【拡散希望】衆議院予算委員会で西川京子先生から中山成彬先生へバトンタッチ》

先日の国会集中審議に関して拡散をお願いします。

緊急拡散希望《故中川昭一先生への鎮魂》
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■2009年7月12日、今は亡き中川昭一先生と靖国神社の「みたま祭り」の前夜祭に、中山成彬先生と西川京子先生とご一緒に昇殿に参列したのが、昭一先生のお元気な姿を拝見した最後でした。
今回、急きょ衆議院予算委員会で9時から12時までの三時間、教育問題の集中審議が決まったのは、月曜日(8日)の昼過ぎでした。
ただ残念だったのは、中山先生が予定していた時間の半分の30分しか割り振りがなく、予定していた歴史認識問題を取り上げれる時間が、僅か5分位しか使えなくなってしまったことです。
しかし、白羽の矢が、国会議事堂に降臨してきたとしか思えないことが起きました。
それは、西川京子先生に奇跡的に9時から20分の質問時間が割り振られたのです。
これは、日本の危機的な状況下で故中川昭一先生の御霊が、国会議事堂に降臨し西川京子先生の背中を押してくれたのではとしか思えません。
西川京子先生が、いろいろな嫌がらせを受けながらも、臥薪嘗胆して永田町に戻られた意志が、如何なるものなのか、時間は僅か20分ですが国会史に残る質疑になると思っております。
小生も歴史の証人として、衆議院予算委員会を傍聴するため、これから国会議事堂へ向かい、委員会の模様をリポートし今夜ご報告します。


拡散希望《4.10、衆議院予算委員会で西川京子先生から中山成彬先生へバトンタッチ》
■2013年4月10日、衆議院予算委員会を傍聴しました。
これまで数々の委員会を傍聴しましたが、衆議院予算委員会は今回が初めてでした。
手続きを終えて、係官に案内され4階の傍聴席につくと、前二列は報道陣席で最前列はテレビカメラが十数台ひしめいて居ました。
席に着くなり、委員長が「西川京子君」と発して始まりました。
まず、教育再生実行本部副委員長である西川京子先生が、4月8日に同本部が纏めた教育改革の提言「英語教育の抜本的改革」「技術革新を生む理数教育の刷新」「国家戦略としての情報通信技術教育」について、安倍首相の見解を求められました。安倍首相の答弁後は、一気呵成に教科書から有名女子中学校の入試問題の問題点を指摘し、その関連で、当然のごとく「従軍慰安婦問題」と「南京問題」にズバッと切り込んでおられました。
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今まで、衆議院女性議員で、1980年代の朝日新聞の大キャンペーンで「南京大虐殺」や「従軍慰安婦」が外交問題にされたとか、「売春」「自虐史観」などの言葉が次々と発せられた質疑は初めてのことでした。
西川京子先生は、早くから専門家の間では、本物の政治家と評価が高かったのですが、パフォーマンスをしないため、保守国民には認知度が低かったことが、悔やまれていたのです。
傍聴席からも、西川先生が歴史認識問題を採り上げた瞬間から、凛とした緊張感が傍聴席まで伝わってきました。
詳しくはYouTubeの動画がアップされてますので、下記のURLで御覧いただければ幸いです。
【神回】2013.4.10 衆議院予算委員会 自民党:西川京子
西川京子先生の質疑が終了して、西川先生の議員会館の事務所をお伺いすると、全国から電話やFAXが次々と入っておりました。
中山先生の質疑は、西川先生の事務所で拝見しておりましたが、西川先生の質疑を引き継ぐように、『南京の実相』を採り上げ、西川先生と一体感を感じさせるように歴史議連は、「通常の戦場以上でも以下でもなかった」と、歴史議連会長として中山先生が総括したことを、国内外に発しられた効果は絶大でした。
【神回】2013.4.10 衆議院予算委員会 日本維新の会:中山成彬
また、中山成彬先生は、前回(3月8日)に説明できなかった、周恩来が日本留学中の1918年に、靖国神社春の大祭を拝観して感激したことを綴った日記の存在を明らかにして頂いたことで、やっと中国へプレッシャーをかけることが出来ました。
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周恩来が靖国神社の大祭を拝観して、感激したことを綴った日記の存在は、小生が2005年9月号の『正論』にスクープとして発表したのですが、国内では保守も含め沈黙していたのです。
ところが、香港の有名雑誌『開放』が、注目してくれ2007年11月号に全文掲載され、当時、中華世界最大の中立サイト『博訊』が報道してくれたことで、中華世界では話題になっていた承知の事実でした。今回、中華世界から遅れること、6年目に中山先生のお蔭で、やっと国民に知れ渡ることになりました。
日記の内容等、「あの周恩来が靖国を拝観していた頃の神田と中国共産党の関係」を、詳しく知りたい方は、拙著『いまこそ日本人が知っておくべき「領土問題」の真実 国益を守る「国家の盾」』に全文掲載されています。
いずれにしても、日本罪悪史観の見直しの扉は、中山成彬先生と西川京子先生の御尽力により、開けられたことは皆様方にも納得していただけたと思っております。
★明日(4月11日)発売の夕刊フジに西川京子先生の衆議院予算委員会の関連記事が掲載されます。


