全力で戦った者同士の絆

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戦争は悲惨なもの、これは誰もが知っている事です。
しかし、いざ戦わなければならないときに戦わないものは誰にも信用されませんし、信頼されません。
日本は決死の戦いを行いました。
昔より 日本は世界に類例を見ない程の、ほぼ差別のない(社会的な地位、身分をこえて人権が公正な)社会を継続しております。
そう戦前から人種平等の精神があり、それを国連決議に掛けて国連を脱退した。これが戦争の始まりなのかもしれません。
当時、アジア諸国は二国を残してすべて欧米列強の植民地と化していました。おっと台湾は日本の植民地でしたね。
そのような状況下にあり、欧米人種でも露西亜やイギリスと対等に戦い、撃破したのです。それがどれだけ亜細亜の光となったのかは大東亜戦争後の世界を見てもらえばわかるはずです。
亜細亜諸国は立ち上がり、各地で独立戦争を繰り広げ自分の足で立つことを選択しました。戦いは悲惨なものしかし、そのまま植民地として搾取され続けるのはもっと悲惨な事だったからです。
亜細亜諸国が独立し、アフリカが独立しました。すべての植民地がなくなったわけではありませんが、それでも戦ったのです。
各地では日本が戦ったことを称える逸話、記念碑などがたくさんあります。

さて、戦勝国連合の事務総長が後退しました。
前事務総長は史上最低の人間として名高く、縁故主義でたくさんの朝鮮人を連合国に配置したそうです。その影響をどこまで抑えるかが最初の仕事でしょうね。
しかし、最初の挨拶はこんな戦勝国連合の目の上からの視点で始まったようです。
ポルトガル元首相のグテレス氏、声明を発表
【ニューヨーク國枝すみれ】ポルトガル元首相のアントニオ・グテレス氏は1日、第9代国連事務総長に就任し、「2017年を平和な年にしよう」と世界中の市民に訴える声明を発表した。
「戦争で勝つ者はいません。全員が負けるのです」。新事務総長はインターネットで公開された声明で、紛争に巻き込まれて苦しむ人々を救うため、平和構築を最優先するという「新年の誓いに、あなたも一緒に参加してほしい」と呼びかけた。
 一方、事務総長として2期10年務めた潘基文(バン・キムン)氏は、マンハッタンのタイムズスクエアで行われるカウントダウンのイベントに参加。クリスタル・ボールを落とすスイッチを押して、年越しを迎えた。

この言葉は全力で戦った者のみが言える言葉であり戦っていない人間が不用意に言ってよい言葉ではありません。

日本は覚悟を決めて戦争を行いました。 永野修身海軍大将の、開戦数か月前の会議での言葉が象徴的です。
「戦わざるも亡国、戦うも亡国。しかし戦わざるの亡国は精神の亡国である。
最後まで戦う精神を見せての亡国なれば、いずれ子子孫孫が再起三起するであろう」

開戦自体が失敗だったと言う事はよく言われております。二正面作戦を行うだけの国力はなかった。しかし、最終通達(ハルノート)を突き付けられて黙っては居られなかった。と言う事です。


