外務省お役人の脳内構造問題

 7月5日、ドイツで開かれてたユネスコの世界遺産委員会は、「明治日本の産業革命遺産」を世界遺産に登録することを決めました。登録が決まったあと、日本の佐藤地ユネスコ大使は次のように挨拶しました。

「1940年代に一部の施設で大勢の朝鮮半島の人々などが意に反して厳しい環境下で労働を強いられた」としたうえで、「この犠牲者のことを忘れないようにする情報センターの設置など、適切な措置を取る用意がある」

 このあと、韓国の代表団を率いるチョ・テヨル第2外務次官は、日本側が言及した措置について、世界遺産委員会に対し、確実に実行されるか検証するよう求めました。
(NHKニュース)

 この佐藤地ユネスコ大使の挨拶を聞いて愕然としました。発言の全てが事実に基づかないウソであり、なんでこのようなことを言う必要があるのか、また韓国に付け込まれるぞと。

 既に各方面から、外務省への批判の声が上がっていますが、何故こんな発言に至るのか、外務省の役人の「脳内構造問題」について、考えてみたいと思います。この構造問題が解決されなければ、外務省は今後も繰り返し、外交敗北をし続けることになるでしょう。

 その前に事実関係を検証してみます。

>意に反して

 当時の朝鮮人が、働いていたケースとして、国民総動員法の下で徴用された場合と、それ以前から通常の働き口として、自由意志で来日し労働に従事した二通りがあります。

 「意に反した」とは、徴用のケースでしょうが、徴用は法の下における国民の義務であることは論を待ちません。当時朝鮮人は日本国民でした。徴用で問題があるとしたら、徴用を朝鮮人だけに適用した場合でしょうが、そんなことはありません。大多数が本土の日本人でした。むしろ朝鮮人への摘要は、昭和19年まで適用外であり、19年9月から20年3月までの僅か7ヶ月間でした。
 
 また徴用に対しては、報酬が支払われました。食べ口がなかった朝鮮人は、むしろ率先して徴用に応じたのです。

 ちなみに、軍艦島労働者は2300人ほど、その内日本人は1600人、朝鮮人は500人ほどで、70%が日本人であり、徴用における労働問題があるとすれば、それは朝鮮人の問題ではなく、日本人の問題です。

>厳しい環境下で労働を強いられた

 軍艦島には大正10年頃から、多くの朝鮮人が働いていました。仕事と高給を求めて自ら海を渡ってきた人たちです。

 6月21日)の産経が報じるところによれば、89歳になる元炭鉱社員は、次のように証言しています。
 「過酷な労働環境だった分、実入りも多かった。朝鮮半島出身者も日本人に負けじと働いて稼いでおり、私の知る限り出身地による差別なんてなかった」。
   http://www.sankei.com/life/news/150621/lif1506210035-n1.html
 
 当時の昭和15年5月28日付け大阪朝日新聞は、「朝鮮人鑛夫の物凄い稼ぎ高」を報じています。また、昭和17年5月23日付けでは、「朝鮮人鑛夫に特別の優遇設備-まるで旅館住まい同様」と報じています。

すなわち、朝鮮人は日本人と全く同様に扱われ(朝鮮人は日本国籍でしたから)、「厳しい環境下」に相応した待遇が与えられ、その元で自由意志または義務としての徴用に従事したのであり、「労働を強いられた」とは事実とは反するのです。

     150710徴用工の給与    

>この犠牲者のことを忘れないように

 自発的に来た人を「犠牲者」とは言いません。徴用は国民の義務ですから、「犠牲者」と言うべきではありません。安易に「犠牲者」と言えば、相手につけ込まれるだけです。

>情報センターの設置など、適切な措置を取る用意がある

 将来の国家の行為を拘束する誠に不用意な発言です。一歩退けば一歩つけ込まれる、外交官にして朝鮮人を初めとする世界の不誠実な実態に心しないこしは恐るべきことです。必ずや今後この言質を取られ、禍根を残すでしょう。

 以上見たように、発言の一言一句が事実に反しているのです。恐るべきことです。何故こうなるのか。

 この佐藤地という外交官は、東京大学卒、1981年外務省入省、2013年、外務報道官広報文化組織統括になり、外務省で局長級ポストに女性として初めて就任したとのことで、女性のエリートなのでしょう。そして今回、日本ユネスコ大使として、「明治日本の産業遺産」交渉の全権を任せられました。

 多分彼女はおのれのミッションとして、ひたすら交渉のの成功、すなわち「明治日本の産業遺産」登録の実現のはずです。それは当然のことです。
 問題は、そのためには、国益を損なってでもそうしてよいのかと言うことです。国益を損なわないように、しかし成功するように、したたかな交渉をしなければならない。

 しかし上記のような彼女の発言から見れば、韓国の言い分をただ受容して、交渉妥結に持っていったとしか思えない。どうも彼女には「国益」や「日本国」があるとは思えない。更にはその前に、きちんと今回に関連する朝鮮との歴史の事実関係について、知識を深め見識を深めたようには思えません。そして禍根を将来に残したのです。

 岸田外相は外務省で記者団に登録決定に関して、「誠に喜ばしいことで歓迎し、祝意を示したい」と述べました。外務省幹部は「決まらなかったら日韓関係に影響したが、結果オーライだ」と胸をなで下ろしました(産経)。

