憲法守って国滅ぶのか?

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北朝鮮の恫喝ミサイル、それに対応するためにも法律を作っていかなくてはなりません。
しかし、欠陥憲法である日本国憲法では限界があり、対応しきれません。
GHQによって作られたちぐはぐな憲法、占領時に押し付けられた憲法であり、国際法により無効化できますが、主権回復をした際に破棄や改正を行ってこなかったツケが今になって回ってきています。
自民党は憲法改正を行うために作られた政党です。
しかし、現状を保ち国民を豊かにするという命題を果たすほうで精一杯なのでしょう。最近まで憲法改正議論をしてきていません。
国難に際し、憲法改正を訴えていきましょう。
個人的な思想はどうであれ、一度は変えるという工程を踏まないと前に進まないと私は思います。
何とかして憲法改正を果たしましょう。それはどんなに小さな変更でも構わないと思います。

先日、古巣の山梨県で憲法改正の講演会が開催されました。
「いま憲法を改正しないと日本が危ない」 山梨・甲府で櫻井よしこ氏講演会
 ジャーナリストの櫻井よしこ氏が13日、コラニー文化ホール(山梨県甲府市寿町)で講演した。美しい日本の憲法をつくる山梨県民の会(横内正明会長)などの共催で、約1500人の聴衆が耳を傾けた。
 櫻井氏は核兵器開発や軍事的挑発を続ける北朝鮮について、「米国のオバマ前政権の対話路線が増長をもたらした」と指摘。「約500発のミサイルが日本に向けられている。甲府も照準だ」と関心を求めた。
 5月に大統領選挙を控える韓国も含め「朝鮮半島が不安定化している」と強調。「日米安保条約が日本の平和を守ってくれた時代は変わった」とし、「改憲によって自衛隊の位置づけを確立し、自らの身を守る必要がある」と訴えた。
 櫻井氏は尖閣問題などにも触れ、「いま憲法を改正しないと日本が危ない。間に合うか、間に合わないかを心配している」と危機感を強調。「日本人は穏やかで誠実だが、いざとなったら堂々と闘う。私たちの国に害をもたらすことは許さない。この決意を形にして表すのが、改憲に至る国民の議論だ」と訴えた。

今変えていかないと今回の国難を乗り越えられてもいつかは日本が滅びます。
そうなってからは遅いのです。

憲法を変更できない理由について言及されている人が居ます。
平和を破壊する憲法九条二項 なぜかくも長く放置されたのか 埼玉大学名誉教授・長谷川三千子
≪改正が行われない不思議≫
 日本国憲法が施行されて70年がたとうとしていますが、その間、憲法改正は一度もなく、その意味でわが国の現行憲法は世界で一番の長寿憲法となっています。
 しかし考えてみると、これは大変不思議なことなのです。確かにその前の大日本帝国憲法も明治22年の発布以来60年近くの間、一度も改正されていません。ただし当時は改正論議そのものが起きなかったのです。
 これに対して現行憲法の場合はすでに昭和30年、初の自民党政権が発足したとき、第一の目標として「憲法の改正」が掲げられています。それ以来、憲法改正が党是からはずされたことはなく、また自民党は3年ほどの例外的な時期を除いて、ほとんど常に与党となってきました。つまり、戦後ほぼ一貫して政権の場にあった政党が憲法改正を掲げてきたにも関わらず、憲法改正は一度も行われていないのです。実に不思議なことと言うべきでしょう。
 確かに現行憲法の改正要件が厳しすぎるというのは、よく言われる通りです。しかし同程度に改正要件が厳しいにも関わらず、憲法改正をしている国々もあって、これだけが原因とは思われません。
 もう一つ言われるのは、わが国では平和を希求する国民の願いが深く根付いていて、九条を改正しようとする政権に強く反対し続けてきたからだ、という見解です。

