土光杯弁論大会・若者への期待

 去る1月9日、「第32回土光杯全日本青年弁論大会」が大手町の産経プラザで開かれました。土光杯とは、行政改革に大きな功績を残した故土光敏夫氏を記念し、昭和60年創設、「日本の将来を担う若者の主張の場」として、毎年開催されています。27年度のテーマは「今こそ"日本出動"のとき」でした。以下1月26日の産経新聞の記事からです。

                   160128土光杯      

 今回は多数の応募の中から書類選考による15人の若者が熱弁をふるいました。その中から次の4人の若者が栄冠を勝ち取りました。
・土光杯(最優秀賞):明治大学1年江崎光太郎さん「よりよい関係を築くために歴史を知ろう」
・産経新聞社杯:皇學館大学4年高里知佳さん「一人一人のクールジャパン」
・フジテレビ杯:法政大学4年澤田拓人さん「日本の旭日、世界を照らせ」
・ニッポン放送杯:中央大学4年春日亀小判さん「企業大国日本へ」

●江崎光太郎さんは「よりよい関係を築くために歴史を知ろう」として、インドネシアを訪問した折に知った旧日本軍のインドネシア独立への貢献とインドネシアの人々の感謝について述べ、歴史をきちんと知ることが大事だと述べました。
 独立宣言文発布の日付が「05年8月17日」、05年とは皇紀2605年、この事実を子供達は教えられていません。それを知った江崎さんはどう思ったか、後段で全文を紹介させて戴きます。

●高里知佳さんは「一人一人のクールジャパン」として次のように訴えました。
・日本文化は、繊細で美しく、誠実で勤勉、忍耐強い精神力から生まれた技術と、礼節や思いやりの心という気高い精神で作り上げられている。
・クールジャパンの使命を達成するには、一人一人が日本人らしい礼節や思いやりを大事にし、日々の身の回りで、小さいことを積み重ねていくことが大事だ。
・イエローハットの鍵山秀一郎さんから多くのことを学び、ゴミ拾いなどを実践している。それはゴミを見て嫌な気持ちになる人を減らすという思いやりがあるからだ。
・神社への参拝、朝夕に神棚への拝礼し、毎日元気に過ごせることの感謝も欠かせない。
・このような積み重ねで日本人らしさを守ることが、様々な価値観がある国際社会において、人としての共通の価値観を守ることに繋がり、我が国は輝ける存在になるであろう。

●澤田拓人さんは「日本の旭日、世界を照らせ」として次のように訴えました。
・日本の治安と安全は世界に誇るものだ。日本は経済だけでなく、「治安」でも、世界でリーダーシップを発揮していくべきではないか。
・東日本大震災では、自己犠牲の精神で連帯して助け合う日本人の姿勢は世界に感動を与えた。これこそ安全の根本だ。
・その精神から生まれた先人の知恵が江戸時代の「番屋制度」であり、それを引き継いだ「交番制度」だ。交番は地域住民と警察を密接に連帯させ治安を維持している。
・日本警察のシンボル旭日章には「東の空に昇る太陽のかげりのない清らかな光り」の意味が込められている。今こそ日本の旭日で世界を照らそう。

●春日亀小判さんは「企業大国日本へ」として次のように訴えました。
・「子供に勉強を教えるのが好き」、そんな思いから学習塾のアルバイトを始めた。しかし色々問題を感じ、借金をして自らの学習塾を立ち上げた。ゼロからカリキュラムをつくり、広告を出し、生徒を集め、手探りでやって来た。
・「新しい価値をゼロからつくる」、「社会をよりよくしたいために行動する」が人生の軸になった。
・日本は単なる経済大国ではなく、これからの変化に果敢にチャレンジする起業大国への挑戦が必要だ。起業家を国家や社会が応援する環境整備、高校生や大学生の起業家マインドを育むための教育の役割が重要だ。
・21世紀の社会では起業家が求められる。勇気を持って立ち上がろう。立ち上がった人を社会が後押ししよう。そして起業大国日本を実現しよう。

