台湾を忘れない

7bec2062-s.jpg
先日、春の園遊会の際に陛下が台湾人と結婚した福原愛選手へお言葉を掛けられたことが台湾でもニュースになっているそうです。
NHKから見てみましょう。
春の園遊会 伊調馨選手や福原愛選手など招待
春の園遊会が開かれ、レスリング女子の伊調馨選手など2000人余りが天皇皇后両陛下や皇族方と和やかなひとときを過ごしました。
園遊会は、両陛下の主催で毎年、春と秋の2回、東京の赤坂御苑で開かれています。両陛下は20日午後、皇太子ご夫妻など皇族方と庭園を回って招待者と懇談されました。
レスリング女子でオリンピック4連覇を果たした伊調馨選手は、天皇陛下から「よい成果をおさめられてよかったですね」と言葉をかけられると、「国民の皆さまに応援していただいて、よい結果を残すことができました」とこたえました。そして、皇后さまが、伊調選手が表彰式で金メダルを掲げ4本の指で4連覇の喜びを表したことについて「よい写真をようございましたね」と話されていました。
卓球女子団体でキャプテンを務め銅メダルを獲得した福原愛選手は、皇后さまから「今度は主将でいらしたし、きつかった」と尋ねられると、「そうですね。日本の皆さんに応援して頂いたおかげでメダルを持って帰ってくることができました」とこたえました。また、天皇陛下から、去年結婚した台湾の卓球選手との住まいについて尋ねられると、「台湾と日本と今は行ったり来たりの生活をしています」とこたえ、天皇陛下は「どうぞ元気でね、幸せに」と言葉を贈られていました。
去年4月の地震で大きな被害を受けた熊本県の蒲島郁夫知事には、天皇陛下が「震災大変でしたね」と話しかけられました。蒲島知事は「1年間で刻々と変化する対応でずいぶんと苦労しました。これから2年半かけて4万7000人の方々を本格的な住まいに移していきたい」とこたえ、天皇陛下が「どうぞこれからも体を大事にしてみんなのために努めてください」と話されました。
皇后さまや雅子さまなど女性の皇族方をはじめ、伊調選手や福原選手たちは色とりどりの和服姿で会場は華やかな雰囲気に包まれ、出席したおよそ2000人の人たちは、記念写真を撮るなどして、和やかなひとときを楽しんでいました。

NHKでは正確な話を報道しませんので実際には
園遊会には卓球女子団体で銅メダルを獲得した福原愛選手も出席されており、懇談時に天皇陛下からお住まいについてのご質問を受けた際、福原選手は「台湾と日本を行ったり来たりの生活をしています」と返答。
「台湾」という言葉が出た直後に皇后陛下は、
「台湾もずいぶん、東日本(大震災)の時などに、心を寄せてくださっていたから、関係の方にお会いになったら、お礼をお伝えくださいね」

とのお言葉を頂戴したそうです。
思わず福原さんは涙ぐみそうになったそうです。
ありがたいことです。意図的に報道しないNHKは何を考えているのでしょうか?

友人である台湾を粗末に扱いNHKは人としてだめだと思います。

台湾といえば先日、八田興一の銅像が破壊されたとの話がありました。中共に忠誠を誓った人間の犯行なのでしょうか?
元台北市議らしいですね。日台友好を邪魔立てする人間の犯行なのでしょう。
しかし、台湾人も5月8日の慰霊祭に向けて間に合うように修理するそうです。
台湾・銅像損壊乗り越え…八田與一氏の慰霊祭開催へ 5月8日
 【台北=田中靖人】台湾南部・台南市で日本統治時代の技師、八田與一(はった・よいち)の銅像が損壊された事件をめぐり、頼清徳市長は19日までに、5月8日の慰霊祭を例年通り開催することを日本側関係者に通知した。当局が頭部の行方を探しているほか、胸像を所有する奇美博物館(同市)が修復への協力を申し出ている。八田の功績には一部で論争はあるものの、犯行には各界から批判が相次いでいる。
 頼氏は事件が発覚した16日、直ちに像の修復を指示。頭部が見つかれば3日程度、作り直しでも1週間程度で修復できるという。
 八田が建設を指揮した烏山頭ダムと周辺の灌漑施設は、嘉南平原を穀倉地帯に変えた。八田の功績は教科書にも記載されているが、犯人の元台北市議は「八田の歴史的評価を認めない」と供述している。
 八田の功績を否定する一部の人々は、増産されたコメは「台湾人ではなく日本に持ち帰り日本人に食べさせた」(中国国民党所属の台南市議)などと主張。頼氏を「媚日派の犬」(研究者)などと中傷する向きもある。背景には、民主進歩党所属の頼氏が、公共用地から国民党の初代総統、蒋介石の銅像を撤去したことへの反発もある。
 一方、台北駐日経済文化代表処の謝長廷代表(駐日大使に相当)は18日付の自由時報で「銅像は台日の友好の象徴だ。台湾人が誤解されてしまう」と犯行を批判。総統府の黄重諺報道官は19日、「八田氏を高く評価する行為は歴代の政府、各界が行ってきた」と述べた。
 実際、国民党の呉敦義前副総統は18日、「台湾が(日本に)割譲されたのは彼のせいではない。善悪は分けるべきだ」と八田を擁護した。作家の黄震南氏は、銅像は八田の生前に民衆が進んで建立したものだとした上で、「時代と政権を超えた農民の感謝(の表れ)だ」と指摘している。

八田興一は戦争のために台湾に来たわけではありません。国を富ますために台湾に来たのです。
どこかの国のリーダのように現場に来ずに指示していたというわけではなく、自分の現場に入り一緒に飯を食い働いていたのです。時には酒を飲み、賭博も許可したそうですね。経済が厳しくなった時に熟練者はやめても次の仕事はあるがそこまでの人は仕事に困るからと言って熟練者から首切りを行っていたりしてました。
彼を評価しない当時のカナン地方の人はいないとまで言われています。
それだけ大きな功績を残したのです。結局彼は戦争の犠牲となりました。
そして奥さんは九頭竜湖に身を投げたそうです。・・・
当時の日本人は素直で裏表のない人間が多いと聞きます。
人と人とが手を取り合って協力して生きてきた時代なのでしょう。今よりも幸福だったのかもしれませんね。

人気ブログランキングへ
にほんブログ村 政治ブログ 保守へ
にほんブログ村
友人を売る人は信用されません。しっかりと一緒になって守っていきましょう。
(ブラッキー)
スポンサーサイト
歴史 | コメント:(0) | トラックバック:(0) | 2017/04/30 06:00
コメント:

管理者のみに表示