チャンドラ・ボーズ・ジャパン大学への期待

 今年は戦後70年に当たります。70年も経って、まだ戦後と言っているのは誠におかしい話ですが、シナ・韓国は、ここぞとばかり70周年記念として日本に「歴史戦争」を仕掛けて来るようです。シナ中共政権は、シナ人民の意志とは無関係に暴力革命によって成立した政権であり、選挙に基づかない政権の正当性はありません。仕方なく国民党政権と戦った日本を、あたかも自分たちが戦って日本を敗退させ、独立を勝ち取った、だから正当性があるとウソを言うことにしかありません。

 経済の高度成長が続いている間は、それでもよかったのが、今や経済は崩壊に瀕し、ジニ係数に見る格差は革命が起こってもおかしくないと言われるほどに至り、生活環境は破壊され、政府高官を率先して官吏の社会的不正は蔓延し、暴動が1日500件と言うほど発生しています。そのような社会に至らしめたかつ選挙によらない政権の正当性はありません。シナ人民の鬱々とした不満に対する唯一の説明が、「対日独立戦争」に勝利したという虚構を、一層声を大にして言うことしかありません。

 そのため習近平政権は、第二次大戦終結後70周年を口実に、事大主義の韓国を抱き込み、大東亜戦争末期、非戦闘員の殺傷を禁ずる国際法に反して、広島・長崎への原爆投下や東京・大阪他の市街地を無差別絨毯爆撃による大量殺戮に触れて貰いたくないアメリカに対して、一部マスコミや政治家と議会にプロパガンダを仕掛け、国連をも巻き込んで、虚構の「南京大虐殺30万人」や「従軍慰安婦強制連行」を掲げ、「軍国日本の悪行」を並べ立てて、わが国を貶める「歴史戦」を強化しようとしています。ロシヤのプーチンまでもが、「対日戦勝利」などとウソ八百で同調しようとしています。

 全てが虚構です。しかし宣伝に負ければ、虚構は世界で真実とされてしまいます。日本は、真実を掲げて反撃しなければなりません。この歴史戦を戦う相手は、国外だけではありません。国内の「内なる敵」、戦後自虐史観派とも戦わなければなりません。

 この1月28日の関西テレビ「アンカー、青山繁晴のニュースDEずばり」で、青山繁晴さんは素晴らしい提案をされました。「チャンドラ・ボーズ・ジャパン大学」の創設です。

 青山繁晴さんは1月24,25日、インドのコルタカ(旧カルカッタ)で開催された「独立と自由のための日本・インド・東南アジアの連携」に関する国際フォーラムにおいて、文科省からの派遣でと言う公的な立場で講演されました。テーマは「日本、インドなどアジア諸国は、中国の独裁主義で支配されるのではなく、自由をもとに協力し、自由によって新しい経済成長を進めよう」というものでした。その中で、「チャンドラ・ボーズ・ジャパン大学」創設の提案をされたとのことです。講演が終わるや拍手が鳴り止まず、握手を求める人が殺到したとのことです。
   
      150205青山繁晴インドでの公演               

●チャンドラ・ボーズと日本
 青山さんの提案内容に入る前に、チャンドラ・ボーズと日本の関係について、触れてみます。

 大東亜戦争で日本が敗戦した昭和20年8月15日の正に2年後の昭和22年8月15日、インドはイギリスに対する独立戦争に勝って、独立を果たしました。このインド独立で日本で周知されているのは、非暴力主義でイギリスに抵抗したマハトマ・ガンジーです。小学校では非暴力主義の持つ偉大さを教え込まれました。しかし、ガンジーの非暴力主義だけで、植民地帝国の雄、大英帝国がインドから出て行くわけはありません。その背後には、チャンドラ・ボーズのインド国民軍がありました。インドではむしろ、チャンドラ・ボーズのインド国民軍が独立を勝ち取ったと言うのが常識のようです。

