もう一つの平和宣言

 平成25年8月6日、広島は68回目の原爆の日を迎えました。松井一実広島市長は平和宣言で、歴代市長では初めて、北朝鮮の核問題に言及しました。今までの秋葉市長時代は、我が国を取り巻く核の脅威には一切触れず、むしろアメリカの「核の傘からの離脱」を求めたるする内容で、まるで現実性がありませんでした。松井市長はやっと、我が国が直面する最大の核脅威に言及したのです。

 また安倍首相は挨拶で、「私達日本人は唯一の被爆国民として、その非道を伝え続ける務めがある」と述べました。これも初めて、「非道」と言う言葉で、原爆投下について非難しました。式典にはルース駐日米大使も参列しており、歴史問題でやんわりとアメリカを牽制したと言えます。(産経、阿比留氏)

 なお、朝日、読売、NHKなどは北朝鮮の核への言及、「非道な原爆投下」については、何も触れていません。

 平成22年、広島の被爆者有志で「平和と安全を求める被爆者たちの会」が結成されました。設立趣意書によれば、国際環境の現実を直視した活動をを指向するとのことです。多分原爆慰霊碑にある「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませぬから」の主語が、「過った戦争をした私達日本人」であるかのような広島の言語空間に、異議を唱えたのかも知れません。
 
 その活動として、平成24年8月6日には、日下公人氏、田母神俊雄氏、この8月6日には、森本敏氏、佐藤正久氏を招いた講演会を開催しています。
   http://heigokai.blog.fc2.com/blog-entry-489.html

 この同日に「平和と安全を求める被爆者たちの会」は、「平成25年、私達の平和宣言」を発表しました。現実を直視したまた我が国の国柄を踏まえた大変説得力のあるものです。市の平和宣言がいつかはこのようなものになることを期待したいものです。

 以下、紹介させていただきます。
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《平成25年私たちの平和宣言》
 あの日から68年。その時眼前に広がったものは、人類がかって経験したことはおろか、想像だに及ばないこの世の外ほかの情景でした。情景の醜悪さは、同じ力で反撃される怖れなく原爆を投下した側の醜悪さです。地上には、筆舌に尽くしがたい破壊の惨状を眼前にしながらも、明日の復興に向い、渾身の力を振絞って生きぬかれた皆様の姿がありました。その姿を想うとき、私達は寂として声もなく、ただ心を打たれるばかりです。

 我が国では、戦乱や災害に遭っても人々は暴動や犯罪に走ることなく、助け合い、死者を弔って困難を克服してきました。
 東日本大震災で世界の称賛を浴びた我が同胞の矜持は、皆様から脈々と受け継がれた魂の発露です。
 原爆投下のわずか三日後に、決死の覚悟で広電を運行させた「広島電鉄家政女学校」の若き乙女達の姿は、受難者達を悼み、原爆瓦礫に手ずから格闘する人々に、限りない勇気を与えたことでしょう。空前の惨状にも挫けなかった精神は、原爆を凌駕がしました。私達は、その皆様、すなわち私達の祖父母、父母、家族、友人達に慈しみ育くんで頂いたお蔭で、今日ここに立っています。

 そして現在、私達は新たな困難に直面しています。
 北朝鮮は、今年3度目の核実験を強行しました。そして、我が国全体を射程に収める核ミサイルを配備し、遂には我が国の都市名を挙げて核攻撃の意図を露わにしています。私達が三度目の大虐殺を受ける恐れが現実的なものになりました。
 中国は、その北朝鮮を国連で擁護し、南シナ海を制覇し、侵攻の触手を尖閣諸島から沖縄にまで伸ばして、我が国に対する挑発を繰り返しています。
 韓国は北への備えを名目にして、我が国を攻撃できる射程千Kmのミサイルを配備しました。そして虚構の歴史を弄び、我が国への敵意ある宣伝を世界で繰り広げています。
 さらに、北アフリカから中東一帯の動乱、イランの核兵器保有への動き、アフガンの内戦と、世界秩序は危険に晒され、諸国からの平和維持部隊は数少なく、平和回復の兆しすらありません。
 国連はますますその機能を失い、力だけを信奉して利益を得んとする幾つかの国は、この変乱の中で身勝手な口舌を弄ろうし、私達の祖国を蚕食しようとしています。

