難民に牙をむいたドイツ

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去年から揺れに揺れているヨーロッパ、EU連合
通貨統一を果たし、日本、アメリカと共にハードカレンシを手に入れたヨーロッパでは今難民による暴力で大きく打揺れ動いております。
何故なら難民はヨーロッパの人々とは基本的な考えが異なり、話せばわかるではなく話しても通じない存在だからです。
言葉は通じていても文化が違えば価値観が違います。
その基本的なことを置き去りにして話しても通じるわけがない、これは絶対です。
文化、ヨーロッパとかでは宗教が難民たちの信じている宗教が異なります。
キリスト教とイスラム教、もとはYAHA(だったかな?)という絶対神を崇めることから始まり、エルサレムを聖地とした宗教ではあります。成り立ちも似ており、共に戦闘のための口実や住民虐殺を行うごとに広まった宗教と言われています。
侵略、他の神様を悪魔として蹴落としていきながら広めていった宗教
例えば 悪魔アモンは元々エジプトの神アミンのことであり、五穀豊穣の象徴をつかさどる神:アミン=ラーと言われ、太陽神であるともいわれており重要な神様です。日本ではデビルマンに宿った悪魔ということでも有名ですね(笑)

難民は元々イスラム教の土地:パレスチナに行き成りユダヤ教徒が旧約聖書に則ってイスラエルという国を作ったことが始まりともいわれております。
旧約聖書にはこのように書かれています。
「エジプトの奴隷として迫害を受けていたユダヤ人を率いて、ユダヤ人のリーダー 「モーゼ」 は海を割いてエジプトを脱出した。 そしてユダヤ人達は放浪の末、「神の指し示した土地」 であるヨルダン川の西に、自分達の国を作った」
これをアメリカがバックアップしてできたイスラエルです。
そこにシーア派、スンニ派の派閥争いも加わり非常に混乱しているのが中東であり、その中東から富を得るために逃げてきているのが難民ということでしょうね。
ユダヤ人がドイツに迫害され、逃げた先がイスラエルでそのイスラエルの混乱からドイツに逃げてきたとも言えなくもありません。
当初、メルケル首相は安価な労働力を得れるということで難民を受け入れましたがあまりにも自分たちの秩序とは異なるということで混乱しているということですね。
因果応報という言葉が適切なような気がします。

そんなドイツですが、一昨年の年末年始の騒ぎを受けて難民を排他したとの情報があります。
独ケルンで「北アフリカ系」650人に職質 治安対策「人種差別」批判も
【ベルリン=垣見洋樹】ドイツの警察当局は一日、大みそかの夜から元日未明にかけて西部ケルンで「北アフリカ系」の男性六百五十人を駅で職務質問した、と発表した。ケルンでは、二〇一五年の大みそかに男の集団による女性暴行事件が発生。警察は今回、先月十九日にベルリンで十二人が死亡したトラック突入テロなども受けて治安対策を強化し、広範な職務質問で事件を未然に防いだと強調している。しかし、外見的特徴で捜査対象を絞り込む手法には「人種差別だ」との批判も強まっている。
 一五年の集団暴行事件では、女性を襲った男の多くが「北アフリカ系」だったとされ、難民申請者も関与していたため、難民に寛容なメルケル首相の姿勢が批判される契機になった。
 警察当局は今回、新年を祝うため市民約五万人が集まったケルン中心部に三千人の警察官を配置。「北アフリカ系」の男性を中心に中央駅で尋問し、中心街への通行を制止した。
 ロイター通信などによると、先月三十一日にはわいせつ行為や言葉での性的嫌がらせで九十二人が逮捕され、中には十六人のドイツ人も含まれていた。
 今回の捜査手法について国際人権団体アムネスティ・インターナショナルのボッシュ氏は「人種選別は人権侵害であり、法治国家の捜査手法としてふさわしくない」と批判した。
 左派の「緑の党」が捜査の適法性に問題があると指摘しているのに対し、与党は警察を擁護するなど、政界でも論争になっている。

この件について現地に住んでいる人の記事がありますので紹介します。
ついに「難民批判」を解禁したドイツ政府の驚くべき変わり身
謹賀新年。
ドイツの元旦は一年の最初の日というだけで、新年は例年通り、除夜の鐘のかわりに爆竹で明けました。二日からは普通の日常が始まっております。
今年もこのコラムで、ドイツを中心に、EU全般の動き、そしてさまざまな個人的見聞なども盛り込んで、幅広く、ドイツの生の雰囲気をご報告したいと思いますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。

