特別攻撃隊とテロリストはまったく違います。

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先日、ISILにより行われたパリにおけるテロ事件、これに対して大変残念なニュースが多数あります。

中でも最低モーニングがテロを起こした人間が悪いのではなくテロを起こす環境を作った被害者側が悪いという論調は最低です。
放送法云々ではなく、人として最低の部類に入りますね。
加害者と被害者、いや無差別殺人事件を起こした加害者とたまたまそこにいた被害者、どちらが悪いかといえば圧倒的に加害者です。しかし、我が国のマスコミなどのコメンテーターは日頃からの在日犯罪擁護の精神から犯罪を犯した方が被害者、他人を殺したことにも理由があるから犯罪ではないとでも言うが如く報道します。
それがどれだけ歪で薄っぺらい理論であるか考えたことがないのでしょうか?
自分の行動で他人が傷つくことはあります。でもその想像すらできないのであれば、そしてことが起こった時に責任を負わないのであればそれは唯の我儘にすぎません。少しは頭を使った方が良いでしょうね。
まあ、見てもらえればわかると思いますので紹介します。
乙武氏「テロ組織の主張に耳を傾け、対話の扉を」 「話してわかる相手か」「薄っぺらい理想論」と猛反発
 フランスのパリで起きた同時多発テロを受け、作家の乙武洋匡さんが「彼らの主張にはまったく耳を貸さずに国際社会から孤立させることが、本当に平和へと続く道なのか」とツイッターに投稿し、物議をかもしている。
 「話し合いの余地があるのか」などと反発を招いているほか、テロ行為を容認していると受け止める人もいる。

■テロ組織は国際社会の一員?
 2015年11月14日早朝(日本時間)に発生した同時多発テロを受け、各国首脳は声明を出し、国際社会の協調を訴えた。こうした動きに乙武さんは11月15日、自身のツイッターで、
  「『国際社会は一致団結して、このテロに立ち向かうべきだ』と言うが、このテロを起こした犯行グループも含めて"国際社会"なのではないだろうか。『シリアで空爆を続けるフランスは許せない』という彼らの主張にはまったく耳を貸さずに国際社会から孤立させることが、本当に平和へと続く道なのだろうか」
と投稿した。

 ツイッターでは、すぐに乙武さんの主張に対する反発が広がった。
  「話をしてわかる相手じゃないですよね」
  「国際社会に耳を貸さず蛮行を繰り広げているのは犯行グループの方でしょう」
  「テロリストの言い分を聞けって、さすがにこれはない」
といった書き込みが乙武さんのもとに寄せられた。テロ組織の主張も聞くべきだ、という発言を、テロを容認しよう、と読み取った人もいたようだ。そもそもテロ組織は国際社会の一員ではない、という指摘もある。
「暴力で屈服させることが平和の実現に向けてのベストな選択肢なのか」
 乙武さんは最初の投稿から約2時間後、「決して『テロを容認しよう』と言っているわけではありません。テロは、もちろん許されない行為」と断り、
  「そのうえで、ああした残虐なテロ行為を行う集団に対して対話の扉を開くことなく、あくまで暴力で屈服させることが平和の実現に向けてのベストな選択肢なのか、疑問を抱いたのです」
と投稿の趣旨を説明。さらに理想主義と批判されたことに、
  「しかし、平和の希求とは、あくまで理想を追求するこういなのではないかと思うのです。それが、日本国憲法の前文(第9条ではなく)に書かれた精神なのではないかと思うのです」
と反論した。
 それでもネットの風当りは依然として厳しい。ツイッターには「薄っぺらい理想論」「現実に対話が通じない相手はいる」といった声があふれている。
 実際の国際社会でも乙武さんが語った方向には進んでいない。11月15日からトルコで開催されているG20首脳会談では、テロ対策の協議が行われ、強く非難する声明を発表する方針だと報じられている。

これが最低な人間の発言です。自分は安全な場所に居て他人を危険へと誘う人間です。
対話を行いたいというのであれば行ってくればいいのではないでしょうか?
どうなるか想像も付かないかもしれませんが、行けばわかるのではないでしょうか?
話し合いで解決できる状況はとっくの昔にすぎております。話を聞くだけ無駄なのです。
平和を追及するに当たり対話だけで行えるというのは唯の夢想家なだけです。対話するに当たり力という背景がない人間の話なんて誰が聞くのでしょうか?
逆らえば殺される! この感情が相手にいう事を聞かせるのです。
有利にならないと犯罪者はいう事を聞きません。力の行使を前提としている者と放棄している者が同じテーブルについても一方的な議論にしかなりません。その現実を見ていただきたいものですね。

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もう一つ非常に残念な話があります。
あるフランス紙が自爆テロと神風特攻隊を一緒に扱いました。
たとえ我が国の精神が理解できないとしても無差別であり、武器を持っていない人間を標的としたテロリスト、いや小銭稼ぎで知らずに爆弾を運ばされた運び屋、およびその人間を犠牲にして自分は安全な場所に居て爆破するテロリストと我が国の未来を護ろうとして勇敢に戦い、散って行った英霊の方々を同一視するのは如何なものかと思います。

