きな力を持ってきたからである。
 私がこの実態を指摘した本(『日本、遥(はる)かなり』平成27年)を上梓(じょうし)した際、取材に応じてくれた元外務省幹部は、「自国民を救出することを自ら縛っているのは、主要国の中で日本だけです。しかし、ほかの国と同じように、自国民を救出できるような法整備は、また“戦争法案”といわれてしまう。日本は“大きな犠牲”が生まれるまでは、その愚かさに気づかないでしょう」と嘆いた。
 国民の命を蔑(ないがし)ろにした空虚な言論が大手を振った時代は、やがて終わるだろう。それは、同時に「新聞の時代」の終焉(しゅうえん)を告げるものなのではないか、と私は思う。

自称人権派とか言っている人間が一番自国の国民の命を軽視し、他国の権利を訴えています。
コメンテーターなどは責任を負う事がありません。責任を負わないので非常に無責任な事を口走ります。
それがどんどんばれてきては居ますが、そう簡単に変わっていかないのも人間です。

有事の際に何もできない自衛隊は存在価値がありません。朝鮮戦争の際に警察予備隊が出来、自衛隊となりました。
朝鮮動乱に備えて作られたようなもんです。実際に朝鮮戦争の機雷撤去では戦死者も出ています。
当時は海上保安庁が集団的自衛権を行使していたので厳密には違うかもしれませんが、憲法上「非合法」だった朝鮮戦争時代の集団的自衛権ですら戦死者を出してしまってた。もし集団的自衛権行使を堂々と行うことになれば、中谷さんと同じような犠牲者が増えることも懸念されます。中谷さんと同じような「戦死者」を日本人の中から再び出してしまう事態になることは、絶対にやめてほしいです。
自衛官の皆様はその覚悟を備えている人すらいます。
「自分が盾になって撃たれるつもりだった」…自衛官の心意気
「超法規的な行動」をとれば自衛官は罪に問われる
何年か前のある休日、北海道の広い道を、私服姿の若い自衛官の運転で走ったことがある。
「○○くん、もうちょっとスピード出せないかな……」
助手席の男性が速度を上げるように促すが、ペースは一向に変わらない。後続の車はしびれを切らして、対向車線からビュンビュンと追い越していく。
「わかった、わかった。自衛隊の人に、そんなことを言ったらいけなかったね。でも、このままじゃ飛行機に間に合わなくなるから、運転、ちょっと代わってもいいかなあ?」
かくしてドライバーは、車の持ち主ではない人に代わることになった。この日は、北海道を訪れた私を、地元の隊員さんと主催関係者の方が空港に行く前に観光案内をしてくれたのだが、一般の人の感覚では15分くらいと見込んでいた道に、倍の時間がかかってしまった。
法定速度を見れば、あくまでも彼(自衛官)が正しい。世の中のほとんどのドライバーは道路交通法など守っていないのかもしれないが、自衛官にとっては、法はあくまでも法。自衛官はどんなときでも違反にならない、いわゆる「自衛隊走行」。「融通がきかない」と思う人もいるかもしれないが、それが自衛隊なのである。
日本人の多くは「法に従って行動する自衛隊」という本質の部分を、あまりよく理解していないのではないか─と私は感じることが多々ある。だからこそ平和安全法制(安保法)の議論も、自衛官の直面する現実とあまりにもかけ離れていたのではないだろうか。
「いざとなれば、自衛隊はやってくれるんだろう?」
こんなふうに、実際のところ、少なからぬ人々が期待しているのではないか。
「憲法も変えないほうがいいような気がするし、集団的自衛権の行使も戦争に巻き込まれるかもしれないのでやめたほうがいいだろう」などと言いながら、本当に国民が危機に陥るような場面になったら、きっと助けてくれるのだろうと思っているとしたら、これはとんでもない誤解だ。
たとえ国民の命を守るためとはいえ、もし「超法規的」な行動をとれば、自衛官が個人的に罪に問われることになる。そんなことを平気でさせようというのだろうか。
「法を守れ」「法治国家だ」と言いながら、日本人が皆100%国内法を守っているとはとうてい思えない。それゆえ、一般国民は自衛隊に対しても本当は「それほど厳密に法を守らなくてもいいのではないか」と思っているのではないか?
この漠然とした期待が、安保法という非常に抑制的な法整備すら、スムーズに進めさせなかった要因になっているような気がしてならない。
言うまでもなく、この認識は間違っている。もし、自衛官に、「ここは広い道路だし、他に車もいないのだから、もう少し速度を上げてほしい」と思うなら、道路交通法を変えることを考えるべきだろうし、同じように、海外で危ない目に遭ったときに、近くを通った自衛隊に助けてもらいたければ、根拠となる法を変えておかなくてはならないのだ。
つまるところ、多くの日本人にとって法律とは、「ある程度、守っていればいい」くらいのものなのではないか。そうであれば、その日本人が自衛隊の行動に対して「違法性」や「法の安定性」云々を問う資格はないだろう。
自衛官に違法行為をさせるわけにはいかない。
だから法を整えなければならない。

