沖縄と日本の歴史を考えよう

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先日、2月21日に千葉の幕張にて中村覚さんの講演会がありました。
そのご報告です。

私は沖縄生まれの人間であり、高等工科学校という高校生でありながら自衛官でもある学校に行っておりました。
私が生まれた頃は丁度日本に復帰した当初であり、自衛官が新しく沖縄に赴任してくる時期でもありました。
その当時、自衛官は国立大学に入ることが出来ません。なぜなら沖縄復帰運動が共産党や沖教祖などの手で行われたからです。その結果、沖縄では自衛官の子供たちが平和を謳う共産党や沖教祖などからのいじめられていました。

さて、沖縄は売国政治家に乗っ取られています。
これは仲井間知事が選挙に負けたからであり、この原因は自民党にあります。
自民党が公明党と連立を組んでいるにも関わらず公明党が選挙協力を行いませんでした。
公式的には自主投票でしたが、公明党の票はすべてと言っても過言ではないくらいにオナガ氏に入っています。
公明党との政策のねじれを解消できないまま選挙に突入し、連立解消と話してでも公明党の票を仲井間知事に容れさせなければならない選挙だったのです。
しかし、東京の自民党はそれを良しとしませんでした。その結果沖縄知事選では負け、そして衆議院議員選挙でも負けたのです。
自民党本部の責任は重たいと言えるでしょう。
衆議院選挙では沖縄だけが選挙争点から安全保障を外すことが出来ませんでした。
他の選挙区ではアベノミクス解散と言って選挙を優位に運んでいましたが、沖縄では安全保障が焦点となってしまったのです。
その結果、中国の脅威を言う事が出来ない自民党の候補者たちは基地問題を障害というしかなく、基地があることで暮らしの安全が保たれるということが言えなかったのです。
自民党は中国の脅威を全く言わないのです。だから自民党は沖縄では負けたのです。

そして今、県庁が乗っ取られていることが東京には伝わっていないのです。
5月15日は祖国復帰の日です。
NHKなどは中国の歴史観で作られた考えを報道しています。
よく新聞などに出てくる沖縄の自己決定権という作られた言葉は琉球独立を狙っている団体が使っている言葉です。
アメリカは沖縄を沖縄としてではなく琉球として扱いました。そして嘘の歴史を教えていったのです。
日本への被害者史観を植え付けられたのです。
その結果がよく言われている沖縄は犠牲になった、見捨てられたとの考えになりました。

よく言われる廃藩置県は日本国内の問題であって海外は関係ありません。
沖縄は1609年に薩摩藩により日本に吸収されています。戦国時代の群雄割拠の一部だったのです。
明治維新は欧米列強に対して強い集権国家を作るために危機感を持った人間たちが動いたから、アジア諸国が植民地支配を受けていく中、我が国が抵抗できるようにするために行われた改革であり、ペルーが一番最初に訪れたのは島津藩の領地なのです。
決していきなり江戸に来たわけではないのです。
アヘン戦争が終わったことは沖縄を通じて江戸幕府は知っていました。
それを知り、外国に対抗するために中央集権国家と中央軍(日本軍)を作るために維新が行われたのです。
それまでは各藩ごとの軍隊しかなく統一性も指揮系統もありませんでした。
それを束ねるために作られたのです。
因みに沖縄の廃藩置県が一番大変だったそうです。一時期は八重山や石垣を清に渡そうという話も出てきたくらいです。
沖縄は薩摩藩時代に清などと貿易するために琉球王国という建前を持っていました。
しかし、今回廃藩置県を行うに当たり、沖縄から清への貿易に対する利権を持っている人間が反対してなかなかまとまらなかったそうです。
清とのパイプを持っていた人間で清に逃げて行った人間を脱清民と呼ぶようです。

沖縄は見捨てられたわけではありません。沖縄戦は本土を護る戦いでありました。
よく本土では18歳以上の学徒であるに対して沖縄では若い14歳から17歳の学徒兵が戦い亡くなっていると言われていますが、これは当時沖縄には大学がなかったからであり、決して沖縄の若者だけが出陣したわけではありません。
台湾や朝鮮にはあった大学がないので、高校生が出陣したのです。
そして沖縄の人々は特別攻撃隊が沖縄を護るために出撃していたことを知らないのです。
日本中で慰霊碑などが建てられていた当時、沖縄はアメリカの統治下でありました。
なので沖縄には特別攻撃隊の碑がないのです。なので沖縄の人間は知らないのです。

沖縄の本土復帰運動、そして現在行われている普天間問題、両方とも日本共産党が主導して行われています。
だから沖縄における運動がややこしいのです。
日本民族とは使命と歴史を共有した民族であると私は思っております。
運命共同体なのです。
日本と沖縄に一体感がないのは歴史の一体感がないからです。
琉球の文化は古い日本の文化とよく似ています。
琉球の歌である球歌を今上陛下が謳われている事をご存知でしょうか?
沖縄の歴史と日本の歴史は同じなのです。
琉球王朝の開祖は源氏であるとも言われています。
沖縄にはクマヤ洞窟と呼ばれている天照大御神を祭っている場所もあります。
http://www.churashima.net/shima/iheya/l_20011112_1/index.html
伊勢の斎宮と同じ役目を行う聞得大君と呼ばれる神官が1944年まで存在していました。
江戸時代の歌舞伎を沖縄の人が持ち帰り、沖縄の組踊りというものが伝えられています。
何より、清の支配下で有るのであれば弁髪を矯正されているはずですが、沖縄ではそのようなことはありませんでした。
チャイナ化したのは本土の方が早いのです。沖縄には日本文化がそのまま残っているのです。
北岳

東京オリンピックの際に聖火リレーが沖縄から始まったことをご存知でしょうか?
沖縄に来た聖火が宿泊された村、カヨウ村では村を上げてお祝いしていたそうです。
そしてその聖火リレーの際にはキャンプシュワブの方々も炊き出しなどで応援していました。
そのようなこと知ってください。

今度いしいのぞむ先生などと日本沖縄歴史研究会を立ち上げます。
日本と沖縄は歴史を共有する運命共同体であることを伝えていかなくてはいけないと思います。
以上
沖縄の踊りである組踊、これは江戸時代の歌舞伎を習って作ったといわれております。
沖縄伝統芸能『組踊』
沖縄には日本と同じ様な音楽が残っております。

伝えていきましょう。
我が国の文化です。
(ブラッキー)

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歴史 | コメント:(0) | トラックバック:(0) | 2015/03/05 06:00
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