以上、水間さんのブログより転載しております。

西川先生のパネルには『南京の実相』の中川昭一先生の推薦の言葉が刻まれていました。
「南京の実相」
中川昭一 推薦の言葉

 このたび、「日本の前途と歴史教育を考える議員の会」が、南京問題を総括して一冊の本として出版されることになりました。
 大変意義深いことである。御尽力された関係者一同に深甚の謝意を表します。
 この総括は、一時資料を沈着冷静に検証されたことで、南京攻略戦当時の状況が良く理解できました。
 南京攻略戦の歴史認識問題は、戦後、日中国交正常化を前にした一九七一年に、朝日新聞の連載記事「中国の旅」から始まったと記憶しています。
 そして、日中友好と声高に報道されればされるほどに、「南京虐殺」から「南京大虐殺」へとエスカレートする状況だった。また、日本側の報道が過熱した一九八0年代になると、それまで掲載されてなかった中国の教科書にまで掲載されるようになりました。
 これまでの経緯は、歴史認識問題というより、「政治宣伝」の意味合いを強く感じられます。
 それは、中国へのODAの交渉が始まる前になると不思議に「南京問題」などの歴史認識問題がくり返し報道されてきたことによります。
 「歴史議連」の総括で注目したのは、一九三八年二月、国際連盟理事会で顧維釣中国代表が「南京で二万人の虐殺と数千の女性への暴行」があったと演説しても、理事会が無視していたことです。
 その議事録全文が、今回始めて翻訳され掲載されたことで、今後の南京歴史認識問題は、公文書などの一次資料中心とした歴史研究に移行されることを望みます。


本日は転載ばかりで申し訳ありませんが、拡散のほど宜しくお願いします。

中山先生の最後の質問、そして安倍総理の回答
安倍総理『子供達が日本に生まれたことに誇りを持てる、そういう国にして行きたいと思います。』
    『意志の力で国を変えていくことが出来る、この言葉を肝に銘じて頑張っていきたいと思います』
中山先生『頑張ってください』

お互いがお互いを支えあう国会審議、これが正しい前向きの審議なのではないでしょうか?
向いている方向は同じであるが、方法論が異なるそのために審議して隙間を埋めていきお互い合意して政策を進めていく、最近ようやくまともな国会審議が出来てきました。
中山先生の直前に枝野の質問がありましたが、あれは新しい方針を全く示すことはなく、以前行われた方針を段丘しているだけでした。
それが全く必要がないとは言いません。しかし、自分たちでどのような方針で行きたいかが示されていない審議は審議ではありません。そのようなものはマスコミに任せればいいのです。これからどのように審議して国を動かしていくのかの意思が国会議員には必要なのではないでしょうか?
国会議員は私たち国民の代表です。
それを選んだ責任は私たち国民にあります。
そのことを肝に銘じてこれからも国会議員を選んでいきましょう!
(ブラッキー)

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歴史 | コメント:(0) | トラックバック:(0) | 2013/04/11 18:00
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