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日本は何故戦ったのか

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平成30年の全国戦没者追悼式が先日開催されました。
天皇陛下、皇后陛下の御臨席の下執り行われたそうです。
日本にとって、この日は昭和天皇のお言葉により戦闘行為を停止した日です。
戦争に負けたことが決定した日ですが、正式には9月2日の講和条約をもって戦争が終結することになります。
8月15日に軍隊の無条件降伏を行った日であり、日本国としては国体護持という条件を守った日でもあります。
しかし、GHQは人との約束を守るという事を行いませんでした。
寧ろ、日本人を人間と思っていないかった節もあり、その後主権回復までの間に憲法を押し付け、思想改造を行うための下地を作り、教育に口を出汁、あまつえ日本語すら消し去ろうとしました。
文盲率が低い事により英語が日本語に取り替わる事はありませんでしたが、日本は非常に大きな痛手を受けたと言えます。

戦争を止めた日という事で追悼式が開催されました。
平成30年8月15日 全国戦没者追悼式
 平成30年8月15日、天皇皇后両陛下御臨席の下、安倍総理は、日本武道館で行われた全国戦没者追悼式に参列しました。
 毎年8月15日は、先の大戦において亡くなられた方々を追悼し平和を祈念するため、「戦没者を追悼し平和を祈念する日」とされています。
 式典には、安倍総理を始め、衆議院議長、参議院議長、最高裁判所長官、関係団体の代表、遺族の方々など約6,500人が参列し、先の大戦における全戦没者に対して追悼の誠をささげました。
 安倍総理の式辞の後、参列者全員で1分間の黙とうを行い、続いて天皇陛下がおことばを述べられました。その後、衆議院議長、参議院議長、最高裁判所長官、戦没者の遺族代表が、それぞれ追悼の辞を述べ、参列者による献花が行われました。

これまで何故ここまで大きな犠牲を払ってアメリカと戦ったのでしょうか?
欧米諸国による大東亜共栄圏の植民地支配の開放、ハルノートによる最終通達、様々な理由があったはずです。
当時の大統領候補である元大統領のフーバーさんが本を書いており、その批評がありました。
批評家、西村幸祐が読む『誰が第二次世界大戦を起こしたのか』渡辺惣樹著 米大統領の不本意
■米為政者にタブーの歴史観
 ここ数年待ち望まれていた翻訳書がついに刊行された。米31代大統領、ハーバート・フーバーの回顧録『裏切られた自由』(上巻)の邦訳である。その翻訳を行った近代史研究家の著者による『裏切られた自由』の解説本が本書。2011年に米国で出版された、この回顧録のエッセンスと読み解く鍵が、訳者によって丁寧に紹介されている。
 原著は957ページの大著で7月に出た翻訳本も上巻だけで702ページに及ぶ。そういう意味で本書は普及版としての役目も担っている。フーバー大統領が20年以上かけてさまざまな関係者の証言や外交文書などの資料にあたり、自分の後を継いだ32代大統領、フランクリン・D・ルーズベルト(以下FDR)によって、米国が無用な第二次大戦に突入していく経緯と大戦後の不本意な世界秩序の形成を書きつづったものだ。
 なぜ、フーバーにとって不本意だったのか。渡辺氏は単刀直入に言う。《ルーズベルト外交によって、ソビエト共産主義の東西への拡散を防いでいた二つの強国、日本とドイツは崩壊した。(略)共産主義者との戦いはアメリカ一国で進めざるを得ず、再びアメリカの若者に死を覚悟させなくてはならなくなった》からだ。
 さらに《第二次大戦の若者の犠牲は“犬死”だった。ルーズベルトがあの大戦に干渉しなければ世界はより平和だったはずだ、という歴史観はアメリカの為政者にとってタブーとなった》と指摘する。
 確かに戦後72年がたち、日本が安倍政権の下で世界的な地位を向上させて敗戦国からの脱皮を図る過程で、豪州で日米豪3カ国の軍事訓練、インド洋で日印米3カ国海軍の共同演習が行われた光景を見て、日米戦争とはいったい何だったのか、とはなはだ疑問に感じた。
 南シナ海に覇権主義的侵略を行う中国共産党と、核ミサイルで世界を挑発する北朝鮮。それらは結局、FDRとスターリンによって形成された、20世紀の悪夢の亡霊に他ならない。日本の敵は先の大戦と現在でも変わっていない。本書はそんな歴史の真実を明確に指摘してくれる。(草思社・1700円+税)
 評・西村幸祐(批評家・ジャーナリスト)