 ≪平和を破壊する九条二項≫
 しかし、日本国憲法第九条が平和条項だというのは、一項についてのみ言えることであって、二項は全く平和条項ではないのです。
 九条一項は、自衛戦争は許されるが侵略戦争は禁じられる、という不戦条約の原則を踏襲した、ごくまっとうな国際基準の平和条項です。ところが、九条二項は次のように定めているのです-「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」
 もしこれを文言通りに遵守したとすると、「前項」に言う「正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求」すること(たとえば国連平和維持活動で活躍すること)はもちろん、自衛ということが一切不可能となります。それ以前に、これは日本全体を完全な軍事空白地域にしてしまう。国際平和にとってこれほど危険なことはありません。
 世界全体の目指すべき非武装目標として語るのならともかく、これを一国の憲法規定として書き込んだなら、九条二項は平和破壊条項となりかねないのです。
 さらに深刻なのは、これが近代成文憲法の根本概念である「主権」というものを成り立たなくしてしまうということです。「主権」とは、一つの国が独立国家として領土を保全し、自国の政治を行う権利のことですが、もともとこれはヨーロッパで「最高の力」という意味の言葉でした。すなわち、自国の独立を守る「力」に支えられてはじめて、この「主権」という言葉は有効となるのです。
 わが国の憲法の第一原理とされている「国民主権」は、国の内側で政治を決定する権限が国民にあること、とされています。しかしこれも、国家が主権を維持し、独立を保っているからこそ可能な原理なのです。九条二項を条文通りに守ると、国家の力はゼロになりますから、事実上わが国の主権は消失することになります。つまり九条二項はわが国の憲法原理「国民主権」を不可能にしてしまうのです。

 ≪なぜかくも長く放置されたのか≫
 こうしてみてくると、九条二項の改正は、イデオロギーや思想の問題ではなく、ただ端的に欠陥条項を改正するという問題であることが分かります。平和と民主主義を望む人なら超党派で改正を願うはずのところです。いったいなぜそれがかくも長きにわたって放置されてきたのか? 謎はますます深まります。
 おそらくそれは、この欠陥条項が、表面からは見えない、憲法全体のもう一つの欠陥と深く結びついているからだと思われます。
 誰もが知る通り、日本国憲法は日本が戦争に負けて完全に主権を失った時期に、占領者によって作られています。近代成文憲法では、それが誰の主権のもとで作られたかが重大な意味を持つので、日本国憲法が日本を占領中の連合国軍総司令官の「最高の力」のもとで作られたというのは、それ自体がスキャンダルにほかならない。いわゆる〈日本国憲法無効論〉が主張される所以(ゆえん)です。
 けれども、もしその無効論を貫くと、現行憲法のもとに作られた全ての法律、行政システムが現国会もろとも丸ごと無効になってしまう。悪夢の大混乱に陥ります。それが怖いからこそ、誰もが無意識のうちにこの欠陥条項から目を背けてきたのだと思われます。
 しかし70年たった今、われわれは逆上することなく、冷静にこのスキャンダルをスキャンダルとして眺めることができるはずです。そしてその置き土産である欠陥条項を改正しうるはずなのです。(埼玉大学名誉教授・長谷川三千子 はせがわ みちこ)

なかなか詳しく書いていますね。
無効論自体は聞いたことありますが、あまりにも議論にならない話でしかありませんでした。
学術論的には経緯的には良いのかもしれませんが、政治的・時間的には問題ありというのが私の考えです。
どうなれば一番良いかと言えば、まずは憲法を改正して時間を掛け自主憲法制定と行きたいところです。
そしてその憲法には日本を吹き込んでいただきたいものです。権利ばかり主張するような歪で他人を思いやらない憲法ではなく義務を果たし健やかに生きる事が出来るような憲法にしてほしいですね。
その骨格を作るためにも自民党には頑張っていただきたいものですが、現状の軍隊を持たない日本ではアメリカの影響を抑えることが出来ていません。

今回の有事はピンチではありますがチャンスでもあります。
しっかりと腰を据えて考えていきましょう。
(ブラッキー)

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歴史 | コメント:(0) | トラックバック:(0) | 2017/04/26 06:00
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