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国家元首が参拝できる靖国神社にしましょう

平成30年8月15日
靖国で会おうと言って別れを告げた英霊の皆様
英霊の皆様は戻ってくる靖国神社、8月15日はそんな戦争終了の日であり、お盆の最終日にもなります。
国として慰霊と顕彰を行うのは当たり前の事であり、どこの国でも行っている事です。
しかし、日本にいる進歩的な社会人と言う名の駄目人間たちは靖国神社に国民の歎願で許されている所謂A級戦犯が合祀されているから靖国参拝はしてはいけないとほざきます。
日本国内ではA級戦犯という言葉はマスコミに一部語彙の弱い人しか使用していません。
国会で決まったことすら守れないような人間達だけが使用する差別用語と言っても良いでしょうね。

戦争犯罪という言葉はいろいろな意味を持ちますが、日本における戦犯と一部の人が読んでいる言葉はアメリカが圧倒的多数の兵力を投入しても勝てなかったことへの復讐劇であったことをご存知でしょうか?
そして、アメリカの戦争犯罪:民間人の大虐殺を隠すための劇であったことはご存知でしょうか?
戦場にいない民間人を一方的に爆弾で大虐殺を行ったアメリカ、アメリカ国民を守るためという言い訳を基に日本の大都市を空襲し大虐殺を行ったのはアメリカです。広島や長崎に核爆弾の実験を行ったアメリカ、その戦争犯罪を隠すために東京裁判と言う復讐劇が行われたのです。
A級戦犯と罪と言うのが平和に対する罪という全く意味の分からないものです。
当時の裁判官達もこのアメリカの復讐劇には嫌気がさしたそうですね。

皆さんも一緒に靖国神社に参拝しませんか?決して戦争賛美の神社ではありませんよ。

国会議員の皆さんも参拝しています。
超党派国会議員の会が靖国神社参拝
「終戦の日」の15日、超党派の国会議員でつくる「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」の、衆参両院の国会議員50人が、靖国神社に参拝しました。
「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」は、毎年、春と秋の例大祭と、8月15日の「終戦の日」に、東京・九段の靖国神社に参拝しています。
「終戦の日」の15日、会長を務める自民党の尾辻・元参議院副議長や、日本維新の会の東・総務会長、希望の党の中山恭子・元拉致問題担当大臣ら、超党派の衆参両院の国会議員50人が午前11時すぎに靖国神社の本殿に昇殿し、そろって参拝しました。
安倍内閣からは佐藤・外務副大臣や、水落・文部科学副大臣らが参拝しました。

このあと、尾辻氏は記者会見し、「今や昭和は遠くなり、平成最後の8月15日を迎えたが、こんにちの平和のために犠牲になられた方々を忘れてはならない。国会議員が戦争を知らない世代となり、日本の行く末をどう定めていくか、間違った方向にいかなければよいと思っている」と述べました。
これに先立って、稲田・元防衛大臣や木原・財務副大臣ら自民党の議員グループ「伝統と創造の会」のメンバーも靖国神社に参拝しました。
また、自民党の萩生田・幹事長代行や小泉進次郎・筆頭副幹事長らのほか、衛藤・総理大臣補佐官が15日午前、靖国神社を訪れ、参拝しました。

こちらの記事には載っていませんが、全国の護国神社でも慰霊祭が執り行われており、全国の国会議員が参列しております。
安倍総理及び閣僚が参列していないというのは非常に残念ですね。
靖国神社を政治利用しようとする馬鹿なメディアやそれに乗る中韓の人間たちに有無を言わさない様にしていきたいものですね。