アメリカの参戦はひとえにルーズベルト大統領の私欲とも言われております。
やる必要のない戦争をアメリカは行ったともいわれており、この戦争を機に共産党国と直接対決を強いられるようになったとも酷評されています。
日本にとって大東亜戦争は戦争には負けましたが、勝負には勝った戦いと言われており、この戦争をきっかけに亜細亜の植民地が開放されています。しかし、アメリカにとってなにも得ておらず、負債が募っただけと言われるようになりました。
誰が勝利した戦いだったのでしょうね。

このような歴史の再確認の番組が報道されるようにもなっています。
NHKが放送しているような捏造プロパガンダ放送ではない報道が行われるようにもなってきました。
ザ・スクープスペシャル 真珠湾攻撃77年目の真実~日米ソの壮絶“スパイ戦争"~ - 18.08.12

日本が何のために戦い、何をなしたのか
73年を経ていまだ意見の分かれる話ではありますが、英霊の皆様が日本を守るために戦ってくださった事実は変わりません。
慰霊と顕彰の念えを捧げていきましょう。
(ブラッキー)
”ブルーリボン拡散運動”

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歴史 | コメント:(2) | トラックバック:(0) | 2018/08/19 06:00
コメント:
No title
「裏切られた自由」(ハーバート・フーバー著)、「ルーズベルトの戦争責任」(ハミルトン・フィッシュ著)をしるした両者は当時ともに米国共和党政治家で前大統領と現職の共和党議員として民主党ルーズベルト大統領と対峙していた人達である。
戦後70年を経て出版された理由については、著書に生存者もいることへの配慮があったようだ。
当時の米国の経済状態というよりも世界的な経済状況を理解する必要がある。フーバー大統領も経済の立て直しに苦心し1期で大統領をF・ルーズベルトに奪われている。
かって日本の教科書にはテネシー川流域開発の成功があり、スターリンソビエト共産党の集団農場(コルホーズ・ソホーズ)の素晴らしさがあった。
米国においてもソ連共産党の経済政策の素晴らしさが報道されていた。
しかし、これらは全てまやかしに過ぎず全てが失敗であったことは既に知られている歴史的事実である(プロパガンダだった)。
日本の敗戦後(1945年:昭和20年)、米国が物資両面で莫大な支援をしたソ連共産党、シナ大陸においてはシナ毛沢東共産党と蒋介石国民党との戦いが激化し米ソの支援によって共産党が政権の座についた。
チャーチルもルーズベルトも共産主義国の世界的な拡大に大いに貢献し、戦後の世界は共産主義と自由民主主義(資本主義)との戦いに移っていく。

8月17日、防衛省内でインドネシア独立に貢献した“スディルマン将軍像“の献花式が行われ、その後に映画「ムルデカ17805」が憲政記念会館で上映された。
インドネシア独立記念日は350年にわたるオランダ植民地からの独立への戦いである。皇紀2605年8月17日インドネシアは独立宣言を発する。数年を経ずに周辺諸国も独立を果たしてゆく。その礎となったのが我が日本軍だった。
大東亜戦争の遂行は日本の敗戦で自らが果しえなかった民族自決人種平等は、その薫陶を受けた国々が立ち上がり有色人種国家のみならずその後の米国黒人公民権獲得へと波及した。

平和と自由は力の上で得られているのである。

第一次世界大戦後の戦勝国として、日本帝国(天皇の居る国)は「ベルサイユ宣言」で人種平等の文言を要請する。有色人種として初めての発言である。
その史実を心に刻むことがこれからの日本の存否にかかっている。 
史実の広がりを
戦後73年、隠蔽されてきた歴史の姿が先輩・先人等のおかげで明らかになってきています。
あの大東亜戦争で米英軍(連合軍)との戦いを日本国が一体となって決意しました。陰謀がどうとか引き込まれた戦争だったとかという日本の被害者論はもういいでしょう(過日ある人から、被害者論に対しての当時の日本国民の思いを諭されました)。
石油を含む経済封鎖・ハルノートの最後通牒が開戦理由はともかく日本は決然と戦いを挑みそして敗れたのです。
高村光太郎は開戦の時の高揚感を書いています。日本の洋画界を牽引してきた[神国日本」の絵で有名な横山大観もその一人だと思います。
義憤を募らせていた日本の国民も多くいたのではないでしょうか。残念ながら高村光太郎は日本の敗戦後に宗旨替えをしたようです。
先人の思いをしっかりとした知識を持って顕彰し感謝すること。捏造の汚名は毅然と跳ね返す日本人を多く増やす努力を微力ながらできればと思う。

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