世界が欲しがる救難飛行艇US-2,二つの誇り

 もう旧聞に属しますが、去る6月21日午前7時45分頃、宮城県金華山の南東1200キロの海上で、太平洋横断を目指していたテレビキャスターの辛坊治郎さんら2人の乗ったヨットから、「船内に海水が浸入した」として、関係者を通じて救助要請の連絡が海上保安庁に入り、急遽厚木基地から海上自衛隊の救難飛行艇US-2が現地に赴き、午後6時15分頃、救命いかだに乗った2人を救出しました。

 防衛省は今年3月、川崎重工業主導の下、オールジャパンで開発されたP1哨戒機の開発配備を発表しました。従来の米国製P3C哨戒機に対して、大幅に機能・性能を向上させた世界の最先端をいく純国産機です。防衛省は「中国船が尖閣諸島の日本領海を侵犯している。P1は日本及び国際社会の安全保障に重要な役割を果たすであろう」とコメントを発表しました。

 この度のUS-2も、純国産機で新明和工業製です。かっての帝国海軍の飛行艇として活躍した「二式大艇」を製造した川西航空機が、現在は新明和工業として、その技術を同機にに繋いでいるのです。二式大艇は、かって米軍が日本に進駐して鹵獲(ろかく)した際、日本の技術力に驚愕したと言われたものです。防衛庁(当時)と新明和工業は、21世紀の飛行艇を目指して、平成8年度から世界最高性能を持つ水陸両用航空機を開発してきましたが、平成15年に初飛行に成功し、現在順次製造・配備が行われています。

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 US-2の魅力はなんと言っても従来なし得なかった波高3メートルでも運用可能な能力です。世界で唯一、「動力式高揚力装置」を実用化し、時速90キロメートルという極低速での飛行と、極短距離での離着水、着水時の波による衝撃を緩和し、荒海での離着水を実現しました。着水距離330メートル、離水距離280メートルです。上野の不忍池でも着水・離水が可能とのことです。

 航続距離は4500キロ、巡航速度は時速480キロです。水陸両用航空機のは日本以外では、カナダとロシアが製造していますが、対応出来る波高は1メートル強、航続距離は、カナダ機が2400キロ、ロシア機は3300キロ、着水距離と離水距離は、カナダ機は665メートルと808メートル、ロシア機は1300メートルと1000メートルです。実力差は圧倒的に大きいと言えます。

 また同機は、艇底の燃料タンクを水タンクに入れ替えれば、消防艇としても活用できるようになります。国内での使用はもとより、森林火災が多発するアジア諸国の災害救援にも活用できることで注目されています。インド政府は、救難活用に加え海賊対策にも活用したいとして、日本政府に「購入したい」との打診をしてきています。タイやインドネシア、ブルネイなども関心を示しているとのことです。今後日本外交を支える武器になることでしょう。従来制約があった武器輸出三原則は、緩和の方針が打ち出されています。また国内的には、1500社にものぼる関連企業の活性化にも繋がるでしょう。