 このチャンドラ・ボースのインド国民軍創設と対英独立戦争に対し、日本は全面的に協力したのは、紛れもない歴史的事実です。

 昭和16年9月、大本営の特命を受けた藤原岩市少佐は、「大東亜新秩序の大理念を実現するために、インドの独立と日印提携」を掲げてバンコクに派遣されました。インド独立史に名を残す「メジャー・フジワラ」のF機関です。12月8日の日米開戦後、藤原はマレー半島で日本軍と対峙する英軍のインド兵に、アジア人としての連隊を訴えました。そして12月31日、インド人によるインド独立のための軍隊、「インド国民軍」が創設されました。

 大英帝国のアジア植民地支配の拠点シンガポールは、開戦から2ヶ月余の昭和17年2月15日、日本軍の攻撃により、あっけなく陥落しました。イギリス軍は10万、内インド兵が5万いました。藤原は捕虜になったインド兵に対して、祖国の独立のためにインド国民軍への参加を呼びかけました。インド兵の圧倒的多数は歓呼の声で応じました。

 その頃、ボーズは独立運動にドイツの支援を求めてドイツにいましたが、急遽日本との連携に傾き、英米が制海権を握る中、ドイツのと日本の潜水艦を乗り継いでスマトラへ、そのあと空路で昭和18年5月16日、東京に到着しました。

 時の首相、東条英機は大歓迎し、6月16日、ボーズを招いた帝国議会での施政方針演説でアジア解放を謳い、インド独立のためにあらゆる手段を尽くすと、インド独立支援宣言をしました。その後ボーズは間を置かず、シンガポールに飛び、7月5日、インド国民軍の最高司令官に就任しました。

 10月にはボーズは、自由インド仮政府を樹立し、英米に宣戦布告します。11月5日には、東京での大東亜会議に参列しました。大東亜会議では、民族独立、共存共栄を謳う大東亜宣言が発せられました。

 昭和19年、ボーズはインド独立に向けたインパール作戦を熱心に推進し、インド国民軍は日本軍と共にイギリス軍と本格的な戦闘を行いました。日本ではインパール作戦は大失敗とされていますが、インドから見るとイギリスとのこの本格的戦いがインド独立を決定づけたのでした。

 日本敗戦後、戻ってきたイギリスに対して、インド各地で反英独立戦争が激化し、昭和22年8月15日、遂にインドは独立を果たしたのです。ボーズはそれを待たず、昭和20年8月18日、航空機事故で台北で生涯を終えました。遺骨は日本に運ばれ、今も東京杉並の蓮光寺にあります。
 
●何故チャンドラ・ボーズ・ジャパン大学なのか
 大東亜戦争に対する受け止め方として、中韓とインド、インドネシア、ベトナムなど東南アジア諸国とでは全然異なります。インドを初めとした中韓以外の国々は、日本が戦ってくれたお陰で自分たちは独立できた、あるいは独立が達成しやすくなったと言う日本への感謝の気持ちがあります。
 青山さんの提案は、中韓は相変わらず日本糾弾の「歴史戦争」を仕掛けているが、大東亜戦争で勝った国でも負けた国でもない、植民地支配から独立達成した第三国から客観的な「歴史研究」を行ってはどうかと言うことです。そこに中韓も加わって貰う、中国は南京30万人大虐殺の証拠を出さなければならない、韓国は慰安婦強制連行の証拠を出さなければならない、そうすることで初めてフェアな議論が出来る、と言うのです。(中韓は加わるわけもないと思いますが)。

 インドでの国際フォーラムの講演の冒頭で、青山さんは次のように述べました。
「日本は第二次世界大戦に負けました。ところがそれによって、インドとかベトナムが植民地支配から脱出できました。このことをよく考えましょう。」

 そして続けます。

「日本と連携して民族自決を打ち立てた英雄達がいます。チャンドラ・ボーズ、東京裁判で日本の戦争は侵略戦争ではないと主張したパール判事、そしてベトナムのホーチミン国家主席です。こういう人達を含めて研究しませんか。」