 本当にそんな甘いことでいいのですか。何が「結果オーライだ」か。

 今回は、外務省と文科省の役人が交渉の実務を担当したのですが、国益を代表して交渉に当たる彼らには重大な欠陥があるようです。要は国益とは何かが分かっていないのではないか、と言うことです。
 その国益を考える基盤に愛国心があります。愛国心がなければ国益概念は生まれないでしょう。その愛国心は何によって醸成されるかと言えば、「我が祖国日本」は素晴らしい誇らしい国だと心底から思えることであり、そしてそれは、少なくとも民族の伝承としての神話から始まる日本の国体や歴史文化伝統をきちんと知っているかどうかにあるでしょう。すなわち脳内構造として正しい「歴史能」を持っているかどうかです。

 今回のユネスコ大使の佐藤地なる人は、東京大学卒ですから頭がいい、小・中・高では優秀な生徒であったでしょう。その小中高では、従来の歴史教科書の大半が日本を貶めるような自虐教科書であったことを見れば、優秀な生徒ほど自虐視点の優秀な「歴史能」を持ったと言うことでしょうし、東京大学の学風は、歴代の学長の系譜や、工学においてすら防衛研究を忌避してきた事実などから見れば、反日反国家をよしとする自虐学風を持つ大学と言っていいでしょう。従って、小中高の自虐視点の歴史能、すなわち「自虐能」が大学で温存あるいは拡張し、そのまま役人になったと言うことでしょう。

 問題は外務省に入省して、対外的に国益を担う役割を担うに当たって、外務省は人材ビジョンを持ち、新人をスタートとした人材教育をどのように行っているかです。何もしていないのではないか、そうすると佐藤地なる人の、すなわち外務省の役人の「歴史能」は、小中高時代の「自虐能」のままと言うことになります。

 先日、ジャーナリストの西村幸祐さんとお話しできる機会がありましたので、上記について聞いてみましたが、その通りであり、局長や次官でもほとんど日本の歴史文化伝統については知らないのだ、と言っていました。外務省の研修制度としては語学研修があるのみ、あとは「チャイナスクール」などのOJTだけとのことです。

 企業では、特に大手の企業では「企業理念」を明らかにし、それに基づく「人材ビジョン」を明確にして、新入社員教育、中堅社員教育などで、企業理念をたたき込み、実務教育で実践的な能力をたたき込みます。日本の企業は、人材教育を重視し強い企業を生み出し、日本経済の発展に寄与してきました。
 その「企業理念」とは、国家レベルでは国体や歴史文化伝統に対する「歴史能」と言うことになるでしょう。それが外務省では自虐にまみれているのではないかと言うことです。多分どの役所においてもそうなのではないか。企業で言えば、自社が「こんなダメ企業」と思っていたら、建設的な企業活動など出来るわけもなく、企業は競争に負け倒産に至ります。
 
 すなわち、このまま外務省に任せていれば、外交敗北は繰り返される役人に任せていれば、国家衰退に至ると言うことです。

 今回のケースでは2点問題が指摘できます。

 一つは首相、外相の政治レベルの方針です。「国益が大事だ。場合によれば登録など蹴っ飛ばせ」と言う方針があれば、「自虐能」の役人でも、そのように交渉できたでしょう。しかしそこまでの政治の方針はなかった。

 二つは、政治レベルの方針が登録成功であっても、国益の立場でぎりぎりの交渉を進めるのが交渉当事者の役人の義務のはずです。少なくとも下手な言質を取られてはならない。しかし、佐藤地ユネスコ大使の今回の発言は、全て事実に反し、韓国を利するものです。国益の概念があれば、言い方をそれなりに変えることは可能のはずです。少なくとも将来を拘束するような「情報センターの設置」など、言う必要はないでしょう。

 「歴史能」をどう持たせられるのか。国家公務員採用試験の出題課題に入れたらよいとの話があります。「国史検定」を国家公務員に課すべしと言うことです。

 これは意志さえあれば方法論として直ぐにも出来そうです。それも国の国家公務員の資質への要求仕様の明示として、誠に正しい有効な方法論と思います。しかし現段階では各方面からの抵抗は物凄いしょう。

 今28年度からの中学校教科書採択の時期です。展示会で歴史・公民教科書につい教科書出版各社を比較して見ると、私見では従来の自虐教科書に対して、改正教育基本法に沿った「歴史能」に関する内容が格段によい教科書が登場しています。是非このような教科書の採択が、全国的に圧倒的に進んで欲しいものです。
 そしてこの採択の流れと、国の国家公務員に対する要求仕様として「国史検定」を課すような改革が出来るとよいのではないでしょうか。

 この度の問題で、安倍首相のツイッターやフェイスブックには「第2の河野談話じゃあないか」といった批判が殺到、「炎上」状態とのことです。これが健全な国民の感覚と言うべきです。

 「歴史能」が「自虐能」に犯されている戦後の構造的な問題がここにあります。すなわち戦後レジームです。安倍首相は教育基本法を改正しました。その成果が今教科書で現れ始めています。

安倍さん、「戦後レジームからの脱却」は正しいのです。最近言及がありませんが、矢張り進めて下さい。

以上
(うまし太郎)

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国防 | コメント:(0) | トラックバック:(0) | 2015/07/10 18:03
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