家族を守る様に、自分の国は自分で護る!その気概が必要です。

海軍三十二型戦闘機
自分の国は自分で護る!
これは当たり前の事なのですが、我が国ではGHQから押し付けられた憲法により戦力を持たない=防衛力すら持ちえないとされてきました。なので自衛隊も戦力ではないといういい加減な論法がまかり通っております。
先日の沖縄で起きた凶悪事件、これも米軍が無ければ発生していないという理論があるそうです。
しかし、米軍がいなければ平和と言えばそうは言えません。米軍がなければチベットや南モンゴル、ウイグルのような道をたどっていた可能性があり、我が国自体が滅んでいた可能性は否定できません。
自分の国は自分で護り、自分たちを護るための戦力を保持することは日本国憲法以外なにも制約しておりません。
ましてや、サンフランシスコ条約では持つ事を許しているのです。
それが可能にならない限り、我が国は普通の国になれません。なれるわけないのです。

さて、普通の国になる、自らの行動に対して影響力に対して責任を負うことが必要となります。
そのような国にしたくないのが旧民主党、現民進党であると確信して良いと思います。
かの政党の政調会長がこんな話をしました。
民進・山尾志桜里政調会長「集団的自衛権認める他国と同じ『普通の国』になるというふうに感じた」と自民党批判
 民進党の山尾志桜里政調会長は18日の記者会見で、同日の党首討論の印象について、「自民党の考える平和主義は、『この国独自の平和主義』というよりは、9条を変えて全面的な集団的自衛権を認める他の国と同じ『普通の国』になるというふうに感じた」と述べた。
普通の国になるというのは自らに責任を負う事です。集団的自衛権を制限している国が自分を守れますか、友人を守れますか?
守れない国はどこからも一緒に戦ってくれません。戦友には成れないのです。

もし、そのような国がこの先続くようであればその国は亡ぶでしょう。
ベストセラーになった本があります。
その本を櫻井さんが紹介しています。
「 現行憲法擁護派への痛烈な批判である百田氏の著書を読み現実を見る力を 」
百田尚樹氏の『カエルの楽園』(新潮社)が面白い。百田氏は本書に先駆けて発表した「世界は変わった 日本の憲法は?」と題するDVD制作の総指揮を執った。米国の占領下で日本国憲法が作られた過程、そこから生じた問題を40分弱にまとめたものだ。制作に多少関わった私に、昨年夏、百田氏が秘密を打ち明けた。
「いま、面白い本を書いてるんです。最高に面白くなると思いますよ」
作品は、書き手の心の反映だ。本人が「最高!」「面白い!」と感じながら書けば、本当にそうなるだろう。そうして『カエルの楽園』が上梓された。
これは現代日本の実相を物語にしたものだ。米国人作成の憲法に書き込まれている非現実的な国防論、日本に迫る中国の脅威、同盟国の米国の思いなど、現在進行中の国際問題がカエルたちの行動や言葉を通して分かりやすく伝わってくる。
「月刊Hanada」(飛鳥新社)6月号が同書を取り上げ、評論家の石平氏が「読んだ時、人の目を憚らず涙を流した」と告白していた。私はあらためて、柔らかなタッチで描かれたこの寓話の、実は本当に恐ろしい真の恐怖を痛感した。石氏は涙を流した心情をこう説明している。

「『天安門事件』で仲間たちが殺されて祖国を追われ、日本という安息の地にやっと住み着いた私の人生の遍歴が、カエルのソクラテスのそれと重なってきた」
ソクラテスとは体の小さなアマガエルだ。毎日アマガエルを捕らえては食べてしまうダルマガエルの脅威から逃れようと、安全な天地を探しに仲間と旅に出た。しかし、安全な天地など実際にはない。途中で仲間のほぼ全てが殺され、ようやく、アマガエルとほぼ同じ体格のツチガエルの国にたどりついた。
そこは、「信じろ」「争うな」「力を持つな」の「三戒」を自らに課して絶対平和主義の下で暮らす、優しい心を持ったカエルの国だ。ソクラテスが食い殺される危険から逃れてきたとそれまでの経緯を語ると、「じゃあ、食べるのをやめてもらえばいいんじゃないの?」という夢見るような返事が返ってくる。
「やめてくれないから、ぼくたちが出たのです」と言うと、「そんなおかしな話ってあるかしら」と言って、ここツチガエルの国では誰も襲われはしない、なぜなら自分たちは、「平和を愛するカエルだから」と胸を張って答えるカエルたちがそこにいた。