安倍総理が参拝できずに玉串を捧げたことに対してケチをつける小さい国がいるようです。
中国、安倍晋三首相を批判 靖国神社への玉串料奉納「断固反対」
 中国外務省の陸慷報道局長は15日、安倍晋三首相が靖国神社に玉串料を奉納し、一部の国会議員が参拝したことに関し、靖国神社は極東国際軍事裁判(東京裁判)のA級戦犯を合祀(ごうし)していると指摘した上で「日本の誤ったやり方に断固反対する」と批判するコメントを発表した。
 ただ、日本に軍国主義と徹底して一線を画すよう求めた昨年と比べ、批判のトーンをやや抑えたコメントとなった。改善が進む日中関係に大きな影響が出るのを避けようとした可能性がある。
 陸氏は、日本側は侵略の歴史を直視し、深く反省するとともに、実際の行動でアジアの隣国や国際社会の信用を得るよう求めると強調した。
 国営通信の新華社は、安倍首相は靖国神社に参拝せず、自民党総裁として6年連続で玉串料を奉納した事実を伝えた。安倍首相が全国戦没者追悼式でアジア諸国への加害責任に触れなかったことも報じた。(共同)

もはや笑うしかありません。先祖を慰霊する、日本の為に戦ってくださった人を尊敬する、そんなことすら出来ないような閉鎖的な社会に中共はなっているのでしょうか?自由がない国と言うのは判っていましたが、先祖を敬う事すら出来ない人間に誰が付いていくのでしょうね。
確かに中共は日本との戦争に勝利したことがありません、兵隊の数は圧倒的だったのに逃げまどっていた(焦土作戦)事実があるのみです。戦争に勝って勝ち得た建国ではないから弱く見えるのは当然かもしれませんけど、もう少し大きな目で考えて頂きたいものです。

今年の初めの記事にこのようなものがあります。
中国に告ぐ「靖国神社に戦犯は祀られていない」 韓国に告ぐ「枢軸国だった歴史を直視せよ」
 長崎県の端島(通称・軍艦島)炭鉱を舞台にした韓国映画《軍艦島》を筆者は観ていないが、鑑賞した学識経験者にストーリーを聞いて驚き、次いで腹を抱えた。映画では、《韓国光復軍》所属の要員が、独立運動の主要人物を救うため端島に潜入する、のだそうだ。韓国光復軍を歴史の表舞台で、輝かしく祭り上げようとする創造力は痛々しい限り。でも、超ムリ筋だ。理由は後述するが、ストーリーは次の様に展開する。
(2017年8月21日に掲載した【野口裕之の軍事情勢】を再掲載しています)
 軍艦島では強制連行された男たちが牢獄のような宿舎に詰め込まれ、貧しい食事と暴力を受けながら重労働を強いられる。事故が起きると、他の坑道を守るべく出口がふさがれ、朝鮮人労働者は見殺しにされる。家族連れの場合、女性・女児は遊郭で働かされる。無数の五寸釘が突き出た戸板に転がされ、死んでいく女性も出て来る…
 もう無茶苦茶&デタラメのオンパレードだ。けれども、映画ならウソ八百が許されると考えては、現実を見誤る。
 韓国側はユネスコ(国連教育科学文化機関)大使らを対象に上映会を開くなど、映画を対日プロパガンダに利用し、ナチス・ドイツによる《ユダヤ人大虐殺=ホロコースト》と二重写しにする悪意満載の「反日印象付け映画」に仕上げている。これも後述するが、大日本帝國は永世中立国スイスも見捨てたユダヤ人を、同盟国ドイツと対立して尚、保護した。保護を断行した人物の中には、日本映画でさえ蛇蝎の如く描かれる東條英機・陸軍大将(首相/1884~1948年)もいた。
 まずは、映画に登場する韓国光復軍が、いかに活躍できなかったかの哀史より入る。
 韓国光復軍は1940年、中華民国=国民党政権の臨時首都・重慶にあった朝鮮独立を目指す亡命政府もどき「韓国臨時政府」の武装組織。ところが、動員計画は遅れ、創軍1年目の兵力は300人。米CIA(中央情報局)の前身で抵抗活動を支援するOSS(戦略諜報局)の協力の下、朝鮮半島内で潜入破壊活動を考えたが、日本降伏が先になった。「臨時政府」自体、能力的欠陥などが問題視され、連合・枢軸国双方が承認を拒んだ。
 韓国光復軍は韓国の教科書にも載るが、2013年の韓国光復軍創立73周年、韓国メディアは光復軍について講釈した。
 《英軍と連合して1944年のインパール戦闘をはじめ、45年7月までミャンマー(ビルマ)各地で対日作戦を遂行した》

