人の尊厳を踏みにじる日弁連

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加害者の、犯罪者の人権だけを守る日弁連
人権と言う事を口実に殺人を犯した人間の罪を軽くしようとする弁護士連盟
普通に生きている善人を殺しても冤罪の可能性が0%ではないという屁理屈を言い、全く道理に合わない理論を並べ犯罪者を社会に解き放ち、凶悪犯罪を増やそうとする日弁連の思想には改めて抗議が必要です。
司法が死刑を決定するのです。法律に基づいて判決が決めるのです。アメリカなどのような人権後進国では人の感情のみで判決が出されますが、日本は法事国家です。法律に基づいて判決が決定される裁判、そこに参加する一定以上の倫理観が伴わなくてはなりません。
最近、司法の暴走していると言われておりますがそこには犯罪者から脅迫を受け続け、在日朝鮮人から暴力を振るわれていた歴史が根を張っています。
一般的な人々の敵と化している弁護士たちもおり、弁護士の社会的地位は落ちる一方なのです。

そんな中、日弁連がふざけた主張を振りかざしました。
日弁連「死刑廃止宣言」を前にシンポ「日本は世界から取り残されつつある」
日本弁護士連合会(日弁連)は10月6日、福井市内で死刑制度について考えるシンポジウム「死刑廃止と拘禁刑の改革を考える~寛容と共生の社会をめざして」を開催した。
えん罪事件に取り組む弁護士や死刑制度を研究する学者らが登壇し、廃止した場合の代替刑をどうするのか、諸外国の状況はどうなっているのかなど、死刑制度廃止にかかわるさまざまな問題を多角的に議論した。
日弁連は、10月7日に福井市で開催する人権擁護大会で、組織として初めて死刑廃止を目指す宣言案を採択する方針で、今回のシンポにも大きな注目が集まった。会場となった福井市内のホテルには、弁護士だけでなく、報道関係者や死刑問題に関心を持つ一般人ら600人あまりが詰めかけた。

●アメリカでも、死刑制度は衰退しつつある
シンポジウムで大きな議論のひとつとなったのが、諸外国における死刑制度の現状だ。
甲南大学法学部の笹倉香奈教授(刑訴法)は、先進国では死刑制度を置く国が減り続けていることを指摘。G8(主要国首脳会議)に限れば、死刑を存置しているのは日本とアメリカのみで、「アメリカでさえ、死刑制度は衰退しつつある」と語った。
笹倉教授によると、事実上、死刑制度を廃止する州は増えており、制度が置かれている州でも、死刑を執行する州は2015年で6州にとどまったという。
その原因として、アメリカでは「イノセンス・プロジェクト」という、DNA鑑定などを活用した、専門家などによるえん罪救済活動によって、数多くの死刑確定者のえん罪が明らかになったことをあげた。
「アメリカは刑事司法制度のお手本ではないが、そのアメリカにおいてさえ、死刑制度は衰退しつつある」「日本は世界から取り残されつつある」と語った。

●「マスコミは死刑制度の廃止についての報道を避けてきた」
朝日新聞オピニオン編集部次長の井田香奈子氏は、死刑の問題を報道で扱うことの難しさについて語った。
「これまで朝日を含め全国紙は、制度運用について批判的な目は向けつつも、死刑制度の廃止について報道してこなかった。死刑廃止を訴えることで、普通の読者の感覚とかけ離れてしまうことを心配したのかもしれないし、どんなに立派なことを書いても自己満足になってしまうという懸念があったのかもしれない」
そうした中、朝日新聞は2014年に死刑制度の廃止に向けた問題提起を社説に掲載し、各紙もしだいに死刑制度について報じるようになったという。その変化について、井田氏は、死刑囚として、約48年間拘束され釈放された袴田巌さんに対する再審開始決定がきっかけではないかと指摘。「戦後の混乱期のような時代ではないく、現代でも誤判は起きるということを皆痛感した」と述べた。
「読者の方からはいろんな意見がある。『それでも死刑は必要だ』という声もある。ただ、死刑について何も言わないことは、間接的に見えない手で死刑制度を支えていることと同じだ。読者のやりとりを通じて、これからも、死刑について考えていきたい」。

国民の8割は死刑の存続を望んでおります。弁護士連盟より人権に関心が深いことの証拠ですね。
最近は外国人による凶悪犯罪が増えており、その抑止のためにも死刑を望む声があります。
冤罪を防ぐ義務を負うのは弁護する弁護士の仕事であり、司法は法律に則って判決を下すだけです。
弁護士が仕事をしない=冤罪をなくそうという努力を行わないのに冤罪の可能性があるからと言って死刑を廃止することは仕事をやっていないと言う事にほななりません。

日弁連の人間はこのような発言を平気で行うような人々のようです。
「殺したがるばかどもと戦って」 瀬戸内寂聴さん発言に犯罪被害者ら反発
 日本弁護士連合会(日弁連)が6日、福井市内で開催した死刑制度に関するシンポジウムに、作家で僧侶の瀬戸内寂聴さん(94)がビデオメッセージを寄せ、死刑制度を批判したうえで「殺したがるばかどもと戦ってください」と発言した。会場には全国犯罪被害者の会(あすの会)のメンバーや支援する弁護士らもおり、「被害者の気持ちを踏みにじる言葉だ」と反発した。
 日弁連は7日に同市内で開く人権擁護大会で「平成32年までに死刑制度の廃止を目指す」とする宣言案を提出する。この日のシンポジウムでは、国内外の研究者らが死刑の存廃をめぐる国際的潮流について報告。瀬戸内さんのビデオメッセージはプログラムの冒頭と終盤の2回にわたって流された。
 この中で瀬戸内さんは「人間が人間の罪を決めることは難しい。日本が(死刑制度を)まだ続けていることは恥ずかしい」と指摘。「人間が人間を殺すことは一番野蛮なこと。みなさん頑張って『殺さない』ってことを大きな声で唱えてください。そして、殺したがるばかどもと戦ってください」と述べた。
 瀬戸内さんの発言について、あすの会顧問の岡村勲弁護士は「被害者はみんな加害者に命をもって償ってもらいたいと思っている。そのどこが悪いのか。ばか呼ばわりされるいわれはない」と話した。


私は思います。
死刑を廃止している国のほうが人権を軽んじています。
世界では誰のための人権なのかが問われています。
犯罪者に優しい社会なんて必要ありません。
冤罪を回避する義務を負うのは弁護士です。その弁護士が仕事を投げているとしか思えません。
日本が世界から取り残されているのではなく、犯罪者を人間と認めるからこそ責任を負わせるのです。世界の国々が日本よりも罪と罰に関する考察が足りないのです。
犯罪者を人間と認め罪を償わせるからこそ法律に基づいて死刑が執り行われるのです。
刑務所で何の活動も出来ないまま人間として腐り、獣として生かすことが人権を守ることだとでも思っているのでしょうか?
人の命は誰もが同じです。一人の命を殺したなら自分の命で償いしかありません。
無期懲役はその罪の意識がなくなっても永遠に鎖に繋がれて三食ご飯を詰め込まれるだけです。そこに人間としての尊厳はあるのでしょうか?
私はあるとは思えません。永遠に許されない罪を負いながら老衰するまで生きる人生を強要する。これが人権を守ることにつながるという発想が私にはわかりません。
(ブラッキー)

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歴史 | コメント:(0) | トラックバック:(0) | 2016/10/12 06:00
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