靖国神社に参拝して何が悪い!

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今年は戦争が終結してから70年目の年となります。
70年、大体二世代くらいの年月ですね。実際に戦争を戦った世代から考えると三世代にもなります。
三世代前となるとおじいちゃんから昔話を聞くくらいしか戦争体験を聞くことが出来ません。
それだけ貴重な機会なのです。
そして、大東亜戦争を戦った方々が戻るために約束した場所が靖国神社なのです。
皆さんがご存知のように靖国神社は戦争でなくなわれた方々を祭るために作られた神社形式の慰霊場であり。、本来の神社とは全く異なります。
時々、知識のない人間が靖国神社に代わる慰霊場をと言っていますが、靖国神社に代わる慰霊場など存在しません。
8月15日に慰霊祭が行われる場所がありますが、その場所に8月15日以外に行く人がいるのでしょうか?
聞いたことがありません。しかし、靖国神社は何時行っても参拝客は絶えることがありません。
朝6時から夕方まで開門している靖国神社にはそれこそ、人種はバラバラで思想も統一されていない普通の人々が参拝されています。
ここが慰霊場であることは誰もが知っていることです。知らずにここに訪れる人間はいません。年度末に未遂となった放火魔もここが慰霊場であることを知っていました、韓国人や支那人もここが慰霊場であることを知っています。
誰もが世界中の人間が知っている慰霊場である靖国神社、一度何も考えずに訪れることをお勧めします。

さて、こんな話があります。
訪日中国人が靖国神社で気付いた「反日」の矛盾
民族のわだかまりを抜きにすれば、日本は確かに尊敬に値する国だ。日本の戦後の急速な発展や、現在に至るまでの科学技術、世界に影響を及ぼす文化などは、称賛せずにはいられない。
靖国神社は戦犯が集められている場所だと思っていたが、実際に行ってみるとA級戦犯は14人だけで、残りの多くは日本の平民が祀られており、そのなかにはなんと外国人も含まれていた。一方、われわれの国はどうだろう。抗日戦争の英雄を誰が供養しているのか。存命の兵士は最低限の医療や生活の保障さえ与えられていない。
私は以前、日本は再び中国を侵略するのではないかと考えていた。しかし、ここへ来て初めて、それが中国の思い過ごしだということがわかった。中国政府は国内を統治する目的から、一般市民に仇や恨みといった日本への敵対心を植え付ける必要があるのだ。これは古い冷戦時代の考え方だ。現代の戦いは軍事力によって解決を図るものではない。日本は経済、技術面ですでに中国各地の攻略に成功している。
中国人の盲目的な日本人への恨みは、扇動と自己への自信の無さからきている。相手を敵に仕立てることは、自分が相手の実力を気にしている証拠なのだ。実は、日本人は中国人をせいぜい「礼儀のない成り上がり者」としか見ていない。
もう1つ私が驚いたのは、日本は中国と国交を樹立した後、長年にわたり中国に経済的な援助をしていたことだ。1980年代は日本の巨額の経済援助もあり、日中は蜜月期を迎えた。映画、テレビ、アニメなど大量の日本文化が、世界を見始めたばかりの中国人の目に飛び込んできた。私の両親は当時の日本の映画に詳しく、私は任天堂のファミコンやドラゴンボールに夢中だった。
民族のわだかまりは怖くない。怖いのは相手の長所を見極められず、学ぶことをしない民族だ。清朝末期には「師夷長技以自強(西洋人の進んだ技術をもって自国を強くする)」をスローガンに掲げていたが、今はどうだろう?利益を争い、互いに毒を盛り合うような民族に、未来はないのだ。(翻訳・編集/北田)

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日本では敵味方関係なく戦いで亡くなった方々に対し祀ることで慰霊するという文化があります。
自分たちは世界の一つであり、他の命をもらって生きているという考えもあります。
自分一人では生きていけません。生きていけるという人間はただ単に暴慢なだけです。
自分たちの為に戦ってくださった方々に対し、お礼を言うのは当たり前の事です。慰霊してはいけないという人間は何を考え、何を持って立っているのか思ったことすらないのでしょうか?それとも他人が自分の為に苦労するのが当たり前と思ってでもいるのでしょうか?
靖国神社に行ってはいけないという人間の考えは私にはわかりません。宗教上?以前から話しているように靖国神社は無宗教の施設です。間違った価値観でレッテルを張っている人間がごく一部にいるだけの事です。
自分には関係ないから?今の世界があるのはその当時戦った方々がいらっしゃったからです。
歴史を積み重ねて自らが立っているという事を知ればそんなことは言えないはずです。
考えたこともなかった、それはあるでしょうね。今の教育では先祖を大切にすることを教えていないからです。
であれば今から考えましょう。
面倒だから?まあいいでしょう。しかし、反対する理由ではありませんね。強制はしませんが、知っていないと社会に出て恥をかきますよ。
地球市民とか言われている人たちがいますが、彼らは何の後ろ盾もなく立っているだけではなく、お金のみで立っている悲しい存在です。世界中誰にも相手にされません。それは背骨のない人間だからです。自分が立っている地点をきちんと知ることが世界標準で必要なのです。自らの成り立ちを言えない人間ほど信用されません。
それは得体のしれない人間というしかないからです。
自らの国の歴史を、私たちの立っている大地の、私たちの暮らしている社会の歴史を知りましょう。そしてその上にいることを認識しましょう。それが外国へ行く初めの一歩となります。それが地球化なのです。

