「皇国の興廃此の一戦に在り、各員一層奮励努力せよ」

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1905年5月27日、日本海海戦で東郷平八郎が率いる日本艦隊が、ロシアのバルチック艦隊に対して大勝利を収めました。
後に「東郷ターン」と呼ばれる丁字型陣形をとり、敵艦に対して一斉射撃をして大勝利を収めたのです。

今年のこの日、第62回「東郷平八郎(日本海海戦110周年)記念日」式典へ行ってきました。雨が心配でしたが、式典終了までなんとか持ってくれました。場所は、錦江湾に出入りする艦船を見下ろせる「多賀山公園」で、毎年行なわれます。ここに「東郷元帥銅像」と遺髪を納められたお墓があります。戦前・戦中は毎年県、市の主導で行なわれていましたが、戦後は中止され昭和29年5月、元帥没後20年祭を機会に復活して、「かもめ会・鹿児島水交会」が主催され現在に至っております。過去において、最も盛り上がった祭典は「元帥没後50年祭」であり、昭和59年5月27日、錦江湾に米・英・仏及び海上自衛隊の艦艇12隻が終結し、市中パレードも行なわれ米太平洋艦隊司令官をはじめ、政財界有志の多数の参列のもと大々的に挙行された事があります。昭和世代の方は記憶にあるのではないでしょうか?
今年は日本海海戦110周年に当たります。当時のアジア・アフリカが欧米列強の植民地又は属国化されていた頃、明治政府の最大の試練は、ロシアの進出を阻む日露戦争でした。日本海海戦の完勝が導いたその勝利は、白人の優越感を挫き、アジア・アフリカの民族を覚醒させた世界的大事件でした。その勝因は我が国の存亡をかけた戦いに当り、祖国愛に基づく優れた英知、決断、勇気という日本人の気概が、最高に結実したものと思われます。その象徴的人物の連合艦隊司令長官「東郷平八郎」海軍大将は、まさしく、この美徳の人格的表れであり、我々が求めて学ぶ「日本人の原点」ではないでしょうか?今現在、多くの日本人が普通に経済活動に従事し、好きな事が出来、表現の自由が有り、平穏な生活を送っているのも、日露戦争に勝利したからこそ成し得ていると思います。国民が記憶する為にも、5月27日は祭日にするべきと思います。
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今日の式典の式次第です。
鹿屋基地所属のP3-C表敬飛行。
今年殉職された鹿屋航空基地所属の隊員への黙祷。
国旗及び軍艦旗、Z旗の掲揚。
国歌斉唱(参列者総員)
海上自衛隊参拝(鹿屋基地儀仗隊整列の基、第1航空群司令代表献花。)
式辞
献花(参列者総員)
日本海海戦の歌斉唱(参列者総員)
奉納演武(薬丸示現流顕彰会)
海上自衛隊佐世保音楽隊墓前演奏(軍艦行進曲、海ゆかば等5曲)
(火山蝿)

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歴史 | コメント:(0) | トラックバック:(0) | 2015/06/04 06:00
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