村田容疑者 二重国籍確定

むらた
大手新聞各社も報じるようにようやくなった村田容疑者の二重国籍問題
本人は9月6日に記者会見を開いたようですね。
しかし、1997年の雑誌のインタビューで自ら台湾国籍であることを話していた村田容疑者
いったい自分自身の大切な国籍について何を考えているのでしょうか?
こんな無茶苦茶な人間を政治家にしてしまった東京都民の責任は重たいです。

まずはみずから台湾国籍といったインタビュー記事を見てみましょう。
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『私は中国人の父と日本人の母の間に生まれたんですが….』
『自分の国籍は台湾なんですが、父のいた大陸というものを一度この目で見てみたい….』

当時の国籍法では台湾人の父親であれば台湾国籍ですね。生まれた時から台湾国籍です。
そして台湾国籍は20歳になって初めて国籍破棄ができるようになります。
18歳の時に日本国籍を選択したというのは間違いではないかもしれませんが、それ以外の話は全て嘘と言う事になります。
子供が支那風の名前というのは個人の価値としてまあ、仕方ないのかもしれませんね。キラキラネームと同じなので変な奴という認識でしかありません。
しかし、自分自身が二重国籍でありながらそれを隠して国会議員となった罪は重たいです。
どこかの国では国外追放か国家反逆罪として死刑にされても文句は言えませんね。

しかし、ここは日本です。そのようなことはなく弁明の記者会見すら行う自由があります。
「二重国籍」問題に関する蓮舫代表代行事務所による回答文(全文)
 民進党の蓮舫代表代行の事務所は6日夜、日本国籍と台湾籍とのいわゆる「二重国籍」疑惑をめぐり、台湾籍を放棄した時期について、産経新聞の取材に「30年前のことでもあり、今のところ、確認できていない」とする回答文を寄せた。全文は次の通り。
 国連の女子差別撤廃条約の締結を控えて改正国籍法が施行(昭和60年1月1日)された直後の昭和60年1月21日、17歳の時に日本国籍を取得しました。日本法の下で適正な手続きを行い、日本国籍を取得しています。あわせて台湾籍の放棄の宣言をしています。
 台湾法において、台湾に籍があるのかというご指摘がありました。
 このため、確認を行いましたが、いかんせん30年前のことでもあり、今のところ、確認できていません。
 今後も確認作業は行いたいと思いますが、念のため、改めて本日、台湾の駐日代表処に対し、台湾籍を放棄する書類を提出しました。
平成28年9月6日

国連の女子差別撤廃条約はなんの関係もありませんが、なんでまた持ち出すのでしょうか?辛坊治郎とのインタビューでも持ち出そうとして必要ない話として切られましたよね。もしかして可哀想な人を演出したいがために持ち出したのでしょうか?
台湾籍放棄の宣言をしたからと言って一人で叫んでいるだけでは何の意味もありません。
手続きが20歳以上にならないとできないというのは当時国籍破棄を検討していたのであれば教えてもらったはずです。
そのような努力を行わずに言うだけという無責任はどこの社会でも通用しません。
現在台湾国籍を放棄するための手続きを取ったと言いますが、その前に議員を辞職するのが筋です。
ルールを守らない人間が議員をしているという罪は重く、その議員を代表選に出したという民進党の内部調査能力のなさが今回の問題の最大の焦点になると思います。
他にも二重国籍がいる可能性が否定できません。

しかし、日本は甘いですね。
これだけ重要な罪を犯した人間に対して言い訳を言い、他人を糾弾することを許しているのですから
蓮舫代表代行「心が折れそうになった書き込みもあった」
 民進党の蓮舫代表代行は6日、高松市での記者会見で、日本国籍と台湾籍のいわゆる「二重国籍」疑惑について「いまなお確認が取れない」と述べた。会見のやりとりは以下の通り。

 --台湾国籍について、現在の対応状況は
 「まず、私は日本人です。日本人であることに誇りを持って、わが国のために働きたいと3回の選挙で選ばれてここにいます。私の気持ちとしては、生まれ育った日本で、生まれたときから日本人という思いが強いのですが、手続きをとったのは、国連の女子差別撤廃条約を受けて、日本の国籍法が昭和60年の1月1日に改正施行された、その直後の1月21日に日本国籍を取得しました。併せて台湾籍の放棄を宣言しています。このことによって私は日本人となりました。これはもう私の中では動かない事実です。日本国籍を日本の法律のもとで選択していますので、台湾籍を持っていないというのを改めて申し上げます」
 「ただここで、今回、インターネット等を通してほんとに…心が折れそうになった書き込み等もあったんですが、31年前、あの、誕生日来る前だったので、17歳でした。高校を国籍取得の手続きで休みの届けを出したのをかろうじて覚えている。父から聞いたのは、未成年だったので父と一緒に東京にある台湾の代表処に行って、台湾籍放棄の手続きをしています
 「ただ、やりとりが台湾語だったものですから、私、台湾語分かりませんので、どういう作業が行われたのか、ちょっと全く覚えていませんし、母も父に任せていました。母も日本語しか分かりませんから。私はそのうえにおいて台湾籍放棄の手続きをしたと、父を信じて今に至る
 「ただ今回、一部指摘がありましたので改めて台湾に確認を求めていますが、いまなおまだ確認が取れていないんです。31年前のことで、少し時間がかかるかもしれないと。その確認が取れていないこともありましたが、この確認をとる確認の作業の間にも、父が否定されるような言いぶりがあるのはちょっと受け止めがたいので、今日なんですけど、台湾の代表処に対しまして、台湾籍を放棄する書類をこれ提出しました」
 「そのことによってしっかり、私は日本の法律の下で日本人です。改めて、今確認が取れていないものは確認とりますが、同時に、台湾籍を放棄する手続きをしました。いろいろとほんとにご心配をかけたことを申し訳なく思います。ただ私は日本人だということを改めて申し上げます」

父親のせいにするという精神が分かりません。しかも1997年のインタビューでみずから台湾国籍であることをばらしているのにこの言いようはありませんね。
確認できていないのに放棄手続きをするという矛盾を指摘する人はいないのでしょうか?
まずは台湾国籍が残っているかの確認作業です。それをしてから放棄手続きですね。
台湾国はその国籍放棄を認めるかどうかわかりません。認めなかったら日本国籍と二重国籍となります。
二重国籍は日本では認められていません。と言う事は必然的に国家議員を辞職してから行動するのが筋ってものです。
それができるかどうか、民進党が村田議員を切れるかどうかで新しい民進党であるか否かがわかります。

良かったじゃないですか、自ら民主党とは新しい民進党は違うことを証明出来て(笑)

なんにせよ、このような重大な問題をそのままにしておくなんて許されるわけありません。
許してはいけません。できることなら村田容疑者の国籍剥奪、国外追放と行きたいものです。権利があるなら義務が存在する。
このことを知らしめましょう。
(ブラッキー)

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技術 | コメント:(0) | トラックバック:(0) | 2016/09/09 06:00
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