さて、それを踏まえまして、
日本人が靖国参拝して何が悪い!
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 日本人にとって靖国神社とはどんな存在なのか。昨年暮れ、しんぶん赤旗に掲載された記事の中に気になる一文があった。
「靖国神社は、過去の日本軍国主義による侵略戦争を『自存自衛の正義のたたかい』『アジア解放の戦争』などと美化・宣伝することを存在意義とする特殊な施設です」
 この記事によれば、靖国神社は「侵略戦争を美化する象徴」であり、ここを訪れるのは、あたかも過去の軍国主義を礼賛するのが目的であるかのような書きぶりである。
 本当にそうなのか。もしそうだとしたら、靖国を参拝する日本人は、彼らがレッテルを貼りたがる「右翼」そのものではないか。
 言うまでもなく、参拝者の多くは、侵略戦争を美化したり、軍国主義の復権なんか望んではいない。戦没者の英霊が祀られたこの場所を訪れた人は、国のために戦った人へ哀悼の意を示し、ただただ恒久平和を望んでいる。
 一昨年暮れに参拝した安倍晋三首相も「靖国には戦争のヒーローがいるのではない。ただ、国のために戦った人々に感謝したい思いがあるだけ。国のために戦った方々に祈りを捧げるのは、世界のリーダーに共通する姿勢である」と後に語っている。
 首相の靖国参拝は、国益と個人の信条を天秤にかけた難しい決断である。日本の国際的孤立を狙う中国と韓国が、外交カードの切り札として、揺さぶりをかけ続けてきた過去を顧みれば、首相という立場上、簡単に参拝できないのは理解できる。
 にもかかわらず、安倍首相の靖国参拝を日本の「右傾化」の象徴と煽る中韓と同じように、わが国の一部メディアが声をそろえて騒ぎ立てるのは理解に苦しむ。
 靖国神社には幕末以降、国に殉じた246万余柱の英霊が祀られている。そして、その多くは先の大戦で亡くなった方々である。戦後70年の歴史は、言うなれば彼らの労苦と尊い命によって築かれたものでもある。
 先人を敬い、純粋な気持ちで靖国を参拝する人々の思いを踏みにじってはならない。(iRONNA編集長 白岩賢太)

侵略戦争を美化している人間が戦争で負けた責任を一手に負った所謂A級戦犯
東條英機 陸軍大将 内閣総理大臣・陸軍大臣 絞首刑 刑死 1948年12月23日 64歳
広田弘毅 (外交官) 内閣総理大臣・外務大臣・駐ソヴィエト大使 絞首刑 刑死 1948年12月23日 70歳
土肥原賢二 陸軍大将 奉天特務機関長 絞首刑 刑死 1948年12月23日 65歳
板垣征四郎 陸軍大将 支那派遣軍総参謀長 絞首刑 刑死 1948年12月23日 63歳
木村兵太郎 陸軍大将 ビルマ方面軍司令官 絞首刑 刑死 1948年12月23日 60歳
松井石根 陸軍大将 中支那方面軍司令官 絞首刑 刑死 1948年12月23日 70歳
武藤章 陸軍中将 陸軍省軍務局長 絞首刑 刑死 1948年12月23日 56歳
を祭っているといわれる慰霊場を訪れるわけがない。
他の人間を担ぎ上げて神聖化するのが普通です。そう、創価学会の池田大作ように、
それすら思いつかないでいろいろと糾弾している人間は何をしたいのかわかりません。
戦争を美化する?それは中共のお得意芸です。過去、スズメを退治して大飢饉が発生した国がありましたよね。
トップだけが富、下の人間が苦しんでいる国がありますよね。その国に対して何も言わずに国民の大多数が豊かに来栖事が出来、仕事もしない外国人を養い、金持ちだけが儲けれるようなシステムを作った国に援助を行い、不法占拠している国に対して友好を呼びかけるような国、それが日本です。
しかし、あまりにも豊かすぎる感覚が故、反発も生まれております。
誰もが戦争の悲惨さを知識としては学んでいる国、日本!
が故、戦争賛成とはだれも思っていません。
しかし、我が国を守るためには、私たち国民を守るためには、私たち家族を守るためには立ち上がる覚悟を持つ者も多いのが我が国であったと思います。
今はわかりません。わかりようがありません。戦後の教育の癌が育ってきています。
しかし、我が国の歴史・伝統・風習などはついえていないと考えます。
今の若者は成人式の際に喜んで日の丸を振ります。サッカーや陸上の大会などでも喜んで日の丸を掲げます。
お祭りにも積極的に行く人も増えています。浴衣や着物も増えています。
私たちには日本の文化があっているのです。
そのことがなくならない限り、私は大丈夫だと思います。
我らは日本民族です。和をなして尊ぶ人たちの集合体です。
皆で考えていきましょう。
我々の未来をこの手で作るのです。
(ブラッキー)

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神社 | コメント:(0) | トラックバック:(0) | 2015/01/16 06:00
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