大神社展と日本文化の世界化

今年は伊勢神宮の第62回式年遷宮の年ですが、出雲大社も60年に一度の「平成の大遷宮」が行われています。名古屋の熱田神宮は景行天皇43年(西暦113年)創祀、今年1900年を迎え、5月に「千九百年大祭」が開かれます。わが国の歴史・文化・伝統のシンボルのような由緒ある神社がそろって歴史的な年を迎えている本年、「日本を取り戻す」安倍政権が誕生したのも、神々のご加護の賜物と、縁を担ぎたいと思います。

今上野の東京国立博物館で開催されている「国宝・大神社展」に行ってきました。奈良は春日大社、広島の厳島神社、鎌倉の鶴岡八幡宮、和歌山の熊野速玉大社、金剛峯寺、名古屋の熱田神宮、福岡の宗像大社などなどからの秘宝、国宝・重文160件が展示されています。

祭祀の始まりの頃の古墳時代の銅鏡、祭りの賑わいを表した絵巻や屏風、神社の風景を描いた曼荼羅図、神社に納められた工芸品の数々、そして神々の姿として全国から神像が集められています。室町時代の古事記、南北朝時代の日本書紀、平家納経もありました。平安時代の「延喜式神名帳」は全国神社リストで、如何に神社が重視され全国隅々で祀られていたかが分かります。見所いっぱいです。6月2日まで開催とのことです。
(http://daijinja.jp/)

130424大神社展

実は教育再生機構のイベントで、世界的な美術史の泰斗、東北大学名誉教授の田中英道先生の講義とそのあと見学するというイベントに参加したのでした。以下、田中先生の古事記の国譲りのお話です。

(田中先生のお話)
●昭和59年、出雲大社の近くにある荒神谷遺跡から銅剣358本が出土した。平成8年には、同じく出雲大社の近くの加茂岩倉遺跡で、39個の銅鐸が出土した。このような考古学上の発見が相次いだことにより、出雲大社の史跡としての重要性が認識されるようになった。

●出雲大社に祀られている神様は、大国主命だ。ワニに皮を剥がされて酷い目に遭った因幡の白兎を助けたことで知られている。

出雲での大国主命の活躍は、古事記では「国譲りの神話」として記されている。これは大国主命が出雲を中心とした地域を統治していたことを予想させる。

●古事記によれば、天上の高天原は天照大神が治め、地上世界は実質大国主命が治めていたことをうかがわせる。天上界の最高神である天照大神は、地上界も天上界が統治しなければいけないとして、大国主命に国を譲れと2度も使者を派遣した。天上界の神の力を使って、すなわち戦争を仕掛ける形で地上界を統治するのではなく、国を譲って欲しいと申し込んだのだ。

その交渉のために、天上界から自分の二人の子供を出雲に送ったが、一人はそのまま出雲に居つき、一人は大国主命の娘と結婚してしまい、国譲りの交渉は失敗した。そこで今度は、武力の象徴のような強い神を送った。これを迎え撃つのが大国主命の息子の神で、こちらも力の強い神だった。

そして二人は、相撲を取り力比べをする。最後は息子の神が負けて逃げた。そこで大国主命は、息子が負けたことで「国譲り」を決心しその条件を提示する。

それは、出雲に自分たちが住むために、巨大な宮柱のある大きな建物を建ててくれたら、そこに移り住み静かに暮らそうというものだった。そうして建てられたとされるのが出雲大社である。

●平成12年、出雲大社の境内遺跡から、直径1メートルもある巨大な杉の大木3本を束ねた形の柱の跡が出土した。ゼネコンの大林組の試算によると、高さが法隆寺大仏殿より高い48メートルもの巨大な建物であったであろうことが分かった。

弥生時代に作られた銅鐸には、大きな建物の絵がよく描かれていることからも、その頃建てられていた可能性があると推定される。

●今も続く出雲大社の祭祀に「神迎(かみむかえ)祭」あるいは「神在(かみあり)祭」がある。旧暦10月10日の夜、国譲り神話の舞台である稲佐の浜に、龍蛇神(りゅうじゃしん)に導かれて神々が現れるとされ、その神々を浜でお迎えする神事が執り行われているのである。

全国から集まる神々をお迎えするお祭りが、出雲大社で行われているのはなぜか。

「国譲り」をすることによって出雲大社は誕生する。神々、多分地域の豪族達が集まって、「国譲り」の協議をし、武力を使わないという証として、それぞれの武器(剣)を供出したのではないか。荒野谷遺跡で発掘された358本の銅剣は、4列にきちんと並べられており、儀式にのっとった形で置かれたと想像できる。大国主命に従って、武器を捨てるという儀式が「神在祭」の神事ではないか。

加茂岩倉遺跡では銅鐸が39個も出土した。銅鐸は権威の象徴とも考えられているから、それが39個も出てきたというのは、国譲りによって権威も譲りるということを表しいてるのではないか。

●日本古代史の研究者津田左右吉は、戦前から古事記・日本書紀に記された神話は、歴史の事実とは離れたつくりものと主張し、神武天皇の存在すら否定した。戦後の日本では、その主張が一般的になって、学校の歴史教育から神話が消えてしまった。しかし近年、神話の話を裏付けるような遺跡の発掘が進んでいる。

ドイツの考古学者シュリーマンは、ギリシャ神話に登場する伝説の都市トロイアが実在すると考え、実際にそれを発掘によって証明した。日本の神話も同様に考えられるのではないか。神話に描かれた出雲大社の実在が現実味を帯びてきている。国譲りの神話も、銅剣の発掘や今に伝わる出雲大社の神事から、そのような事実があったことが推測される。

●それでは「国譲り神話」は何を意味しているのか。国を政治的に統一する時、大陸では中国でもヨーロッパでも、大戦争があり大殺戮があった。戦って奪い取るというやり方だ。しかし国譲り神話では、戦争を仕掛けず譲り合うやり方で国をまとめていっている。そこに日本人や日本文化の特徴があるのではないか。もちろん日本の歴史の中には戦乱はあったが、大陸と比べれば、戦いは支配階級の間でだけで、庶民は関係なかった。日本文化とは、本質的に争いを避け、殺し合わない文化であり、日本人とは本質的に平和を愛する民族と言えよう。

日本以外の世界は争いの世界だ。キリスト教新教には「譲り合いなさい」という教えがあるが、世界で日本人だけが実践している。20世紀は争いの世界だった。21世紀の世界では、日本文化の世界化こそ、求められているのではないか。
(終わり)

このようなお話などをうかがった後、大神社展の参観に向かったのでした。

以上
(うまし太郎)

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神社 | コメント:(0) | トラックバック:(0) | 2013/04/24 16:11
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