両陛下 ベトナムへご訪問なさる

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先日、両陛下がベトナムへと御行幸なされました。
現地では大変歓迎されているようですね。

ベトナム国家主席夫妻からは晩餐会への招待を受けご臨席あそばされました。
両陛下、ベトナム国家主席夫妻主催の晩餐会にご臨席
【ハノイ=伊藤弘一郎】天皇、皇后両陛下は1日夜、国家主席府でベトナムのチャン・ダイ・クアン国家主席夫妻主催の晩餐会に臨まれた。約80人が出席した。両国の国歌が演奏された後、国家主席が両陛下を歓迎するあいさつを行ったのに対し、天皇陛下が「丁重な歓迎の言葉を頂き、心から感謝いたします」と謝意を述べられた。
 陛下はこの中で、16、17世紀に中部の都市ホイアンに日本人町が作られ、近年は留学生や技能実習生が多く日本に滞在している実態など両国間の歴史に言及。音楽や食事など、文化交流の催しが開かれていることも例に挙げ「私どもの訪問が、両国国民の相互理解と友好の絆を更に強める一助となることを心から願っています」と述べられた。
 晩餐会の後半では、俳優の杉良太郎さんが支援を続ける盲学校の児童らよる童謡「赤とんぼ」などのピアノの演奏が披露される。
 これに先立ち、両陛下は国家主席府での歓迎式典に出席し、ホー・チ・ミン初代国家主席の遺体が永久保存されているホーチミン廟で供花された。
 2日は先の大戦終結後、フランスとの第1次インドシナ戦争に参加した残留元日本兵家族と面会される。陛下が贈ったハゼの標本がある「自然科学大学生物学博物館」も見学される。

御臨席あそばされた晩餐会にてこのようなお言葉を頂戴しました。
天皇陛下の晩餐会におけるお言葉全文
 この度クアン国家主席閣下の御招待により、皇后と共に貴国を初めて訪問することを誠に喜ばしく思っております。今夕は、私どものために晩餐会を催してくださり、また、国家主席閣下から丁重な歓迎の言葉を頂き、心から感謝いたします。
 またこの機会に、私どもの子供である皇太子や秋篠宮夫妻が、かつてこの地を訪れました時に、貴国の皆様から受けた様々なお心遣いに対しても深くお礼を申し上げます。
 近年、国家主席を始め貴国の指導者が我が国を御訪問になり、その際私どもに貴国訪問の御招待を頂いてまいりました。そうした中で、今回、貴国を訪れることができたことを感慨深く思っております。
 貴国と我が国の間では、昔から数々の交流が積み重ねられてまいりました。歴史をたどると八世紀には、当時我が国の都であった奈良で大仏開眼の儀式が行われましたが、その際、現在のベトナム中部にあった林邑(りんゆう)の僧侶・仏哲(ぶってつ)により舞が奉納されたと伝えられています。その時の林邑の音楽は、我が国の雅楽の楽曲として現在でも演奏されています。今回、かつて林邑が栄え、また、ベトナムの阮(グエン)朝の都であったフエを訪問します。その地で我が国の雅楽と源を分かち合うニャーニャックを聞くことを楽しみにしております。
 また、十六世紀から十七世紀にかけては、国際貿易港として栄えたベトナム中部に位置するホイアンに、我が国から多くの交易船が訪れ、日本人町もつくられました。
 その後、我が国の鎖国政策により、貴国と我が国の交流は途絶えましたが、二十世紀初頭には、「東遊(ドンズー)運動」の下、約二百名の貴国の青年たちが我が国に留学していたこともありました。
 一九七三年に日越両国の外交関係が樹立されてから既に四十余年、その間、両国の交流はますます拡大し、現在我が国には、約十八万人のベトナム人が留学生、技能実習生などとして滞在しています。その中には、将来我が国で看護師、介護福祉士として活躍することを目指して、病院や福祉施設で働きながら研修をしている約五百名の人たちもあります。明日、文廟(ぶんびょう)において日本に留学していた人たちを始め、日越両国の交流に携わる人たちとの会合の機会を持つこととなっており、楽しみにしております。
 近年、貴国では、日本語を教える小学校もできるなど、日本語学習への関心が高まっていると聞いています。一方、我が国でも多くの企業がこの地での生産などに関心を高めており、ベトナムに居住する日本人の数も今や約一万五千人に上っています。日越両国において、それぞれの文化を紹介する催しも各地で開催され、お互いの音楽や食事などを多くの人々が楽しんでいることを大変うれしく思っております。
 両国民の交流がますます深まり、お互いの文化への親しみが増してきている今日、この度の私どもの訪問が、両国国民の相互理解と友好の絆(きずな)を更に強める一助となることを心から願っています。
 ここに杯を挙げ、クアン国家主席閣下並びに令夫人の御健勝と貴国の国民の幸せを祈ります。

