嘘は何遍話しても嘘以外の何物でもありません。

軍艦島
先日より話題となっておりました歴史文化遺産登録を行おうとした軍艦島に対して朝鮮人による捏造が嘘であることがばれました。
そもそも先端技術を使う準軍事施設に強制連行されて働きに来たというのが嘘偽りです。
高給取りであり最新技術を使用して採掘していた炭鉱である軍艦島:端島は家族のような町であったそうです。

そもそもの嘘はどのようなものだったのでしょうか?
中央日報を見てみましょう。
600人連行された端島炭鉱…病気・変死・事故で122人死亡
「イ氏〔当時22歳、慶尚南道固城郡(キョンサンナムド・コソングン)〕。1927年12月26日午後7時10分、長崎県端島炭鉱坑内で圧死」。
「別のイ氏〔当時36歳、慶尚南道晋州市(チンジュシ)〕。1929年1月5日午前5時30分、坑内で溺死」。
日本がユネスコ世界文化遺産の登録を推進する端島炭鉱で、強制労働をさせられた朝鮮人がどんな生活を送っていたのかを物語る資料が出てきた。国務総理室所属の「対日抗争期の強制動員被害調査および国外強制動員犠牲者の支援委員会(支援委)」が作った「死亡記録を通じてみた端島炭鉱強制動員朝鮮人の死亡者被害実態基礎調査」だ。日本の市民団体「長崎在日朝鮮人の人権を守る会」などが探し出した死亡記録を基に作った報告書だ。
13日、この報告書によれば端島炭鉱には朝鮮人600人が連行されて122人が死亡した。およそ5人に1人が亡くなったことになる。このうち17歳以上の92人について死亡原因を分析した。病気が28人で最も多く窒息・溺死のような変死が24人、炭坑事故が17人だった。報告書を書いたユン・ジヒョン調査官は「病気は悪条件の中でまともに食べることができずに長時間労働をして、栄養不足のためにかかった」としながら「溺死の場合、島から逃げて海におぼれたケースもあると推定される」と話した。
報告書は、生き残って光復(解放)後に故郷に帰ってきた生存者の証言も載せている。キム氏〔89、慶尚南道宣寧郡(ウリョングン)〕は、「坑道の中は立てないほど狭くて温度が45度を超えた」として「労役中に石が落ちて頭が割れ、時々上から転がり落ちてきた石に当たって死亡する人もいた」と伝えた。
「1日12時間ずつ働き休憩時間は何分も与えられず、ひどい鞭打ちをされる時が多かった」(モ氏、94、慶尚南道晋州市)、「炭鉱が崩れる事故が多く、死ぬ人が多かった。多くの人が逃げようとしたが、ほとんどが捕まって激しい拷問にあった」〔チャン氏、90、忠清北道槐山郡(チュンチョンブクド・クェサングン)〕などの証言も出てきた。
支援委のパク・イヌァン委員長は「日本は近代文化遺産だと主張するが、韓国の立場からみれば強制労働と収奪の現場」としながら「暗い過去を棚上げしたままユネスコ文化遺産に登録されないように、真実を捜し出して伝え続ける」と話した。
端島炭鉱は日本の南西側の島にあり、三菱が運営していた。海水面から1000メートルまで掘り下げた。島が軍艦のように見えることから「軍艦島」とも呼ばれ、犠牲者が多かったことから「地獄島」とも言われた。
◆「強制徴用現場に謝罪の碑を建てろ」=日本軍の慰安婦被害女性たちはこの日、日本が強制徴用施設のユネスコ世界文化遺産登録を推進することについて安倍晋三首相の謝罪と登録推進の中断を繰り返し促した。ヤン・クムドクさん(84)、パク・ヘオクさん(85)、イ・ドンロンさん(85)はこの日、光州(クァンジュ)高裁の前で記者会見を行って「安倍首相は謝罪も足りていない上に再び被害者のアザをさらに傷つけている」として「安倍首相は登録をすぐに放棄して、わだかまりができた現場に『謝罪の碑』を建てろ」と要求した。
日本に連行され、つらい労働をしなければならなかったヤンさんらはこの日、車椅子に乗ったり杖をついたりして会見の場に出てきた。彼らは「日本政府は強制徴用の現場を、産業革命を起こした記念碑的な場所とし歴史の浄化を図っている」として「だが、そこは罪のない植民地の民衆らの膏血を絞り取った辛い歴史の現場であるだけ」と批判した。日本が世界文化遺産の登録を推進中の23カ所のうち5カ所は軍の慰安婦女性たちを強制動員した三菱が運営した施設だ。
光州高裁はこの日、ヤンさんらが三菱重工業を相手に1人あたり1億5000万ウォンの損害賠償を要求した控訴審(1審勝訴)弁論手続きを全て終えた。宣告期日は来月24日に決まった。