枢軸国・韓国の「連合国なりすまし」
 韓国光復軍は《英軍と連合》できる規模も能力も地位も有していなかったが、なぜ歴史の粉飾・ねつ造に耽るのだろうか。
 朝鮮民族は、大東亜戦争(1941~45年)中から今に至るまで「連合国」を気取ってきたが、近代に入り日本と朝鮮は本格的に戈を交えてはおらぬ。戦前~戦中~戦後と、まともな対日ゲリラ抗戦も民族蜂起も起きていない。むしろ1910年に併合された朝鮮は枢軸国・大日本帝國として戦った。国際法上も実態上も、断じて連合国ではない。
 初代大統領・李承晩(1875~1965年)は長崎県・対馬の「返還」要求と抱き合わせで、領土も画定する「サンフランシスコ講和条約署名国の資格がある」と1949年、米国に訴えた。戦勝国=連合国入りさせろ-とゴネたのだ。
 駐韓米大使は米政府に口添えした。ワケがある。韓国は在日朝鮮人の連合国民扱い=賠償を求めるなど、国際の法・常識を無視する数多の無理難題を吹っ掛けたが、日本は無論、米国もほぼのめぬ内容だった。米国は無理難題を押さえ込むべく、韓国の署名要求を預かり、条約草案で一旦は締結国リストに加えた。
 しかし、韓国は日本と戦っていないと英国が異を唱え、朝鮮戦争(1950~53年休戦)を共に戦っていた米国も英国にならう。
 米国は《連合国共同宣言》への署名(1942年)がないとも指摘したが、韓国は執拗に食い下がった。共同宣言参加国は最終的に47カ国。全物的・人的資源を対枢軸国用戦力に充てる方針に同意していた。間の悪いことに、フィリピン独立準備政府や多くの亡命政府も参加していた上、連合国(United Nations)なる用語が宣言で正式採用された。
 交渉過程で韓国は、日本の講和条約締結を終始妨害し、島根県・竹島の韓国編入すら主張した。結局、韓国が得たのは在朝鮮半島の日本資産移管のみ。講和会議へのオブザーバー参加も拒絶された。
 日本だった朝鮮は、欧州列強の植民地兵のごとく人間の盾にされもせず、日本軍将兵として戦った。朝鮮人の軍人・軍属は24万2000人以上。朝鮮人高級軍人の目覚ましい武勇に触発され、志願兵の競争率は62倍強に沸騰した。2万1000柱の朝鮮人英霊が靖国神社に祀られる。
 戦後も米国は、朝鮮を国家でなく日本だったと公認。日本の統治権を取り上げ直接軍政を敷き、韓国光復軍も武装解除した。米国は38度線以北に陣取るソ連軍をにらみ(1)統治能力欠如(2)度し難い自己主張や激高しやすい民族性(3)偏狭な民族主義や共産主義の跋扈…など、信頼性を欠く韓国に国家たる権能を与えたくなかったのだ。実際、「臨時政府主席」の金九(1876~1949年)は個人資格で“帰国”した。
 韓国は「日帝を打ち負かして独立を勝ち取った」のではない。終戦3年後、半島で統一国家建設をたくらむソ連に対抗した対日戦勝国・米国が韓国への長期信託統治を断念。米国に独立を大きく前倒ししてもらった棚ぼた式だった。
 金九も自伝で憂いた。
 《心配だったのは(大東亜)戦争で何の役割も果たしておらず、将来の国際関係において発言権が弱くなること》


対日復讐裁判でもでっち上げに失敗した「人道に対する罪」
 続いて、冒頭述べた、ナチス・ドイツの蛮行《ユダヤ人大虐殺=ホロコースト》を大日本帝國に被せる、呆れた手口に反論する。本題に入る前に、ホロコーストと一体で論考される《人道に対する罪》から説明したい。
 戦後72年の終戦の日(15日)、安倍晋三首相は靖国神社に参拝せず、自民党総裁特別補佐を名代に、同党総裁名義の玉串料奉納で済ませたが、中国外務省報道官は案の定噛み付いた。
 「靖国神社は侵略戦争に直接的責任があるA級戦犯を祀っている」
 「日本側の誤ったやり方に断固反対する」 