 私達は、このような他国を蹂躙し抑圧することで己が利益を得んとする国々のエゴイズムに対して、敢然と立ち向かわなければなりません。

 しかし、私達の努力を敵視し妨害するものがあります。それは「平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会(が存在し)、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼(すれば)われらの生存と安全(が保持できる)」という迷妄です。これは、我が国の敗戦後に占領者が植え付けた、未だ見ぬ物の怪の世界観に他なりません。これに幻惑された、あるいは確信的な我が国特有の奇怪な「平和主義」者達は、熱心に原爆の悲惨さを強調し、私達が本来持つべき自立自尊の精神に基づく真の平和をねじ曲げ、皆様の崇高な魂を覆い続けて来たのです。

 彼らは、北朝鮮には一編の抗議声明を出しただけで後は静かでした。彼らは中国の侵略的な挑発には反応せず、我が国が防衛体制を整えることを危険視します。彼らは「核兵器を廃絶すれば平和になる」と言いますが、核兵器以前にこそ大きな戦争のあったことを語りません。
 彼らは「戦争になったら山に逃げる」と答える児童生徒を称えますが、辺境の山奥で生き延びる覚悟も方法も示しません。反対に彼らは「殺すより殺される方を選ぶ」と唱えて死ぬことを称賛するまでになりました。
 平和とは、国家の自由と独立を保持し、国民の生命と財産を守る力を基礎にして築かれるものです。だから、理性を弁わきまえた諸国は自国の自由と独立を防衛するために、憲法で国民に「国防の義務」を求めています。我が国の奇怪な「平和主義」は、平和の基礎を破壊するものでしかありません。

 私達と皆様は、今や幽明境いを異にするまでの時を経ましたが、私達は「刀をくれ、やっつけてやる」「兵隊さん仇きをとって下さい」などの数々の末期の言葉に顕われた皆様の怒りや憎悪を胸に刻み、皆様の秩序整然とした不屈の魂を我が誇りとし、我が心に満たします。そして私達は、銃もて戦う勇者の歴史にも学びます。

 第一次大戦では、進撃するドイツ軍に対してルクセンブルクは一枚の協定書を読み上げて抗議しましたが、国土は瞬時に蹂躙されました。
 先の大戦では、ナチスに侵攻を企てられたスイスでは、数十万人のスイス軍兵士が動員され、「スイス人の血と肉を出来るだけ高く、ナチスに売りつける」との総司令官の言葉に応えて、塹壕に潜み、全滅するまで戦う気概を示しました。長大な戦車柵と無数の地雷も備えました。このスイスの構えと備えこそが、ナチスの侵攻を未然に防いだのです。
 中立国フィンランドには突如ソ連の大軍が攻め込みました。フィンランド軍は寡兵をもって大部隊を殲滅させる戦果を挙げ、ソ連軍を損耗させ進撃を停滞させました。フィンランドはこの勇猛ゆうもう果敢さの故に、戦後も独立を維持できたのです。

 スイスの構と備え、フィンランドの奮闘、そしてルクセンブルクの敗北こそが、私達に平和の何たるかを教えています。それは、力無き理性と暴力が対峙したとき、理性の側が敗北すること。理性に力が備ったときに初めて暴力の側に理性を呼び起こすこと。そして、暴力にはそれと同じ力で反撃できるだけの力を備えなければならないことです。
 我が国を犯さんとする国々の持つ力は何か、奇怪な「平和主義」に力を与えている物は何か、それを考えたとき、私達がなすべきことは自ずと明らかです。

 自国を敵視して「平和を愛する諸国民」を盲信する愚かな「平和主義」こそが、我が国同胞の平和と安全への最大の加害者です。彼らは全被爆者の代弁者として発言しますが、それは大きな偽わりです。内輪だけで盛り上がり、何の効果も無い空想の言葉を叫び、自己陶酔と異論の排除に執着し、あの惨状を克服した皆様への感謝と鎮魂を忘れた「ヒロシマの平和」は終わらせなければなりません。

 世界秩序が危険に晒され、変動しつつある現代は、世に常無きものは無いと、我が祖先達が夙に達観していた姿です。そして我が国は、悠久の古代から式年の再生によって変化に立ち向かう力を産み出して来ました。伊勢と出雲の社がまさに再生せんとするこの年、我が国平穏の時代は終わり、私達は新たな覚悟をきめる時が来ました。内なる迷妄うを解き放ち、迫り来る外なる暴力への備えを固め、もって皆様から頂いたこの自由で独立した祖国を、子孫に渡すことが私達の務めです。

 どうか皆様、彼岸の彼方から、あの原爆を乗り越えた不屈の魂を私達に届けて下さい。「過ちを繰り返えさせない」ために。
                        「平和と安全を求める被爆者たちの会」

《紹介終わり》
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(うまし太郎)

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歴史 | コメント:(0) | トラックバック:(0) | 2013/08/08 11:13
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