 最後に次のように締めくくります。

 「日本には『武士道いふは死ぬことと見つけたり』という武士道の精神があります。武士道というものは、自分以外の誰かのために死ぬことが出来る精神です。人のためだったら死ぬことも出来る、つまり自分のためではなく、人のために生きよ、死ねではなくて生きよと言う精神です。だから日本は、インドやベトナムと新しい協力をし、中国や韓国ともフェアな関係を築いていきたい。」

 この瞬間、物凄い拍手が起こり、会場のインド人、バングラディシュ人、パキスタン人、アメリカ人、イギリス人らが演壇によってきて握手を求め口々に言いました。
「日本は本当にそういうことを考えているのか、それなら一緒にやろう」。

 青山さんは文科省から派遣されましたから、日本政府の施策になります。現在官邸で考えているのは、大学はいきなり作れないので、まずはインドにある既存の大学に「アジアの歴史研究所」を設置することから検討を進めるとのことです。

●チャンドラ・ボーズ・ジャパン大学の内容
 2年前の平成25年5月、青山さんはインドを訪問し、チャンドラ・ボーズの親戚筋に当たる人で政府の要職を勤め、現在は非政府系シンクタンク「インディアン・インターナショナルセンター」に所属されているチャンドラ・トリパティ氏に面会し、チャンドラ・ボーズ・ジャパン大学を創るべきだとの提案をしたところ、即座に大賛成であり、政府の担当大臣に伝えるとのことでした。
 帰国後青山さんは、下村博文文科大臣に文書で報告したところ、インド政府に是非提案したいと言われたそうです。

 その提案の概要は次の通りです。
《学部》
 ・歴史学部
今までの勝った側、負けた側の歴史観ではなく、公平な目での歴史研究
 ・新アジア創世学部
インドやアジアの他の国などでの女性差別などの社会的問題の研究
 ・アジア新技術学部
    日印及びアジア各国の協力による新技術研究
    例:日本で発展してる自動運転を使って、車の産業を新しく興そう
 ・アジア医療看護学部
    日印及びアジア全体として大きな課題である医療介護問題の研究
 ・アジア新農業学部
    例:日本もインドも、新しい農業をやり農業を世界に輸出できるものにしよう
 ・その他
    例:メタンハイドレートのような新しい資源を使って、アジアで資源産業を興そう

《候補地》
 ・ベンガル州の古都カタク(チャンドラ・ボーズの生まれ故郷、コルタカ(チャンドラ・ボーズとパール判事が大学で学んだ場所)、ニューデリー
 ・分校:日本のどこか

 なお、アンカーで話をされたのは以上の極くアウトラインの話ですが、中韓による嘘にまみれた歴史戦争、歴史プロパガンダ戦争を聞かされ付き合わされる鬱陶しさに比べ、この構想には、大学をキーワードにした、大きな理念とビジョンがあり、それに基づいたアジア各国の発展のための連携と協働への夢と希望があります。そこには大東亜戦争を通じた各国独立への日本の貢献への記憶から来る日本への信頼と具体的に日本が持つ経済力、技術力への期待があり、日本は多分期待に応えられる力が十分にあるのです。

 安倍政権の中での政策的位置づけはまだよく分かりませんが、中韓からの歴史戦争を、中韓と同じ次元の低い同列で戦うのではなく、この構想のような次元の高いレベルで戦うことこそ、日本に相応しと言うべきでしょう。
 青山さん、文科省、安倍政権の今後の取組に期待するところ誠に大です。

以上
(資料)
・関西テレビ「アンカー、青山繁晴のニュースDEずばり」。文字興し「「ぼやきくっきり」ブログ
(1)2015.1.28
http://kukkuri.jpn.org/boyakikukkuri2/log/eid1675.html#sequel
(2)2013.7.31
http://kukkuri.jpn.org/boyakikukkuri2/log/eid1419.html
(3)2013.5.15
http://kukkuri.jpn.org/boyakikukkuri2/log/eid1381.html

・雑誌「正論」2015.3
「連合国正戦史観を駆逐するインドの独立戦争史観」(青山学院大学教授福井義高)

(うまし太郎)

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未分類 | コメント:(0) | トラックバック:(0) | 2015/02/05 17:03
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