日本と戦ったアメリカの元ハワイ州知事はこのような話をしております。
「謝りにこいという国とは違う」日米の絆 アリヨシ元ハワイ州知事
 「とても感動的だった」。米国初の非白人知事を務めた日系2世のジョージ・アリヨシ元ハワイ州知事(90)は27日、真珠湾に沈む戦艦アリゾナの真上にある慰霊施設「アリゾナ記念館」で、安倍晋三首相がオバマ米大統領と静かに黙●(=示へんに寿の旧字体)をささげる姿を見てそう感じた。取材に応じたアリヨシさんは、「命を亡くした方々を慰霊したことを後世に伝えなければいけない」と語った。(ホノルル 中村将)
 安倍首相は、犠牲者の名が刻まれた壁を前にオバマ米大統領と並び、花輪に3、4度触れて慰霊した後、40秒ほど目を閉じた。
 「驚きはなかった。いつかはこういう日がくるだろうとずっと思っていた」
 ハワイの日系社会の重鎮。「戦後、日本が苦労していた時代に、祖国の親戚(しんせき)に両親が物資を送っていたことを思いだす」と語る。
 「2つの祖国が敵味方に分かれた。育ててくれた国に忠誠を尽くし、家族を守るため死力を尽くした事実に心を揺さぶられる」
 安倍首相は26日、日系人との夕食会でそうあいさつし、戦中、戦後の日系人らの苦労をねぎらった。
 第二次世界大戦の欧州戦線に派遣された米陸軍第442連隊戦闘団は、大半が日系人だった。3分の2以上がハワイ出身者とされ、米史上最多の勲章を授与された部隊だった。アリヨシさんも高校卒業後、陸軍情報部日本語学校に入学し、終戦直後には連合国軍総司令部(GHQ)の通訳として、廃虚と化した東京に滞在した。
 日本を訪れた際、言葉を交わした靴磨きの7歳の少年が忘れられない。背筋を伸ばして一生懸命に働いていた。おなかが空いているだろうと思い、ピーナツバターとジャムをぬったパンを渡した。少年は礼を言ってパンを受け取ったが、食べずに道具箱にしまった。3歳の妹が腹をすかせて家で待っている。一緒に分け合って食べるのだという。
 悲哀を感じた。だが、苦難で国も家族も大変なときに、自分も何かやらねばと子供ながらに思ったその精神に、アリヨシさんは心を打たれた。「米国は日本の早期回復を望み、復活は実際、早かった。奇跡に近かった」と振り返る。
 安倍首相の祖父、岸信介元首相と父、安倍晋太郎元外相と親交が深く、首相とも親しい間柄だ。だから、安倍首相はこの7歳の少年のエピソードを講演などで好んで語る。
 謝罪ではなく、慰霊だった。「米国は首相に謝ってほしいといったことはなく、首相も自らお越しになった。謝りにこいという国との違いは大きい」。アリヨシさんはこう語り、日米の関係が、歴史認識で日本を揺さぶろうとする中国などの国とは違うことに触れ、「真珠湾攻撃の生存者と首相の握手はすばらしかった」と改めて述べた。
 「オバマ大統領は間もなく任期を終えるが、国のトップ同士の関係だけでなく、これをきっかけに、国民同士のつながりも一層深まることを期待する」と、日米関係の未来を見据えるように話した。

お互いが死力尽くし戦ったのです。
どこに卑屈になる必要があるのでしょうか?戦後の教育こそ悪と言っても良いでしょう。
日本は正々堂々と戦い負けたと言う事です。
因みに謝罪と賠償を求める国というのは特定亜細亜ですね。それ以外ありえませんね。

案の定、支那の中共が名乗りを上げました。
安倍首相、真珠湾慰霊へ=中国人「南京が先だ」「国家哀悼日の13日はもうすぐだ」
2016年12月6日、安倍晋三首相が米ハワイの真珠湾を訪問し、オバマ米大統領とともに戦没者の慰霊を行うと発表したことが、中国でも高い関心を集めている。
中国の各メディアは、日本メディアの報道を引用する形で、安倍首相が今月26、27日にハワイを訪れ、第2次世界大戦で日米開戦の舞台となったホノルル市の真珠湾を日本の現職首相として初めて訪問すると伝えた。
中国のインターネット上には「南京にはいつ来るのか」「13日はもうすぐだ(中国政府は12月13日を南京事件の「国家哀悼日」に定めている)」「真珠湾の前に南京に来てひざまずけ」「大虐殺の30万人の英霊が待っている」「日本は強者にのみ屈する。中国は一日も早く強者にならなければならない」などの書き込みが目立っている。

そもそも中共と日本は戦っておりません。中共の建国は昭和23年だったはずです。日本が支那で戦った国は現台湾、中華民国です。匪賊と言われていた中共の兵士なんて眼中にありませんでした。むしろ後ろに見えていたアメリカなどの列強を脅威に考えていたのです。虎の威を借る狐は眼中にありませんでした。広大な大地を逃げ回り、焦土作戦を行っていた国民党軍、便衣隊などを組織し勝てばよいとしていた共産党軍その二つの勢力が戦っていたにすぎません。
歴史を知りましょう。
戦わないといけないときに戦わなかった民族には未来はありません。
現実を知りましょう。
戦争をしていないにもかかわらず大虐殺を行った中共の歴史を

讃えましょう。私たちの平和の礎になった英霊の皆様を
(ブラッキー)

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歴史 | コメント:(0) | トラックバック:(0) | 2017/01/07 06:00
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