八紘一宇の精神はいかに

安達太良山山頂 『八紘一宇』
こちら福島県安達太良山の頂上に聳え立つ『八紘一宇』の碑です。
苔が生えているのでそれなりに古い碑なのでしょうね。いつたてられたかはわかりませんが、相当古いのでしょう。
福島市を一望できる場所にある八紘一宇の碑は何を見てきたのでしょうね。
此処からは例の福島第一原子力発電所も見えそうなくらいに遮るものがありませんでした。
安達太良山は日本100名山の一座であり、ゴンドラもあるということで比較的登りやすい山になります。
一度訪れてみては如何でしょうか?素晴らしい気分となれます。

さて、この八紘一宇がなぜか悪者にされているのをご存知でしょうか?
GHQの弾圧により消された言葉と言われております。
その精神を政治家が語ったので言論弾圧したいマスコミなどが圧力をかけようとしているにすぎません。
その言葉の意味をきちんと考えてもらいたいですね。
三原じゅん子の「八紘一宇」発言 その本義とは… 大原康男国学院大名誉教授
 少々旧聞に属するが、3月16日の参院予算委員会において、多国籍企業に対する課税問題を取り上げた三原じゅん子参院議員(自民)が「現在の国際秩序は弱肉強食だ」と指摘した際に、「八紘一宇」という語に言及したことが論議を呼んでいる。

『日本書紀』神武伝承がルーツ
 漢和辞典によれば、「八紘」は「天地の八方の隅」の意で、転じて「全世界」を意味し、「宇」は「軒」または「家」を指す語で、「八紘一宇」は「世界を一つの家にする」というのが原義である。
 三原議員はこれを「日本が建国以来、大切にしてきた価値観である」と述べ、この理念の下に「世界が一つの家族のようにむつみあい、助け合えるような経済、税の仕組みを運用していくことを確認する政治的合意文書のようなものを、安倍晋三首相がイニシアチブを取り、世界中に提案していくべきだ」と主張したのだが、この発言が一部の報道やネットで問題視されたことが発端となった。
 周知のように、もともと「八紘一宇」は『日本書紀』に記載されている第1代神武天皇の即位建都の詔の一節「八紘(あめのした)を掩(おほ)ひて宇(いへ)と為(せ)むこと、亦(また)可(よ)からずや」(原漢文)に由来する。したがって、本来は「八紘為宇」という四字熟語だったのだが、近代における在家仏教運動の先駆的唱導者として知られ、日蓮主義に立つ宗教団体・国柱会の創設者である田中智学が、これを基にしてより語感のよい「八紘一宇」という標語を工夫したことから広く世間に知られるようになった。
 以上、この語の来歴を概略説明したように、「八紘一宇」は『日本書紀』の神武伝承がルーツだから、総じて国内の統合を強調する思想的文脈で語られてきたのだが、昭和前期にわが国の対外政策に関わる基本理念として用いられ、公文書にもしばしば登場するようになる。
 たとえば、昭和15年に第2次近衛内閣が策定した「基本国策要綱」には「皇国ノ国是ハ八紘ヲ一宇トスル肇国(ちょうこく)ノ大精神ニ基キ…」との一節があり、同年の日独伊三国同盟成立に際して発せられた詔書は「大義ヲ八紘ニ宣揚シ坤輿(こんよ)ヲ一宇タラシムルハ…」という文書で始まっている(「坤輿」は「大地」の意)。さらに、翌16年4月から開始された日米交渉で日本側が提示した日米諒解(りょうかい)案でも「両国政府ハ各国並ニ各人種ハ相拠リテ八紘一宇ヲナシ等シク権利ヲ享有シ…」とある。

論議が行われた「東京裁判」
 こうした履歴があったためであろう、敗戦の年の12月15日に連合国軍総司令部(GHQ)が日本政府に交付した「神道指令」(国家神道を廃止し、国公立学校における神道の教育・研究を禁止することを主たる目的とする)において、「八紘一宇」は「大東亜戦争」とともに「軍国主義、過激ナル国家主義ト切リ離シ得ザル」語として公文書で使用することが禁止された。この見解を今もそのまま諾(うべな)って「アジア侵略を正当化する理念だった」(「東京新聞」平成27年3月19日付)などと断定する手合いがあちこちに見られる。
 これは第二次大戦終結直後から連合国によって峻厳(しゅんげん)かつ徹底的に進められた“非ナチ化政策”の一つであるナチス・イデオロギーに関わるキーワード-たとえば「指導者民族(ヘレンフォルク)」「生存圏(レーベンスラウム)」など-の排除を範とした施策であろうが、この「八紘一宇」に関しては、これまでほとんど知られてこなかった実に興味深い事実がある。
 先記した「神道指令」の作成に際して、GHQの草案起草者がこの語の意義について詳しく調査した形跡はない。ところが、いわゆる“A級戦犯”を裁いた「東京裁判」ではかなり突っ込んだ論議が交わされたことが、裁判の「速記録」から窺(うかが)われる。
 それは「八紘一宇」に充てられた訳語が多様なことからも分かるが、eight corners of the world under one roof のような直訳は僅かで、概ね making the world one homeといった翻訳がなされている(参考 横溝光暉『東京裁判における八紘一宇』)。