それだけのことだ。

「駆けつけ警護」への過大評価
自衛隊に対する誤解は、まだある。
「安保法制などに関して、自衛官はどう思っているの?」とよく聞かれるが、そうした疑問を持つこと自体に、私は逆に疑問を感じてしまう。自衛隊は、「やれ」と言われればやるし、「やるな」と言われればやらない。そういう組織だからだ。
自衛隊は与えられた条件下で、最大限の成果を追求する。法に不備があろうが人員や装備に不足があろうが、その範囲内で全力でやり抜こうとする。目的達成のために、たとえ自らの骨を削り、肉を裂くことになっても、血を流しながら、身を粉にして、彼らは任務を遂行しようとするだろう。
これを象徴していると思われるのは、いわゆる「駆けつけ警護」である。安保法成立のために尽力された方々には恐縮な言い方になってしまうが、どうも賛成する側も反対する側も過大評価しているようだ。
今般の法改正(2015〈平成27〉年9月)では、従来より踏み込んだ武器使用が可能となり、自分や自己の管理下に入った人を守るためだけでなく、妨害する相手を排除するための武器使用も認められるようになった。
だが実際には、通常の軍隊の標準からすればまだ抑制されたものであり、相手に危害を与える武器の使用は正当防衛・緊急避難に限定されていることに変わりはない。
これまでは自己と自己の管理下という近くにいる人を守ることは許されても、隣の建物にいる国連職員を助けたり、離れた場所から日本人に電話で助けを求められても駆けつけたりはできなかったので、今回の改正は、関係者のあいだで「武器使用制限があるとはいえ、マシになった」と評価されているにすぎない。
そもそも、PKO(国連平和維持活動)などにおいては、派遣された地域で何か起きた場合、自衛隊に出動要請が来ることは考え難く、一義的には、現地の治安当局や治安任務にあたる他国軍の歩兵部隊が対応することになる。
たまたま近くにいた場合などは自衛隊が駆けつけるシーンがあるかもしれないが、そうでなければ、行動に制約がある自衛隊がわざわざ選ばれる可能性は低いだろう。
ただ、そうは言っても、自衛隊は法で決められていないことは何一つできないのであり、万が一の事態を考えれば、必要な法整備だったということである。
「この程度の変更では意味がない。かえって誤解を与え、事態を複雑にする」と指摘する声もある。
相手が撃ってきたら初めて撃ち返せるという、他国軍と基準が異なる自衛隊はかえって足を引っ張るのではないか─ということだ。相手より先に攻撃することが許されない自衛隊は、事実上「駆けつけ警護」はできないのであり、法改正は無意味で自衛官をより危険に晒す、と。
この指摘は、的を射ていると思う。海での「海上警備行動」も同様で、軍が出動しても行動が警察と同じでは、危険極まりない。誰もが自衛隊を「軍」と見なすことは疑いようがないからだ。

自衛官は「不自由」と感じるレベルが一般人と違う
しかし一方で、自衛隊を語るにあたって、私たちが知らないポイントが1つある。
自衛隊の活動には、理論では割り切れないものがあるようなのだ。それは「現場感覚」と表現するのが相応しいかもしれない。自衛官たちはこの独特の感覚によって今回の法改正を「進歩した」と前向きに受け止めているのだ、と私は想像する。
何しろ、これまでは邦人に助けを求められたり、一緒に活動する他国軍に何かあったりしても、法的には見過ごすことしかできず、まったく行動が許されなかったのであり、その心中は耐え難いものだっただろう。
それでも、休暇をとって散歩に行く名目で偵察に出たり、もし危ない場面に出くわしたら正当防衛にするため「自分が盾になって撃たれるつもりだった」などという話は数多くあった。
そのような状況であったので、たとえ武器の使用には制限があったとしても、現場に駆けつけることが法に反する行為にならないだけでも「駆けつけられないよりはいい」という、いわば、「よりマシ」論である。「人の道」の話なのだ。
また、自衛隊ならではの現場感覚として、自衛官は「不自由」と感じるレベルが一般人と違う点も特徴だ。
とくに野戦の過酷な訓練をしている陸上自衛官は、たった1杯の水を飲めるだけで、あるいは靴や靴下を脱げるだけで、このうえない幸せを感じたり、物の足りないなかでも何とかしたりしてしまう天才である。陸上自衛官は、満足を感じる点において、私たちと大きな差があるのだ。
今回の改正は、これまで身体を100本くらいのロープでキツく縛られていたものが1本だけ解かれたにすぎない。
しかし、その評価が学者の先生たちとズレているのは、雨水でできた水溜まりで足を洗っただけで至福のときと感じる人と、常にもっと満たされることを求めている一般的な感性との差であって、つまりは、この感性の違いを議論しても、永遠に解決を見ないのだ。
いずれにしても「駆けつけ警護」は、「建てつけの悪い法」であることは間違いない。
これは賛成派・反対派ともに同意するところだろう。
もっとも大事なことは、これをして「自衛隊が何でもできるようになった」などという見方をするそそっかしい人がいないように、周知徹底することだ。この認識共有は政府関係者や在外邦人に、とくにお願いしたい。

このような状態であるにも関わらず活動してくださる自衛隊の皆様には頭が下がる思いです。

これでもまだ今のままの憲法を使い続けますか?未来を見捨ててそのままがけっぷちを歩きますか?
それであれば私は憲法改正、最終的には自主憲法を望みます。
当たり前に頑張った人を応援できる憲法、日本のお国柄に合った憲法を望みます。
どのような形でもいいです。日本独自の憲法を作っていきましょう。
(ブラッキー)

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