 世界最高水準の世界が欲しがる救難飛行艇、これが誇りの一つです。

 誇りの二つ目は、今回の救出劇に見る海上保安庁と海上自衛隊の連携フレー、海上自衛隊救出部隊の練度の高さと決死の使命感です。

 救出の経緯は次の通りでした。
・6月21日午前7時45分頃、海保に救援要請。海保航空機出発
・10時00分:海保から海自へ災害派遣要請。
・10時49分:厚木基地からまず巡航速度が速いP3C哨戒機が離陸。先に現場で捜索を開始し場所を特定する。
・11時39分:US-2飛行艇離陸。
・11時44分:海保航空機現場海域に到着。救命いかだ発見し交信。2人の無事確認。
・14時00分:US-2飛行艇現場到着。
・14時10分:救命いかだ発見。現場は風速16~18メートルの悪天候で、波高が4メートルあり着水不可。3メートル以下の着水可能地点を発見したが、現場から40キロ離れており、そこから救助に向かうのは不可能。しかし、波の低い場所が風によって移動してくる可能性を発見。
・15時30分:燃料切れで現場離脱帰投決定。
・15時05分:別のP3C哨戒機離陸。
・15時08分:別のUS-2飛行艇離陸。西から東へ風が吹いていたことから、風と海流により現場に近づく可能性に賭ける。
・17時30分:遭難者を視認。着水地点探索。奇跡は起きていた。40キロメートル離れていた波の低い着水可能地点は、800メートルにまで移動していた。しかし日没は18時01分、わずかの時間しかない。
・17時53分:着水
・18時05分:救命ボート出動。夕闇が迫る。
・18時09分、救命ボートへ遭難者回収。日没から13分後であった。
・18時14分:US-2に到着。遭難者収容
・18時23分:US-2離水。
・22時30分:厚木基地に到着

 正に夕闇が迫る中で間一髪で間に合ったのでした。辛坊さんらは体温が低下し、もう一晩置いたら多分危なかったとのことです。救助隊員にしても、波高3メートルでの着水は未経験であり、決死の判断をしたのでした。

 14時00分に現場に到着して、14時10分には、救命いかだを発見しています。高空から波に漂う救命いかだをどうして短時間に発見できたのか。それは「50センチ四方の目標物を上空500メートルから肉眼で発見する訓練」を重ねているからとのことです。救援の第71航空隊の格納庫には、次の表示が掲げられているとのことです。
 『精強 71空 訓練に泣き、実働で笑おう』
 そして過去の救助実績は、出動約950回、救助約940人とのことです。
  (資料:海上自衛隊HP、6月28日放送のフジテレビ特ダネ)

 この海上自衛隊員の自らの命を賭して救援に当たった使命感、海保を含めた組織とその任務にあたる人たちの使命感は、国民の誇りであり心から敬意を表したいと思います。。

 22日未明、都内で開かれた記者会見で、辛坊さんは、声を詰まらせながら救助した海上自衛隊や海上保安庁への感謝の言葉を繰り返し、次のように述べました。
 「海上自衛隊の第1便の水上艇が来てくれるという連絡をもらったが、私の基本的な知識では3メートルを超えると、水上艇は着水できないというのがあった。窓を開けてみたら確実に3メートルをこえていたので、これはもしかして無理かもしれないと思った。夕方になってもう少し波が穏やかになると予測し、その後、もう一度救助に来てくれたと思うが、結果的に波は相変わらず高かった。普通のパイロットだったら降りないと思う、あの海には。救助してくれた方々は『こんな海でレスキュー活動したことがない。訓練でもしたことがない』とおっしゃった。本当にたった2人の命を救うため、11人の海自の皆さんが犠牲になるかもしれないというのに着水してくれた。僕は本当にね、ああこの素晴らしい国に生まれた。これほどまでにうれしかったことはない。」
  http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/130622/dst13062212560006-n4.htm

 国家の責務として、国防と共に国民の生命・財産・安全を守ることが挙げられます。この度は2人の遭難者に対して、国家機能を動員して救助に当たりました。経費の問題ではありません。それは責務だからです。そして辛坊さんらは、救出されました。拉致問題も同じです。国家機能を総動員して救助に当たらなければならない。

 辛坊さんは「ああこの素晴らしい国に生まれた。これほどまでにうれしかったことはない。」と言いました。是非辛坊さんには、『この素晴らしい国』のために、元々凡にあらずの人ですから、その力を発揮して頂きたいと思います。

以上
(うまし太郎)
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未分類 | コメント:(1) | トラックバック:(0) | 2013/07/05 11:38
コメント:
愛国者が嫌いだった?辛坊さん良かったね
故中川昭一元財務大臣の死後、死者に鞭打つようにTVで罵声を投げかけた辛坊さん。生きている意味を今一度考えよう。

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