神宮式年遷宮祭 遷御の儀

先週、伊勢神宮の式年遷宮の遷御の儀が執り行われたのはみなさんご承知のことだと思います。
20年に一度、お伊勢さんにて行われる遷宮の最終儀式『遷御の儀』無理だと思いますが、参加したかったです。
おそばに行きたかったです。なんで仕事なのでしょうか???

以下、参加された仲間のfbより転載します。

神宮式年遷宮祭 遷御の儀
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 午後から伊勢神宮内宮での式年遷宮祭「遷御の儀」に参拝しました。伊勢に行く列車の中で、ジャーナリストの櫻井よしこさんとお会いしました。久しぶりの再会で、国政復帰を大変喜んで頂きました。
 宇治山田駅に降り立つと人だかりができており、安倍総理が丁寧に一人一人握手して回ります。駅から内宮までのバスの中には、麻生太郎財務大臣、古屋圭司国務大臣、下村博文文部科学大臣、田村憲久厚生労働大臣、稲田朋美国務大臣らと一緒です。

 私たち若手議員...5名は、別途神楽殿控室で待機です。午後5時過ぎに本殿前の参拝会場に移り、祭祀の開始を待ちます。御正殿の階段前には、3千人以上が静かに着席しています。

 風がそよぎ、木々の間から星空を見ていて、ふと思い出しました。前回の式年遷宮は20年前の平成5年(1993年)であり、安倍総理が初当選し、私も32歳で最初の国政選挙に挑戦した年であったことを。その時の総理は細川護熙氏でした。それから今日までの20年は、日本にとって政治は混迷し、経済は低迷して、大変な年月でした。

 暗がりの中を、安倍総理以下各大臣はじめ特別参拝者が前を通って、階段を上っていきます。ほどなく秋篠宮殿下もお通りになられました。

 午後6時に3つの太鼓の音が合図となって、奉仕諸員が内宮斎館前庭から御正宮へと進みます。勅使の御列、神宮祭主、大宮司、小宮司以下百数十人が、松明の明かりに照らされて参道を進みます。正殿から神殿に続く参道には、神宮様式で屋根が造られています。
 第二鳥居において勅使以下が対揖(たいゆう=相対すること)して修祓(しゅばつ)がなされ、太玉串(ふとたまぐし=大きい玉串)行事を行い、御垣内(みかきうち)に入られます。勅使が御祭文(ごさいもん)を奏上して、御正殿が開扉され、列を整えるべく名前を告げる召立(めしたて)が行われます。午後8時、鶏鳴(けいめい)三声「カケコー・カケコー・カケコー」を合図に、神儀が絹垣(きんがい=絹の布で囲いをつくること)の内に入られ、勅使を先頭に出御(しゅつぎょ)します。境内の明かりはすべて消されました。正宮から新宮への通り道には、ござと白布が敷かれています。その上を神儀が渡られます。雅楽が奏でられて、厳粛のうちに進みます。これは20年に一度しか演奏しない秘曲だと言います。新宮に入御(にゅうぎょ)されて、閉扉されて、勅使が御祭文を奏上され、八度拝(奉拝八度拍手両端)という伊勢神宮だけの拝礼を行って退出となります。新宮を退出して後、荒祭宮を遥拝し、すべて終了となります。荒祭宮とは、神儀が別の姿となって人々の願いを聞いて頂ける場所です。個人の願い事はここでします。すべてが終わったのは、午後10時を回っていました。
 
 1300年前から行われ、今回で62回目を迎える神宮式年遷宮祭のクライマックス、遷御の儀に参拝できたことは、大変意義あるものでした。改めて神話の時代から現代に続く、世界「最古」「最長」「唯一」の国家である我が日本を実感することができました。麻生副総理の著書名ではありませんが、「とてつもない日本」「日本の底力」を感じました。これから20年、先人から引き継いだ祖国を担い、守り、発展させていくべく全力を尽くしたいと心の底から思いました。20年後の式年遷宮に参拝して、しっかりと報告ができるようにしたいと決意を新たにしました。


以上、赤池先生からの転載でした。
羨ましいです。私も行きたかったです。
20年後には還暦まじか・・・行けるといいですね。
また、11月の三連休にはお伊勢さんに行きたいですね。

しかし、そのような中全く国の成り立ちを理解していないにもかかわらず上からの目線でものをいうものたちがいます。
首相、式年遷宮の儀式出席 官房長官「私人として参列」
このようなことに対して私人、公人という区別は必要ありません。
『日本人として参拝しています』この一言で結構です。
日本の歴史において伊勢神宮並びに全国の神社、寺院はすべからず影響を与えている存在です。
奈良や鎌倉の大仏は如何でしょうか?
出雲大社は、霧島神宮は、東北の奥の院と言われている塩竈神社は、明治神宮は、八ヶ岳神社は、日光東照宮は・・・
神道は宗教なのでしょうか?
日本において宗教とはどのような意味を持っているのでしょうか?
世界的には日本という国は宗教の墓場と言われております。
どのような強力な宗教観が入ってきても日本流にアレンジしてしまう、厳格な教えが通じない、戒律がなさすぎる、差別がない、戒律を気にしていたら美味しいものが食べれない!
まあ、いろいろな話を聞きますね。

いろいろな歴史はありましたが一度も壊されずにここまで続いてきた日本の歴史を報道機関は知るべきではないでしょうか?
あまりにも物を知ら無さ過ぎます。
もっと勉強してきて欲しいですね。
(ブラッキー)

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歴史 | コメント:(0) | トラックバック:(0) | 2013/10/08 06:00
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