そして残留日本人家族とお会いになられました。
「生まれ変わったよう」=元日本兵家族、感激の涙-両陛下と面会果たし・ハノイ
 【ハノイ時事】日本とベトナムの歴史に翻弄(ほんろう)され、困難な状況の中で生きてきた元残留日本兵の家族。2日午後、天皇、皇后両陛下と面会を果たした妻子らは「本当に感激した」「生まれ変わったように感じる」と口々に語り、両陛下のいたわりの言葉に感極まって涙を流す人も見られた。
 元日本兵の妻グエン・ティ・スアンさん(93)は、両陛下に手を合わせて「ありがとうございます」と日本語であいさつ。「こちらでの生活はいかがでしたか」。天皇陛下は、高齢のためいすに座って面会したスアンさんの前で深く身をかがめ、真剣な表情で何度もうなずきながら話に聞き入った。
 スアンさんは妊娠中だった1954年に夫が日本へ帰国し、苦労しながらたった一人で子供たちを育てた。時折ハンカチで目頭を押さえながら語ったスアンさんを、天皇陛下は「体を大事にね。どうぞお元気で」とねぎらい、皇后さまも温かく抱きしめて「健康を大事になさってくださいね。会いに来てくださってありがとう」といたわった。
 「われわれの父親たちが日本へ帰国するのが遅くなったことをおわびいたします」と伝えた元日本兵の息子に対し、天皇陛下が「厳しい状況だったことをお察しします。平和というものが大事だと思います」と応じる場面もあった。面会の終わり際には、家族の1人が「きょうのこの感動を自分の子孫にも永遠に伝えていきたいと思います」とあいさつ。天皇陛下は「皆さん、くれぐれもお元気で」と伝え、30分余りの面会を終えた。
 

此処でも多くの日本人が独立戦争を勝ち抜きました。
何処がアジアの侵略者なのでしょうか?
教えてもらいたいものです。
ベトナムの独立戦争を戦った「残留元日本兵」 2月28日
 天皇、皇后両陛下は、さまざまな事情で海外に出てその地に留(とど)まった日本人と家族に、長年心を寄せられてきた。昨年1月にフィリピンを公式訪問した際も、陛下の強い希望で、日系人と懇談されている。両陛下にとって初めてとなる今回のベトナム訪問では、「残留元日本兵」の家族と面会される。
 ▼日本軍がフランスの植民地だったベトナムに進駐したのは、1940年である。終戦時約8万人いた軍人の大半が撤収するなか、約600人が留まった。ホー・チ・ミンらが率いる「ベトナム独立同盟」(ベトミン)に参加するためだ。再植民地化をもくろむフランスとの戦いで、約半数が亡くなったとされる。
 ▼「新ベトナム人」と呼ばれた旧日本兵は、各地の士官学校の教官となって戦争の知識を教えた。54年にベトナムがフランスを破った「ディエンビエンフーの戦い」では、司令官の参謀の半分を日本兵が占めていた。
 ▼昨日の社会面で紹介されていた元日本兵はその後、現地で結婚した妻を伴って帰国を果たした。ただ、家族同伴が認められず、帰国した日本兵とベトナム人の妻や子供が離ればなれになるケースも多かった。ベトナム戦争で米国側を支持した日本への反感が強まると、残された家族は差別や嫌がらせに苦しんだ。
 ▼日本との関係が改善されるのは、90年代に入ってからだ。今やベトナムにとって最大の援助国であり、両国は「戦略的パートナーシップ」を謳(うた)う間柄である。日本語学習熱も高まり、日本に留学する学生は、中国に次いで2番目に多いそうだ。
 ▼新ベトナム人が果たした功績も、正当に評価されるようになった。両陛下は、家族の苦難の歴史を熟知されている。どんなねぎらいの言葉をかけられるのだろう。

(ブラッキー)

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歴史 | コメント:(0) | トラックバック:(0) | 2017/03/06 06:00
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