首相、硫黄島視察にゆかりの2閣僚を同行

先週のニュースですが、
安倍総理が硫黄島へ行かれる際に新藤総務相と根元復興大臣が同席なされるようです。
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首相、硫黄島視察にゆかりの2閣僚を同行
 安倍晋三首相が14日に予定する硫黄島(東京都小笠原村)の視察に、同島にゆかりのある新藤義孝総務相と根本匠復興相を同行させる方向で調整していることが4日、分かった。硫黄島は太平洋戦争で日米両軍による激戦が行われた。犠牲となった英霊に政権として強く哀悼を示す意味合いがある。
 首相は同島で戦没者の遺骨の収集作業を視察し、収集事業の強化を指示する方針。新藤氏は祖父が硫黄島での戦いを指揮した栗林忠道大将、根本氏は島への物資搬送や上陸した米軍への爆撃を敢行した根本正良中尉を父に持つ。戦時中の両氏の活躍はテレビドラマや映画にもなった。
 硫黄島訪問は首相の強い希望で計画が進められており、収集事業の強化策では現在の自衛隊基地の地下調査などを検討している。硫黄島の戦いでは日米で約2万9千人が亡くなった。

硫黄島といえば『硫黄島からの手紙』という映画にもなりましたね。
新藤総務相が映画の撮影前に主演である渡辺さんとお会いしたそうです。
新藤さんのブログを借用させていただきます。(ブログからは削除されていますのでご注意を)

「アメリカで教育を受けた栗林は、米軍による硫黄島総攻撃に対し日本軍を率いて果敢に臨んでいく。このすさまじい戦いの先にあるものはもはや名誉の死しかないと思われるなかで、栗林の意外な戦略により日本兵たちは思いもよらぬ力を発揮して、すぐに決着がつくはずの戦いを40日近くに及ぶ歴史的な死闘に変える...」
 島中に地下壕を掘って前代未聞のゲリラ戦を展開し、鬼神のごとく戦った栗林忠道陸軍中将も、幼い末娘を案じた手紙を送る1人の優しい父親でした。
その栗林の人柄は、映画化の元となった「玉砕総指揮官の絵手紙」(小学館文庫)や、昨年刊行された「散るぞ悲しき」(新潮社)に詳しく描かれています。
(「週刊新藤11号でも紹介させていただきました)
 主人公、私の母方の祖父となる栗林忠道を演じるのは、今やハリウッドスターとして名高い渡辺 謙さんです。「撮影に入る前にぜひお会いしたい」という連絡があったのは、先月半ばのことでした。

◆ 渡辺 謙さんのこと
 渡辺 謙さんは、想像していた以上に謙虚で穏和な方でした。配役が決まってから、硫黄島や栗林忠道に関する文献を調べて読み漁っていたそうで、私たちの話を聞きながら熱心にメモを取っていました。
 2万余の硫黄島守備隊に対し、米軍は6万の上陸部隊を先頭に総数15万人を投入。
「絶対に勝てるはずのない戦いに、降伏するという道もあるのに、日本人は負けるのがわかっていながら何故戦うのか」
アメリカ的合理主義では理解できない日本人の行動と心情が、この映画のテーマのひとつです。
 渡辺 謙さんは、「ラストサムライの撮影の時にも、『人を守るために自分が犠牲になる』という武士道精神は、騎士道精神を文化に持ったヨーロッパの人たちには理解してもらえたが、アメリカ人にはなかなかわかってもらえなかった」と語っていました。
 日本人として、そうした心情を表現しなければならない、と熱い思いを私に語ってくれました。
 対談から数日後、役を演ずる前にお墓参りをしたいという渡辺 謙さんを、長野市松代の明徳寺にある栗林家の墓にお連れしました。遺族を気遣っていただくと共に、今回の役づくりにかけるトップ俳優としての心意気に、私は感心しました。

根本正良中尉についてはこちらのサイトに詳しく書かれてありますので抜粋させていただきます。
中攻と共に
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ハンセン氏が経験したという最初と最後の二回の日本機の空襲が、私にとっても最初と最後の硫黄島爆撃であったことに彼との深い因縁を感じた。その後文通を続け、平成七年の日米合同慰霊祭の折も、しめし合せて島上で再会を果たしている。
かつては敵味方であり、殺すか殺されるかの戦いをやってきた仲。然しそれだけに今や何等恩讐はなく、むしろ旧戦友という思いで家族共どもつきあっている。思えば私も彼も個人的怨念で戦ったのではない。あの時の男の誰しもがそうであるように、国民として当然の義務として国の為に戦ったのだ。

これが世界の標準的な考えです。
今の日本人のように後方支援だけ行えばいいというのは恥じる行為と言われてもおかしくありません。
これからも戦いは続きます。
日本を取り戻す戦いはまだ終わっていません。
(ブラッキー)

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自民党 | コメント:(0) | トラックバック:(0) | 2013/04/13 06:00
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