ドイツが抱える矛盾
ドイツの一年はパーティーで暮れ、パーティーで幕が開く。多くの都市では、中心の広場にステージが設けられ、厳寒にもめげず大勢の人が詰めかけ、賑やかな戸外フェスティバルとなる。たいていすし詰め状態で、最後はカウントダウンで花火。とにかくきらびやかで騒音も激しく「happy new year!」の大騒ぎが延々と続く。
一昨年、ケルンの駅前広場でたけなわだった大晦日の野外パーティーが、集団婦女暴行のるつぼと化したことは記憶に新しい
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/47293
何千人ものアラブや北アフリカ風の男性(被害者の証言)が女性を取り囲み、好き放題した挙句、スマホやお金を盗み、最終的に被害届は800件を超えた。警官はあまりの犯罪者の多さに、ほとんど何もできなかった。監視カメラは性能が悪く、役に立たず。
その後、犯人たちの多くが難民としてドイツで保護されていた人たちだったということがわかり、しかも、当局がその事実を隠そうとした動きも判明し、ドイツ人は怒った。結局、罪が確定したのはわずか数人。以後、ドイツ人の難民に対する感情が急激に変化したが、当局はあくまでも、難民を十把一絡げに犯罪者扱いしてはいけないと国民を諭し続け、メディアもそれに倣った。
ところが、去年の暮れも押し迫った12月19日、やはり難民としてドイツに入っていたチュニジア人が、ベルリンのクリスマス市にトラックで突っ込み、計60人以上もの市民を殺傷して以来、政府とメディアが示し合わせたように難民報道の方向を転換し始めた
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/50556
まず、難民にどれだけの経費がかかっているかということが火急のテーマとなった。難民の衣食住、教育、医療、お小遣いまで、人道大国ドイツでの難民の待遇は世界一良く、出費ももちろん多い。財務大臣の発表では、2016年、難民にかかった経費は300億ユーロ。(3兆円)
そればかりか、いくつもの名前を使い分け、複数の自治体で何重にも生活保護を受けている難民がいることも報道された。財源はすべて地方税と国税、つまり税金である。

二つ目のテーマは治安の問題。2015年、難民の波がピークだったとき、そのどさくさに紛れて危険人物(テロリストや凶悪犯)が入り込む可能性が常に指摘されていたが、これまでその意見は“人種差別的である”とか“根拠がない”と一蹴されてきた。ところが、今になって突然、ドイツには危険人物としてマークされている難民が500人以上もいるという話が浮上してきたのである。
危険人物の半分は拘束されているが、あとの半分は法的問題があり拘束できない。ベルリンテロの容疑者であるチュニジア人も危険人物のうちの一人だったが、自由に動き回っていた(犯行の4日後にミラノで見つかり射殺)。
一人の人間を24時間監視するには3交代で3人では済まず、監視員の休暇、休日、さらに難民が移動したときに対応する人員、情報のコーディネーターなどを含めると、30人近い人間が必要になるのだそうだ。つまり、監視はまるで追いつかない。国民には知らされていなかった由々しき現実だ。
難民のうち犯罪者の割合の多いのは圧倒的に北アフリカ系で、本来なら祖国に強制送還するべきである。ところが、母国の側がなかなか受け入れない。それどころか、チュニジアの首都では市民が立ち上がり、「犯罪者などに帰ってこられたら治安がさらに乱れる」と、送還反対のデモまでしている。
ドイツ人は当然、「なぜ、ドイツが外国の犯罪者を引き受けなければならないのか」と憤るが、あちらはあちらで、「難民は気の毒だと言って、ドイツが好きで入れたんじゃないか」と言わんばかりだ。