英霊の方々は武器を持った戦艦等に正面から挑んでいったのです。
負けることはわかっていました。でも少しでも良い条件で講和条約を結ぶために戦ったのです。
彼らが戦ったのは同じ様に武器を持った兵士たちです。
人を殺す覚悟を持ち、殺される覚悟を持った兵士同士の戦いなのです。
特別攻撃隊は3700機以上ともいわれております。内沖縄戦では1400機も戦ったと聞きます。
撃沈:34隻 損傷:280隻以上とも言われている特別攻撃隊の戦い、民間人が間に入る隙間はありません。

何故。自爆テロと神風特攻隊が一緒の事と考えられているのかわかりませんがこのような話があります。
欧米メディア、仏自爆テロを「kamikaze」と表現 日本では「なんだか複雑」「悲しいこと」と困惑
フランス・パリ中心部で起こった同時多発テロをめぐり、欧米メディアが自爆テロを「kamikaze」と表現していることに、日本国内で困惑の声が上がっている。
「kamikaze」は以前から欧米で自爆テロを意味する言葉として定着しており、元をたどれば太平洋戦争時の日本軍の「特別攻撃」に行きつく。

911の時から「kamikaze」は「自爆テロ」
「l'une des explosions près du Stade de France provoquée par un kamikaze」――スタッド・ドゥ・フランスの近くで起こった爆発は自爆テロ。AFP通信の公式ツイッターアカウントは、2015年11月13日にパリ中心部のスタジアム「スタット・ドゥ・フランス」で発生した自爆テロをこう伝えた。
ここでの「kamikaze」は自爆テロの意味で、以後事件を報じたリベラシオンやル・フィガロといった代表的な仏紙、BFMTVなどのニュース専門チャンネルでも同じ使い方が確認できる。
フランス人ジャーナリストやテレビレポーターもツイッターで事件に触れる際「kamikaze」という言葉を使い、グーグルの自動翻訳システムでも「un kamikaze」が「自爆テロ犯」と訳されるため、少なくともフランスではこうした使い方が定着しているようだ。
また仏メディア以外に、イタリア語やスペイン語圏、英語圏の一部メディアが今回のテロを「kamikaze」や「kamikaze attack」「kamikaze killer」などと報じている。01年9月にニューヨークで発生した同時多発テロを欧米メディアが「kamikaze attack」と報じて話題となったが、欧米における「kamikaze」の使用法は今も変わっていないらしい。
紀伊國屋書店が「kamikaze」書店と報じられる

テロ関連の報道に「kamikaze」の言葉が使われ始めると、日本人ツイッターユーザーから、
「日本人を連想しているのではないとしても、悲しいことだな」
「こういう所で活用されてるのは、なんだか複雑・・」
と困惑する声が寄せられた。中には、日本政府に「抗議、対処すべきだ」と指摘するユーザーも。
これより前、仏メディアは「kamikaze」という言葉をどのように使っていたのか。ル・フィガロ電子版の過去数か月の記事を見てみると、15年2月にナイジェリア北東部で発生した自爆テロ事件を「une kamikaze tue sept personnes」(自爆テロ犯が7人殺害、15年2月21日付け)と伝えるなど、アフリカやアラビア地域で当時頻発していた自爆テロ事件に関する記事にしばしば登場する。
その一方、15年9月に紀伊國屋書店がネット書店への対抗策として作家・村上春樹さんの最新作「職業としての小説家」の初版を「買い占めた」件は「Un libraire 〈kamikaze〉 défie Amazon au Japon」(「神風」書店がアマゾンジャパンに立ち向かう、15年9月8日付け)と見出しをつけて報じられた。
「kamikaze」とは、太平洋戦争時における日本軍の「特別攻撃」に由来する言葉だ。ただ、「特別攻撃」は基本的に艦船や兵士を標的とした一方、自爆テロは一般人を含めて無差別攻撃とされ、全く同じものとは言えない。また、いつ、どのような過程で「kamikaze」が「自爆テロ」の意味で使われるようになったのかも不明だ。

他の報道でこのような理由を述べているものがありました。
 
「1回きりで限られているから、楽しく精いっぱい生きる」というのが一般的なフランス人の人生観だ。近隣国から侵略を受け続けた歴史を持つフランスは、国家から個人まで生存本能の塊であり、任務を帯びたとしても、自殺行為はフランス文化と対立する概念なのだ。
 加えて、フランスは古くから東洋の文化を神秘的にとらえる傾向がある。このため、「理解しがたい」と「畏怖する」という二面性の意味合いが、「カミカズ」に込められている。
以上

困ったものです。ものを知らないというか理解しようとしないとでも言いましょうか?
違いを判ってもらいたいものですね。

テロリストは許されるものではありません。無関係な人間を無差別に巻き込むなんて許されません。
それはどこの国でも同じだともいます。
テロリストを表現するのであればエノラゲイや原爆などが的確だと思います。
無差別殺人、特に武器を持たない民間人への攻撃は容認できませんね。
しっかりと対処していただきたいものです。
(ブラッキー)

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教育 | コメント:(0) | トラックバック:(0) | 2015/11/21 06:00
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