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興亜観音 ただ静かに佇む

先月、伊豆半島に行った帰りに偶然興亜観音の看板を発見しましたので参拝してきました。
興亜観音

興亜観音は昭和15年(1940年)2月、陸軍大将・松井石根(まつい・いわね)の発願によって、支那事変(日中戦争)での日中両軍の戦没者を”怨親平等”に、等しく、弔慰、供養するために建立されたものです。
右側に日本軍、左側に中国軍戦死者の位牌いはいが平等に並んでおり、天井や壁面には日本画壇を代表する画家の絵が描かれています。
また、境内には昭和35年(1960年)に吉田茂・元総理の筆になる「七士之碑」が建てられ、東京裁判でA級戦犯として殉国刑死した7名の遺骨も葬られています。
さらにB・C級戦犯の殉国刑死者を含め1,068柱の供養碑も建立されています。

興亜観音の横には建立の碑が残されていました。
興亜観音 説明

支那事変は友隣ゆうりん相撃ちて莫大の生命を喪滅す。実に千歳せんざいの悲惨事なり。然しかりと雖いえども、是これ所謂いわゆる東亜民族救済の聖戦たり。惟おもふに此この犠牲たるや身を殺して大慈たいじを布しく無畏むいの勇、慈悲の行、真に興亜の礎いしずえたらんとするする意に出でたるたるものなり。予よ大命を拝して江南こうなんの野やに転戦し、亡うしなふ所の精霊算なし。洵まことに痛惜つうせきの至りに堪へず。茲ここに此等これらの霊を弔とむらふ為に、彼我ひがの戦血に染しみたる江南地方各戦場の土を獲とり、施無畏者せむいしゃ慈眼視衆生じげんをもってしゅじょうをみるの観音菩薩の像を建立こんりゅうし、此の功徳くどくを以もって永く怨親おんしん平等に回向えこうし、諸人しょじんと倶ともに彼かの観音力を念じ、東亜の大光明だいこうみょうを仰あおがん事を祈る。
因ちなみに古島安二氏其他幾多同感の人士じんし併ならびに熱海市各方面の熱心な協力を感謝す。

紀元二千六百年二月
願主 陸軍大将 松井石根


松井大将は若い頃から日支有効論者でしたそうです。
パール判事の日本無罪論にはこのように書かれています。
松井石根は、陸大を卒おえると、みずから志願して中国へ飛び込み、先輩の荒尾精せい(元陸軍大尉)や根津一はじめ(元陸軍少尉)、川上操六(陸軍大将)、明石元二郎(陸軍大将)らの衣鉢いはつを継ぐのだといって、そのまま生涯の大部分を中国の生活に投入した軍人である。
中支派遣軍司令官の任を解かれ、南京入城の凱旋がいせん将軍として東京に帰ったが、将軍は怏々おうおうとして楽しまなかった。
アジアの内乱ともいうべきこの不幸な戦争で斃たおれた日中両国の犠牲者を弔うために、わざわざ人を派して、最大の激戦地である大場鎮の土を取り寄せ、これで一基の観音像を造った。
これを熱海市伊豆山の中腹に祀り「興亜観音」と称し、自ら堂守りとなって、そこに隠棲いんせいした。
終戦の翌年の正月、戦犯という汚名を着せられて、大将はそこからMPに引き立てられていった。
家には文子夫人一人が堂守り生活を続けていた。
施無畏せむいの信仰に悟入した大将の2年余の獄中生活は、誠に淡々たるもので、朝夕の読経は死刑執行のその日まで欠かさなかったそうである。
その夜、大将は天皇陛下万歳の音頭をとり、しっかりした足取りで、13の階段をのぼったそうである。


亜細亜の平和の為に戦った英霊に対し、なんの根拠も無く私念のみで復讐劇を繰り広げたと言われる所謂東京裁判、戦争終結後68年にもなる今であってもその呪縛からは解き放たれていません。
興亜観音の右手には「七士の碑」が建っています。
三ヶ根山へ行かれるまではこちらにおいでなさっていたそうです。
その「七士の碑」に対して爆破事件が昭和46年にありました。
当時、菅直人や千葉麗子のような過激派学生数人が、「七士の碑」や並んでいる供養碑と「興亜観音像」に導火線を仕掛け、爆破を図ったそうです。
「七士の碑」は大きく3つに割れ、細かい石片が飛び散りました。
興亜観音 慰霊碑
その後、有志により修復されました。

現在では宗教法人としての組織にいろいろな私利私欲が出てきたり、外部から人を招いたり、ちょっとした違いで憤り我慢できなかったりと大凡、慰霊碑を管理するものとしての資格を失った者たちにより宗教法人は分裂、現在は三姉妹で管理されているようです。
慰霊の心を忘れ、法律家としての権利権限の話ばかりを行うものや、近隣の土地問題を話すもの、他の宗教法人から送られてきたもの、色々とあったようです。

しかし、私たちは知っています。
ここに戦争に対しきっちりと向き合い、戦争後は敵味方なく慰霊をなさった方がいらっしゃったことを
私たちは知っています。ここに亜細亜のために欧米列強と戦った人が眠っていることを
今もなお呪縛されている私たちはいつか自らの足で立ち上がります。
それまで見守っていてください。
(ブラッキー)

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歴史 | コメント:(0) | トラックバック:(0) | 2013/09/26 06:00
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