さて、真実はこのようなものです。
韓国側のレッテル貼りを一蹴 「島民は一つの家族のようだった。監獄島ではない」…軍艦島など説明指針策定、長崎市
 長崎市が、世界文化遺産となった端島炭坑(通称・軍艦島)について、「島民は、一つの家族のようであったといわれている」とする文書を策定し、観光部局などに配布したことが6日、分かった。軍艦島をめぐっては朝鮮半島出身者も徴用されたことで、韓国メディアは根拠もなく「監獄島だ」と登録に“いちゃもん”を付けたが、市は元島民からの聞き取りを基に韓国側のレッテル貼りを一蹴した形だ。(奥原慎平)
 文書は内閣官房の監修も受け、「明治日本の産業革命遺産(基本事項)」の名称で3月10日付で策定した。産経新聞が情報公開請求で入手した。
 軍艦島だけでなく、市内にある「明治日本の産業革命遺産」の構成施設8つについて、歴史的な意味づけや観光客へのPRポイントなどをまとめた。市がパンフレットなどを策定する際の資料とするほか、外部からの問い合わせへの返答の参考とする。
 「明治日本の産業革命遺産」をめぐっては、23施設のうち7施設について、「戦時中に朝鮮半島出身者が強制労働をさせられた」として、韓国が登録に反発した。
 中でも軍艦島に対しては、「強制的に徴用された朝鮮人が、過酷な労働や虐待に苦しみ、『地獄島』『監獄島』と呼んでいた場所」(東亜日報日本語電子版、2015年3月31日付)と報じるなど、一連の「反日」活動の象徴となった。
 「明治日本の産業革命遺産」は昨年7月、世界遺産登録を果たしたが、韓国の市民団体などは、依然として反発している。
 長崎市は今回、終戦を軍艦島で迎えた元島民に話を聞いた。
 その結果、策定した文書では、「島民は、共に遊び、学び、働く、衣食住を共にした一つの炭鉱コミュニティであり、一つの家族のようであったといわれている。島は監獄島ではない」と明記した。
 また、徴用については、国家総動員法に基づき、半島出身者にも昭和19年9月から国民徴用令が適用された。この歴史的事実を踏まえ、「半島からの徴用者は端島炭坑をはじめとする日本各地の生産現場を支えた」「政策の性質上、一般論として意思に反して連れて来られた者もいたことは否定できない」と記した。
 文書は同市の観光担当部署のほか、軍艦島の上陸ツアーを運営する企業などにも配布した。

「島民は、共に遊び、学び、働く、衣食住を共にした一つの炭鉱コミュニティであり、一つの家族のようであったといわれている。島は監獄島ではない」
これが真実ですね。そもそも強制連行なんてありませんでした。徴用があったにすぎませんし、それは国民の義務であり当然の事でした。それを独立させられたからと言って逆恨みするのは間違っていると思います。
自らの力で独立できなかった悔しさはあるでしょう。しかし、それを踏まえてもダメダメですね。

このような感じで慰安婦像がたてられているとみるべきでしょうね。
嘘を100回言えば真実となると勘違いしている朝鮮族はかわいそうな存在かも知れません。
このような嘘は一刻も早く否定してあげるのが友人としても役目だと思います。

嘘を100回言っても真実にはなりません。そのことを踏まえて訴えましょう。
(ブラッキー)

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歴史 | コメント:(1) | トラックバック:(0) | 2016/06/21 06:00
コメント:
No title
 今は廃墟となっていますが、観光資産として写真を目にすることが出来ます。
 それを見ると、後に住宅公団などが建てた団地よりも遙かに規模、単位、設備、居住性などとても優れていたことが偲ばれます。
 外務省は(国交省や文科省、農水省も)彼らの捏造には直ちにきちんと反論しないといけません。
 これまでと同じで、彼らの脳内では嘘が嘘で固められそれを真実と思い込んでしまいます。
 やがてそれは国家レベルで正当化してしまうから。
 イヤ、もう始まってしまったのか・・・。

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