 中国共産党は、自らに都合のよい「猟奇的な日本の近代史」をねつ造し、世界中でタレ流すが、毎回反論せねばならぬ。中国大使のイスラエル紙寄稿(2014年1月)も然り。いわく-
 《安倍晋三首相や閣僚が、アジアの(ドイツ指導者アドルフ)ヒトラー(1889~1945年)である東條英機・陸軍大将らA級戦犯を祀る靖国神社を参拝している》
 国家に殉じた英霊に感謝し、お慰めする崇高な行いに、外国の顔色をうかがう必要は全くない。靖国神社への玉串料奉納で済ませようが、参拝を行おうが、言い掛かりを付けてくる中国への回答は靖国神社参拝以外にあり得ない。
 一方、ユダヤ系団体サイモン・ウィーゼンタール・センター(本部・米国)の非難声明(2013年12月)には、憤るより失望した。いわく-
 《亡くなった人を悼む権利は万人のもの。だが、戦争犯罪や人道に対する罪を実行するよう命じたり、行ったりした人々を一緒にしてはならない》
 失望理由の一つは、ホロコーストの記録保存や反ユダヤ主義監視を行い、国際的影響力を持つ組織なのに、正確な国際法制史を学んでいない?点だ。《人道に対する罪を実行するよう命じたり、行ったりした人々》は靖国神社にお祀りされていない。
 《人道に対する罪》は第二次世界大戦(1939~45年)におけるドイツ降伏後、ドイツ人を裁くため1945年8月8日、ニュルンベルク裁判の基本法・国際軍事裁判所憲章で初めて規定。(a)平和に対する罪(b)殺人と通例の戦争犯罪(c)人道に対する罪-が、国際軍事裁判所で所管する《犯罪》とされた。
 日本人を裁いた極東国際軍事裁判所条例でも、憲章にならいおのおの、いわゆる《ABC級犯罪》が定められた。が、《人道に対する罪》は適用できなかった。勝者による敗者への復讐劇ともいわれる極東国際軍事裁判で、「ドイツが行った特定民族絶滅と同じ意図を、日本が抱いていた」と、連合国はでっち上げようとしたが、不可能だったのだ。この点、ニュルンベルク裁判では、22被告の内16人が《人道に対する罪》で有罪になる。サイモン・ウィーゼンタール・センターは日独を同一視しているのではないか。
 そもそも《人道》と《平和》に対する罪は、米国が1944年秋から1年に満たない短期で創り上げ憲章制定前にはない。戦争開始・遂行を犯罪とする《平和に対する罪》に至っては、米国/英国/中華民国が降伏を求め日本に突き付けたポツダム宣言(1945年7月)時点で、犯罪とされていなかった。二罪とも慣習国際法として確立していなかったのだった。
 欧州大陸法系近代刑法は、実行時の合法行為を事後に定めた法令で遡り処罰することを禁ずる。《事後法の禁止=法の不遡及》である。
 極東国際軍事裁判所設立は、裁判9カ月以上前のポツダム宣言でうたった《俘虜を虐待せる者を含む戦争犯罪人には厳重なる処罰を加へらるべし》が根拠。仮に罪を問うのならB級の《殺人と通例の戦争犯罪》だけなはず。現に、日本のサヨクが中国共産党と連動して「大日本帝國陸軍が中国人民を大量虐殺した」とねつ造・粉飾をやめない、いわゆる《南京事件》について、南京攻略戦司令官をC級の《人道に対する罪》ではなくA級の《平和に対する罪》で起訴。しかも無罪となり、B級で有罪となった。