「侵略思想ではない」
 最も注目すべきは判決文である。判決は「八紘一宇」は「帝国建国の理想と称せられたものであった。その伝統的な文意は、究極的には全世界に普及する運命をもった人道の普遍的な原理以上の何ものでもなかった」と明言しているからだ。
 東京裁判で日本人弁護団の副団長を務めた清瀬一郎は、事実問題で立証に成功したのは「八紘一宇は侵略思想でないということ」のほかには一件あるだけだと回顧している。一方、裁判官においては日米交渉の出発点で提示された日米諒解案での「八紘一宇」の訳語である universal brotherhood が印象深かったかもしれない。
 こうした経緯を鑑(かんが)みれば、「八紘一宇」が国策に利用された過去があったにしろ、その本義を踏まえた上で今日的な文脈で捉え直した三原議員の発言を頭から否定するのは、言論の封殺に繋(つな)がると言わざるを得まい。(おおはら やすお)

言論封鎖を行っているのはマスコミの方です。
未だGHQの陰から抜け出せていないGHQは禁止用語をひたすら守っています。その意味もわからぬままに・・・
現在も続いているプレスコードがその証拠です。
プレスコードとは下記の項目になります。
・報道は絶対に真実に即すること
・直接又は間接に公安を害するようなものを掲載してはならない
・連合国に関し虚偽的又は破壊的批評を加えてはならない
・連合国進駐軍に関し破壊的に批評したり、又は軍に対し不信又は憤激を招くような記事は一切掲載してはならない
・連合軍軍隊の動向に関し、公式に発表解禁となるまでその事項を掲載し又は論議してはならない
・報道記事は事実に即し、筆者の意見は一切加えてはならない
・報道記事は宣伝目的の色を着けてはならない
・宣伝の強化拡大のために報道記事中の些細な事項を強調してはならない
・報道記事は関係事項や細目を省略する事で内容を歪曲してはならない
・新聞の編輯に当り、何らかの宣伝方針を確立し若しくは発展させる為の目的で、記事を不当に軽く扱ってはならない
・具体的には、以下に該当しているか否かが調べられた。
・連合国軍最高司令官(もしくは総司令部、以下SCAP)に対する批判
・極東国際軍事裁判批判
・GHQが日本国憲法を起草したことに対する批判
・検閲制度への言及
・アメリカ・ロシア・英国・中国他連合国、朝鮮人、国家を特定しなくても連合国一般、満州における日本人取り扱いについて、それぞれへの批判
 (この規定のため、占領軍将兵の犯罪自体が報道されず、各メディアは「大きな男」と暗に仄めかさざるを得なかった)
・連合国の戦前の政策に対する批判
・第三次世界大戦への言及
・冷戦に関する言及
・戦争擁護・神国日本・軍国主義・ナショナリズム・大東亜共栄圏その他の宣伝
(戦前・戦中の欧米の植民地支配についての研究書など7000冊に及ぶ書物が官公庁、図書館、書店などから没収され廃棄された)
・戦争犯罪人の正当化および擁護
・占領軍兵士と日本女性との交渉
・闇市の状況
・占領軍軍隊に対する批判
・飢餓の誇張
・暴力と不穏の行動の煽動
・虚偽の報道
・GHQまたは地方軍政部に対する不適切な言及
・解禁されていない報道の公表
最近ではほころびも出てきました。というよりも嘘を隠しとうすことが出来なくなってきたというのが正直なところでしょうか?
八紘一宇の精神の精神は人類の夢だと思います。戦争は一部のお金持ちがもっと儲けようとして発生することが多く、それに反発する人々により独立戦争が頻発しております。現在では経済的な締め付けにより独立したくとも出来ないようになりつつあります。
もし、もっと為政者が住民の事を考えて行動していればそのような独立戦争など発生しなかったのではないでしょうか?
日本ではそのような独立戦争は発生していません。明治維新なんかは脆弱になった江戸幕府を強固で西洋列強と戦える国にするために行われました。
戦国時代は?室町時代は?鎌倉時代は?平安時代は?
様々な戦いがありましたが、概ね平和な時代が続いております。鎌倉時代までは農民は屋根の上で戦いを眺めていたとも言われますし、戦国の世と言われている戦国時代も信長が出てくるまでは農閑期のみが戦争の時期でした。
それをヨーロッパのように戦争ばかりしていた国々とは一緒にしてもらいたくありませんね。

そのような偏った価値観で八紘一宇の言葉が禁止された事は戦勝国の間違いですね。
良い考えです。
何をもって三原さんが八紘一宇の言葉を使ったのかわかりませんが、この言葉自体は間違いではありません。
一部のお金持ちだけの政策を行わないでもっとみんなの事を考えて政治を行ってもらいたい、行うべきだといっているのでしょう。

自民党の政治家は民主党の政治屋とは違うという事を世に知らしめてもらいたいものです。
それが自民党の生きる道だと私は信じます。
(ブラッキー)

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自民党 | コメント:(0) | トラックバック:(0) | 2015/04/14 06:00
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