政府の変わり身
さて、そんな状況で迎えた2016年の大晦日。前年修羅場となったケルンでは、醜聞を繰り返すまじの決意とともに、中央駅前広場を柵で囲み、防弾チョッキと武器で身を固めた1700人の警官が立ちはだかった。
普段なら大晦日に皆が打ち上げる花火も持ち込み禁止。また、最新の監視カメラも大量に設置され、広場の一角には、何かあったときに駆け込める避難施設も作られた。
そして当日、この厳戒態勢のところにまさか難民は来るまいと思ったら、それが大間違いだった。彼らは続々とやって来た。
数ヵ所の入り口で厳重な検査が行われた結果、去年の犯人像と合致する人物、約900人が退去を命じられたという。同時刻に、ちょうどケルンの中央駅に向かっていた列車にも、同様の人間が約300人乗っていることが判明したため、列車は一つ前の駅で止められ、男たちは降ろされた。
肝心の野外パーティーの方は、市民が最初から敬遠したのか、映像を見る限りガラガラだった。スペクタクルな大音響のコンサートも、ビートに合わせて揺れ動く人の波もなく、空いていたおかげで、地面に映し出されたレーザー光線の文字群がよく見えた。そして翌日、当局が、すべてが平穏無事に終わったことを報告した。
ところが、ここでまた、ちょっとした騒ぎが持ち上がった。何にでも必ず文句をつける緑の党の代表が、警察が広場に入れる人間を風貌でセレクトしたことを人種差別的であると批判したのだ。確固とした容疑もなく、個人の自由行動を制限するのはけしからんと。
それに対する警察の反論は「風貌で抽出したのではなく、徒党を組んでいる者、大量に酒を飲んでいたと思われる者、暴力的な態度の者などを取り締まった結果、それが一年前の容疑者の風貌と一致しただけ」。
さて、このあとの国民の反応が興味深かった。警察の行動を高く評価する声が炸裂したのだ。ソーシャルメディアには警察への感謝を伝える声が溢れ、ケルンの地方紙には、「緑の党の代表は警察に謝罪すべき」という意見まで載った。
これまでドイツ政府は、「難民は弱き者で、それを助けるドイツ人は善」という線を崩さず、そこに疑問を差し挟む国民を押さえつけてきた。しかし、今、国民はそれを振り切り始めたようだ。
慌てた政府は、あっという間に意見を変えた。いや、そのチャンスを待っていたに違いない。180度意見を変えるチャンスは今をおいて他にはない。秋には総選挙がある。
それにしても、彼らの変わり身のなんと早いこと!
しかし、とうの昔から、無防備な難民受け入れを懸念していた国民はいた。もっと管理すべきだと主張していた政党もあった。代表的なのが、右派の新党AfD(ドイツのための選択肢)。政府が国家主義的、人種差別主義のポピュリスト党と決めつけ、常に激しく糾弾してきた政党だ。
ところが今、どう見ても、政府の船はAfDと同じ方向に舵を切り始めたとしか思えない。なのに不思議なことに、その途端、AfDの名前はメディアから跡形もなく消えてしまった。
その代わり、政府は、突然、難民にかかる多大な費用を問題視し、難民が起こす犯罪の防止法を模索し始めた。それをメディアが、さも冷静そうに分析する。
この調子では、これから難民問題はおそらく、主に財政と治安のテーマとして扱われるようになるのだろう。難民の権利縮小に関する議論もタブーではなくなると思う。断っておくが、これまでドイツの難民政策は、まさに人権と隣人愛を中心に回ってきたのだった。

日常と化す厳重警備
さて、ここでもう一度、市民レベルの話。
この大晦日、ケルンだけではなく、ベルリンでもミュンヘンでも、市民が新年を祝った場所では、広大な敷地をあらかじめ柵で囲み、そこへ入る前に厳しいチェックがあった。重装備をした大勢の警官の姿が会場の雰囲気を圧倒したことは言うまでもない(ベルリンのブランデンブルク門での野外パーティーでは1500人の警官と600人の警備員が配置された)。
しかし、それはすでに日常生活でも同じだ。シュトゥットガルトでも、驚くほど多くの警官が常に街をパトロールしている。しかも警官はまだ足りず、これからさらに増員されるという。これらの経費も莫大なものになるだろう。
ただ、そこまでしても、警備をあらゆるところで徹底することは不可能だ。市民、とくに中高生の娘を持つ親の心配は尽きない。自分たちの街で、テロや婦女暴行の不安を感じるなんて、3年前には想像もできなかったことだ。
メルケル首相は新年のスピーチ(年末に録画していた)で、今まで通りドイツ人の団結や民主主義を強調し、勇気を出そう、テロに負けてはならない、と発破をかけた。
しかし、特殊な防弾車に乗り、24時間SPに囲まれている人がそんなことを言ってもあまり説得力はない。ドイツ人はやりきれない思いにとらわれている。
ちなみに、今回のケルンのニュースを聞いて、まず私が思ったのは、広場に入れなかった1000人以上の男たちは、いったいそのあと、どこへ行ったかということだったが、それについての報道は、私の知る限り、一つもなかった。

難民は日本における在日みたいですね。生活保護を本来受ける資格がないのに受けていたりずるしていくつももらっていたりします。国民健康保険も外国人が受けれるようになっているそうでして、どこの国民って感じですね。
分けなければならないものを分けずにほっていたツケが回っていたのでしょう。
ドイツはどのようにして難民を追い出すのでしょうか?
日本も如何にして犯罪者を追い出すのかを検討していかないといけませんね。
そうしないことには先がない国になってしまいます。

自分の国は自分で守り、育て、成長させていく、直すべきことは直さないといけない
このことをしっかりと刻んでおきましょう。
(ブラッキー)

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国防 | コメント:(0) | トラックバック:(0) | 2017/01/13 06:00
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