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第58回 知覧特攻基地戦没者慰霊祭

5月3日、慰霊祭に参加するために、知覧へ行ってきました。
正に、五月晴れ、これほどない、慰霊祭の日になりました。

最初に「知覧特攻平和会館」を見学。
隊員達の達筆な手紙、遺書の知識の高さ。
写真に映っている、彼らの死に赴く前の表情の屈託なさ、笑顔を  涙なしには、見る事が出来ませんでした。

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「とこしえに」銅像

”み霊のとこしえに安らかならんことを祈りつつ
 りりしい姿を永久に伝えたい心をこめて
 ああ、開聞の南に消えた勇士よ”

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             "やすらかに”銅像

         特攻隊の若い命は、再び帰らず。
         出陣の時間まで求めたであろう母の姿。
         この晴れ姿をせめて母上に最後の別れを、お礼を一言。
         胸も張り裂けそうな、その心情は母もまた同じであったろう
         今ここに立つ母の姿
         とこしえに母と共に安らかに
         母の暖かい胸で
         御霊の安らかんことを



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知覧特攻平和観音堂

式も滞りなく、進み、全員で献花。


献花の前に、献詠されました。

母ともなり 姉ともなりて 励げましむ 出陣送る 基地の朝露
       第六十振武隊 永田 利夫少尉に贈る 大 津 冨 子
                       
押さえても うきくるものゝ はげしさよ 只玉砕と 散らむうれしさよ
       誠第三十六飛行隊  峰  保昌少尉

雲を裂き  地を擡(くり)かなむ 年明けぬ
        第百十四飛行隊   矢作 一郎大尉

先がけし  友に後れし  我もまた死して永久に 皇國護らん       
        第四十二振武隊   猫橘 芳朗大尉

朗朗と響き渡るお声で、朗詠されるのを聞いて、私はハンカチを握りしめ、溢れるでる涙を拭っていました。


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一式戦闘機「隼」(はやぶさ)

大東亜戦争において、陸軍の主力戦闘機として活躍した

一式戦闘機「隼」Ⅲ型甲をモデルに当時の資料や少飛会の姿見を取り入れて、忠実に復元製作され、

映画『俺は君のためにこそ死ににいく』で実際の撮影に使用された「隼」を展示。

「隼」は当時知覧の特攻基地からは、九七式戦闘機に次いで多い120機が飛び立っている。


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三角兵舎

三角兵舎は特攻隊員の宿舎であり、敵の目を欺くため、松林の中に半地下壕をつくり、
屋根には杉の幼木をかぶせ擬装してあつた。

各地から集まった隊員はニ~三日後には雲のかなた沖縄の空に散華され、

出撃の前夜は、この三角兵舎で壮行会が催され、酒を汲みかわしながら隊歌をうたい、
薄暗い裸電球の下で遺書を書き、また別れの手紙等をしたためて、出撃して征った。



知覧には20代の息子も同行させました。
隊員達と同じ年代の息子に、あの時に、この様な、事実があったことを、
そして、彼ら、英霊達によって、今の平和があること・・・を。
理解してもらいたくて、とても良い機会だったので・・・。


(スカーレット)
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歴史 | コメント:(0) | トラックバック:(0) | 2012/05/13 23:25
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