明らかに日本の現行憲法を擁護する人々への、おかしくも悲しく、痛烈な批判である。本書に関する脅迫事件についても、百田氏は書いている。
兵庫県でのサイン会を前に、「会場を爆破する」という脅迫電話があった。書店の店長が「卑劣な犯人に屈するわけにいかない」として、兵庫県警による厳重な警戒の下、サイン会を開き、無事に終了したが、事件を報じたのは「産経新聞」と「毎日新聞」だけだった。1997年に作家の柳美里氏のサイン会が爆破予告で中止になったときと比べて、百田氏はこう問うている。
「(当時)朝日などは(中略)『言論へのテロに対して屈するな』と大キャンペーンを張りました。ところが、私の場合には一行たりとも書かれない。この差は一体、何なのでしょうか」
『カエルの楽園』は実は恐ろしい結末を迎える。百田氏は、『カエルの楽園』は、ベストセラーとなった『永遠の0』『海賊とよばれた男』に次ぐ自身の最高傑作の一つで、自分はこの作品を書くために作家になったと思うとまで評価しながら、同時に、10年後、この書が「荒唐無稽な」書として見向きもされないでほしいと矛盾したことを書いている。それは恐ろしい結末を日本が回避できるようにとの願いに他ならない。そのために、多くの人に本書を読んで現実を見る力を養ってほしい。

是非、読んでいただければ幸いです。
非常に軽いタッチで描かれてありますので簡単に読めます。

現役の予備自衛官はこのように語ります。
「衝突避ければ中国に見くびられ、領土領海乗っ取られる」葛城奈海氏
 大阪市天王寺区のシェラトン都ホテル大阪で18日に開かれた大阪「正論」懇話会の第43回講演会で、「国を守るということ」をテーマにしたキャスターで俳優の葛城奈海氏による講演内容の要旨は次の通り。

 私は元々はアンチ自衛隊、アンチ靖国神社。それが変わったきっかけの一つは環境問題だった。
 大学生のころ、実家の近くの狭山丘陵(埼玉・東京)で、水稲の有機栽培をする有志の活動に参加していた。ある日、ため池の管理作業で森の木を伐採するといわれ「自然を守りたいのに、木を切るとは」と焦ったが、地元のお年寄りが木に米と酒と塩を供え、ひざまずいて感謝の祈りをささげた。
 その背中が神々しく見えた。私たち日本人は自然に対し感謝と畏敬の念をささげてきた
からこそ、現代でも緑豊かな国土で自然の幸を得られるのだと気づいた。国を守るというのは、本質的には伝統的に受け継いできた文化や価値観を守ることだと腑(ふ)に落ちた。
 当時、私は合気道に夢中だった。合気道は自分から打ったり蹴ったりはせず、自分の身や大切な人を守るための武道だが、合気道を人から国にそのスケールを変えれば、専守防衛が原則の自衛隊のあり方そのものだと気づいた。
 その後、自衛隊OBでなくても予備自衛官になれる制度が始まると知り、試験の後訓練に挑んだ。日本国民の一員であると自覚できる教育を初めて受けられたと思う。忍耐を必要とする集団生活はためになった。
 私は尖閣諸島(沖縄県石垣市)での漁業活動に15回参加したが、そのきっかけは平成22(2010)年9月の中国漁船衝突事件だ。海上保安官が命がけで相手漁船に飛び移り、逮捕した船長を時の政府はあっさり釈放し、日本の尊厳を踏みにじった。
 はらわたが煮えくり返る思いをしたが、民主党政権だけを責められないとも思った。尖閣諸島には、何十年も事なかれ対応を繰り返してきた事実がある。戦うことを短絡的に悪と決めつけてきた戦後体制の結果だと。この事件を忘れさせてはならないと思い、尖閣諸島行きを決めた。
 これまでの尖閣諸島や小笠原諸島に来た中国船への日本の対応は弱腰だった。世界各国をみれば、アルゼンチンが中国漁船を撃沈している。不慮の衝突が戦争につながると恐れる人もいるが、衝突を避けることで相手に見くびられ、いつの間にか領土領海を乗っ取られる可能性の方が高い。
 戦争が簡単に起こるように言い、毅然(きぜん)とした態度を避けるというのは決してあってはならない。
 北朝鮮による拉致問題でも全く同じことがいえる。通常の国家間であれば外交交渉というのは軍事力を背景にした交渉だが、日本は圧力がないまま口だけの交渉をしている。自衛隊を使って拉致被害者を救出することを議論の俎上(そじょう)に載せるべきだと思っている。

日本は毅然として脅威に立ち向かうための力が必要です。
今のままでは土ガエルになってしまいます。
最近、学術会議が軍事利用拒否の見直し検討に入りました。
少しずつでも戦後体制から脱却し、自ら守る様になりましょう。
大東亜戦争の終盤、我が国の未来を託して散華された方々がいらっしゃいます。
その方々に謝らなければならない状態にしてはなりません。

皆で考えていきましょう。
どのようにして守っていくのかを
(ブラッキー)

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国防 | コメント:(0) | トラックバック:(0) | 2016/05/26 06:00
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