TPPの本質は経済観の差

本日(10月14日)の産経新聞に、京都大学佐伯啓思教授が「TPP本質は経済観の差」と題した文章を寄稿していました。TPPの問題の本質については、三橋貴明さんらが以前から警鐘を鳴らしていましたが、今回の佐伯先生の寄稿は、大変分かり易く問題の本質を指摘しているように思います。佐伯先生は、この本質を理解しないと日本は「取り返しのつかないことになりかねない」と言っています。

 大変共鳴するところであり、全文紹介旁々、先生の文章を図式化してみましたので、ご覧下さい。

131014TPPの本質

《佐伯先生の寄稿文章》
 私は若いころ主として経済学を学んでいたが、そのころからどうも譲り渡すことのできない信念というべき経済観があった。それは次のようなものだ。

 確かに自由な市場競争は社会主義の計画経済よりは優れている。しかし、市場競争そのものは市場原理にのらない「社会」の安定性によって支えられなければならない。それが崩れてしまえば、市場経済それ自体が壊されてしまう、ということだ。

 ところで、社会の安定性を確保するものは何か。まず人々の社会生活の安定がある。そのためには、医療、福祉、地域の安定が必要だろう。防災も必要となる。質のよい労働力の確保も必要となり、そのためには教育は重要な意味をもつ。また、社会秩序の確保のためには、人々の倫理観や道徳的精神もなければならないが、それは、その国の文化や伝統・習慣と不可分だろう。また、資源、食糧の自給率の向上も不可欠である。さらにいえば、国民生活の安全確保には、それなりの軍事力を整備しなければならない。

 ところで、上にあげた事項は、市場で提供できるものではない。公共性の高いものであり、そもそも効率性や利益原理で測れるものではない。だが、こうした「社会」の安定があって初めて市場競争はそれなりに機能するのである。そして「社会」の秩序は基本的にその国の文化や習慣のなかで歴史的に作りだされてきたもので、容易に作り替えられるものではない。グローバルスタンダードなどといって標準化できるものでもない。いくら市場競争が効率的だといっても自由な市場競争に委ねるわけにはいかないのだ。

 日本のTPPへの交渉参加が決まり、ルール作りの交渉が続いている。もちろん国によって経済構造が違い、得意分野が違うからこそルール作りが必要だということはできるだろうし、交渉によって各国の利益が実現できる、といういい方もできるだろう。しかし、TPPがあくまで域内という限定内ではあるものの、徹底した自由化と市場競争化を目指していることを忘れてはならない。ルール作りもあらゆる経済活動を原則、自由な市場競争にさらすという方向でのルール作りなのである。

 医療、教育から資源、知識(知的資源)、環境への権利まで市場取引に委ね、基本的にあらゆるものを市場化しようというのが、アメリカの経済観である。ここでいう「社会」の安定に関わるものまで、効率性と生産性という市場競争の原則に委ねようというのだ。この経済観は、個人主義や能力主義、成果主義、そして、すべてを客観的な数値で示すことで普遍性を確保できる、という価値観に基づいている。そしてこの価値観こそはまさしくアメリカ文化の中枢なのである。

 だから、TPPにかかわる日米交渉も、その本質は、日米の経済観の相違、その背後にある文化や価値観の相違からくるものである。利害の調整という外観に踊らされて、経済観の対決という面を理解しないと、取り返しのつかないことになりかねない。

以上紹介終わり

(うまし太郎)

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国防 | コメント:(1) | トラックバック:(0) | 2013/10/14 18:57
コメント:
No title
 まさにその通りだと思います。またアメリカの経済観と一括りに論じられますが、実はアメリカでもTPPは賛否両論であり、特に強硬に推進しているのは国際金融資本であると言われています。オバマ大統領自体、国際金融資本の圧力に屈した軟弱大統領のような印象です。しかし我が国はTPPの交渉に、官僚が前面に出ている上に、内閣に対する経過報告も制限があると聞きます。そして妥結してから国民に知らせるといいます。
 さらにこれは条約であるから、批准がされなければ発効しないはずですが、交渉に入ったら脱退が許されないと以前に問題になりました。なにしろ国民ばかりか議員にすら秘密だという胡散臭いしろもの、マスコミが信用できない今、誰を信じればよいのか・・・?

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