ユダヤ難民を助けた東條英機
 いわゆる《戦犯》自体も誤認している。1952年のサンフランシスコ講和条約発効を受け、日本は主権回復し《各級死亡戦犯》を《公務死》と認定した。条約では、裁判を牛耳った11カ国の過半数の同意を得られれば《戦犯》を赦免できると規定。外国の異論もなく、58年までに全員釈放となった。既述したが、もともと“C級戦犯”は存在せず、“AB級戦犯”も靖国神社にお祀りされていないということ。
 連合国は《人道に対する罪》を問えなかった、どころではない。大日本帝國は、迫害を逃れた万人レベルのユダヤ人を世界中で助け続けた。例えば-
 1935年にドイツ施政下のユダヤ人は公民権を奪われ難民となり外国に逃れた。一説に数千人のユダヤ人が38年、シベリア鉄道で滿洲國近くのソ連にたどり着く。ソ連に入国拒否された難民は滿洲國入りを切望したが、滿洲國も拒む。
 滿洲國防衛を担う帝國陸軍・關東軍の樋口季一郎・少将(後に中将/1888~1970年)は、吹雪の中に立ち尽くす難民を見かね食料・衣類・燃料や加療を施した。さらに、滿洲國外務省や南滿洲鉄道(滿鉄)を説き、滿洲や上海租界への移動を周旋した。
 日独防共協定(1936年)を結び、日独伊三国同盟(40年)まで視野に入れていたドイツは断固抗議。抗議を受け、樋口は關東軍参謀長時代の東條英機・中将に呼ばれる。樋口は東條に「ヒトラーのお先棒を担ぎ弱い者いじめをすることが正しいと思われますか」と質し、東條も受容した。
 ユダヤ難民移動を担った滿鉄の総裁が、後に外相となり三国同盟に傾斜する松岡洋右(A級戦犯被告。未決中に病死/1880~1946年)だった歴史の一コマも興味深い。
 ユダヤ難民への入国ビザ発給国は著しく限られた。かかる状況下の1939年以降、英米列強と日本が管轄する上海外国人居留地=共同租界の帝國海軍陸戦隊警備区も、ユダヤ神学生300人や1万8000人ものユダヤ難民のビザ無し入境を許している。
 ユダヤ難民の扱いでは、永世中立国スイスでさえ暗部を抱える。スイスはドイツとともに1938年、ユダヤ人旅券にユダヤの頭文字《J》のスタンプ押印を義務付けた。キリスト教文化の根付くスイスには19世紀半ば以来、反ユダヤ主義が認められる。そこに、労働市場を難民に奪われる懸念やドイツの侵攻を恐れるスイス政府の意向が加わった。42年には、ユダヤ人を念頭に難民の国境引き離し政策を実施。多くのユダヤ人がスイス入国を果たせなかったが、出発地への帰還は死を意味した。
 大日本帝國にとって、人種差別も後押しした米国の対日強硬策を、ユダヤ人を通し打開する工作の一面もあったろう。ただ、“A級戦犯”の汚名を着せられ絞首刑となった東條はじめ日本の軍人が、同盟国ドイツを含む欧米列強による蔑みに悲憤し、ユダヤ人の痛みに情けをかけた心根は紛れもない。
 靖国神社には、かくも優しき武士(もののふ)たちがお祀りされている。中国と韓国の日本に向けられた想定外の憎悪に、英霊もこんな調子で戸惑っておられよう。
 「中国共産党軍は逃げてばかり。ロクに戦いもせず逃げ回っていたはずだが…」
 「朝鮮の人は共に戦った同胞。戦後、一旦帰国し、再び来日した人もおびただしい数にのぼると聞いた。なのになぜ、戦後随分たって反日に急変したのか…」

様は自信がないので日本にいちゃもんを付けているとしか解釈できませんね。
自分のプライドを守るために他人を貶める、よくある事と言えばよくある事ですが些か情けないことだと思いませんか?
こんな人間の小さな国に付き合うのも疲れますね。

日本国民の事は日本が決めます、他国の顔色を窺っていてもしたかありません
正々堂々と参拝しましょう。それが務めだと思います。
(ブラッキー)
”ブルーリボン拡散運動”

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街宣 | コメント:(0) | トラックバック:(0) | 2018/08/20 06:00
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