第62回知覧基地特攻慰霊祭

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今年もこの時期がやってまいりました。
平成28年5月3日 第62回知覧基地特攻慰霊祭が粛々と執り行われました。
今年も私たちは仲間と共に参列いたしました。

知覧のこの地より沖縄へ402名の英霊が飛び立ちました。
祖国を護るため、沖縄を護るために飛び立ったのです。
そのことが歌として残されております。
<知覧基地 特攻隊の歌>
一 ああ薩南の此の地より  敵撃滅の命を受け  まなじり決し若人が  翔び立つ姿尊しや  その名特別攻撃隊  
二 ああ明日はなき此の命  胸に秘めたるその覚悟  祖国の平和念じつつ  南の空に翔び立ちし  その名特別攻撃隊
三 ああ今此処に銅像の  勇士の姿仰ぐとき  国を護りしつわものの  勲は永久に薫るらん  その名特別攻撃隊

皆が言うように特別攻撃隊は無謀な戦い方であったかもしれません。
しかし、私たちの先祖は自分だけのために戦ったのではありません。兄弟を護るため、親や子供を護るため、恋人を護るため、国を護るために戦いました。その精神が我が国では育まれていたのです。
自分一人が助かる事よりも皆を助けるために最善を尽くす。その精神の発意があったのではないでしょうか?
特攻を行う精神性はなにも日本人だけが持っている者ではありません。
他の国でも家族が窮地に落ちた時、勇敢に巨大な力に立ち向かった名もなき英雄はたくさんいました。

特別攻撃隊は海外の人が言うようにテロではありません。
良く言うように自爆テロと特別攻撃を混同している人もおりますが、特別攻撃隊の攻撃対象は敵軍隊です。
自爆テロは無差別でしかも平和に暮らしている人を目標としておりますよね。
特別攻撃隊の目標は敵軍隊であり、正面から戦いそして散華されています。
相手が軍人と民間人では意味が全く異なるのです。
そして、特別攻撃はなにも零戦だけではありません。
桜花、回天、刺突爆雷、伏龍、震洋・・・
様々な特別攻撃が存在します。

戦艦大和の出撃も特別攻撃の一種と考えられています。
二度と帰らない事を約束された最後の出撃、護衛艦や空母もほとんどない戦艦大和の出撃、沖縄の海の固定砲台に成るべくして出撃した戦艦大和は鹿児島県坊ノ岬沖にて撃沈
【敵兵力】
 空母 7隻
 軽空母 4隻
 積載艦載機 約820機
 実戦艦載機 386機
 戦艦 6隻
 巡洋艦 11隻
 駆逐艦 30隻
「進歩のない者は決して勝たない。負けて目覚めることが最上の道だ。日本は進歩ということを軽んじすぎた。私的な潔癖や徳義にこだわって、真の進歩を忘れていた。敗れて目覚める。それ以外に、どうして日本は救われるか。今、目覚めずしていつ救われるか。俺たちは、その先導になるのだ。日本の新生に先駆けて散る。まさに本望じゃないか。」
大和乗組員、若い海軍士官が死を覚悟して語った言葉です。
片道燃料しか積まない戦艦大和、沖縄への支援物資を満載して出撃し、そして散華された3700名の英霊の皆様
お疲れ様でした。お休みください。

少し話がそれました。
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というわけで私たち仲間は知覧基地特攻慰霊祭に参列してきました。
当日、朝から雨が降っており風も強く傘が役に立ちません。
それでも会場には多くの人々が参列されていました。
献茶、焼香などを経て私たちが献花するときには雨もやみ、ゆっくりと晴れ渡りました。
約1000名の方々による慰霊祭も無事終了
今年から展示物が少し変わった記念堂を見学しました。
・・・しかし、毎度のことながら涙が止まりませんね。年取ってから止まらなくなったような気がします(笑)

また来年もこの地を訪れようと思います。
もっと多くの方々がこの地を訪れることを期待します。
そして、いつかは陛下のご臨席をたまわらんことを祈念申し上げます。
皆様に於かれましては全国様々な場所に鎮座する慰霊碑に手を合わせて頂きたく思います。
(ブラッキー)

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歴史 | コメント:(0) | トラックバック:(0) | 2016/05/11 06:00
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