 審査委員長を務めた日下公人氏は、次のように講評しました。
「今回は本当に素晴らしかった。今回の弁論に日本の底力を感じている。今の多事多難をどう突破していくか、若い人達の直感・情感が日本を救うと思う。安倍首相は地球儀俯瞰外交として世界50ヵ国以上を廻っているが、世界が「日本の発言を聞きたい」と言う世の中になってきている。日本が世界から期待され、発言するようになる。日本の将来を考え大いに発言する若い人達に期待したい。」


世界との交流のためには歴史をきちんと知ること、日本人の精神性を知って日々何らかの実践をし日本人としての価値観を身につけ守ること、不安定な世界に対して日本の伝統文化による貢献、起業の実践からこれからの変化の時代への挑戦としての起業大国化の提案など、「今こそ“日本出動”のとき」を的確に捉えており、「今時の若者は・・・」ではない若者達の大きなうねりがあるとしたら、誠に喜ばしいことと感銘しました。

●最後に土光杯に輝く明治大学1年江崎光太郎さんの「よりよい関係を築くために歴史を知ろう」
の全文
を紹介させて戴きます。

(紹介始め)
 大学生になったら海外旅行がしたい。そう考えていたら父の友人に誘われて昨夏、インドネシアに行ってきました。首都ジャカルタに行くと近代的なビルが建ち並びショッピングセンターは東京と変わりはありません。最大の苦労はトイレで、胃腸の弱い私はインドネシアの辛い料理を食べるとお腹が痛くなってしまいます。トイレに駆け込むと紙がない。どこにもトイレットペーパーがある日本は、本当に素晴らしい国だと思いました。

 旅行中、ジャカルタには「70」と書かれた旗があちこちで掲げられていました。インドネシアは1945年8月17日に独立を宣言、70周年だったのです。独立戦争の主力部隊となったインドネシア郷土防衛義勇軍(PETA)の博物館を訪れました。同国は45年11月から蘭英軍との激しい戦いの末に独立を勝ち取りましたが、展示物を見ると驚くことに日本軍のものが多くありました。

 日本軍は42年にインドネシアを占領後、独立を支援するために独立義勇軍を創設していたのです。PETAの博物館には、日本軍の武器や新聞などが展示され、若者が日本兵相手に相撲を取って体を鍛えているレリーフも飾られていました。一方で「労務者」として酷使され、痩せ細った人々に日本兵が厳しい顔で指示しているレリーフもありました。約3年間の日本統治に苦しみはありましたが、日本が独立の一翼を担ったのも事実、と感じました。

 スカルノ初代大統領が読み上げた独立宣言文も見ました。日付は「05年8月17日」、皇紀2605年とのことです。スカルノが独立を支援してくれた日本に感謝を示すために、皇紀を使ったと聞きました。
 
 独立パレードにも参加したのですが、インドネシア人が独立万歳という気持ちを表す「ムルデカ」と叫びながら行進していました。日の丸の小旗を手にした私達を大歓迎してくれました。残念だったのは、ジャカルタだけでも数万人は住んでいるといわれる日本人がほとんど参加していなかったことです。協賛企業に日本の会社もなく、「侵略国家」と教えられたため、引け目を感じているからではないかと思いました。

 ASEAN主要国であるインドネシアは日本にとっては大きな存在です。しかも日本は独立に大きく関わっていて、その事実をインドネシア側は語り継いでいてくれます。ところが日本人は、インドネシア独立に日本が深く関係していることさえ知りません。

 今回の体験を通じて、多くの日本人にインドネシアで語り継がれている独立と日本の関係を理解して欲しいと感じました。こうした歴史を知ることで、インドネシアとのより深い心の交流が出来るのではないでしょうか。

(紹介終わり)
以上
(うまし太郎)

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未分類 | コメント:(0) | トラックバック:(0) | 2016/01/28 16:38
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