李登輝友の会 台湾語勉強会に出席してきました。

先日、李登輝友の会主催の台湾語の歴史についての勉強会に出席してきました。
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最初に10月25日が台湾にとって重要な日であることの説明があり、資料を頂きました。
一つ目は1945年10月25日、台北公会堂における日本が連合国へ台湾を引き渡す調印式の写真です。
URLは見つかりませんでしたが資料の写真では日本が降伏して台湾を引き渡したのは中華民国、ソビエト連邦、アメリカ、イギリス四か国の国旗が掲げてあります。
日本は中共(中華人民共和国)と戦争にて戦っていません。中華民国:現在の台湾と戦ったのです。

もう一枚は1971年10月25日の国連決議です。
この国連決議では蒋介石一派を連合国から追放させるとなっています。
決して台湾が自ら脱退したわけではないようです。
中国国民党の一派を国連から脱退させたということで台湾が国連から
外されたという見方が出来ます。

アルバニア決議を見てもらえればわかりますね。
その決議を踏まえた国会答弁が残っていますので参照してください。
光復記念日も巧妙に作られた言葉です。
日本が行った統治を植民地支配とするために造られた言葉であり、
光復⇔降伏が全く同じ発音です。これで元日本人が降伏の日と言って悔しがっている事と
光復の日と言って祝っている人が混同し、メディアが光復の日ということで支配からの解放
を印象付けることが出来るようになります。
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台湾の状況ですが、日本ではメディアを通して台湾の情報を得ている為、きちんと伝わっていません。
日本のマスコミは台湾のマスコミが報道している事を流すことしかできていません。自ら情報を取りに行っても
きちんと情報の取れるルートがないのでとらえ切れていません。
しかもマスコミは国民党が握っている為、国民党に不利な情報は入ってこないでしょう。

最近の台湾の話で日治か日拠かという論争がありました。
これは日本が統治していた時代をどのように表現するか?という問題であり
国民党の独裁政権時には日拠と表現されていました。
しかし、それは間違いであったということで李登輝政権や民進党政権では日治と呼ぶようになっていました。
しかし、馬政権で政府として日拠と呼ぶようにと指導があり、それが議論となりました。
実際にどうであったかは皆さんご存知だと思います。台湾が日本統治をどのように呼ぶ事にするかわかりません。

ここ最近の台湾は歴史の後退を続けています。
歴史の後退の定義が難しいと思いますが、
1)馬政権が蒋介石一派が台湾を統治して行った政策を称賛している。
2)2008年に国民党に政権を奪還させてしまった。
この二点に於いては李登輝さんや民進党の統治から後退していると考えてもよいと思います。
実際、最近の行政執行などがおかしくなっています。
法律は変わっていませんが、地方の首長の中で民進党の役員が嫌疑をかけられることが多発しています。
皆に親しまれている人が出世できなくなっています。
現在の台湾は民主主義ではありますが、情報が入り辛くなっています。
これもメディアが抑えられている原因でしょう。

このような話もあります。
李登輝政権から週一回の一コマで台湾語の授業が開始されています。
その事に対して中華民放はこのような記事を書いています。
『中華の文化を殺さないで』
授業で台湾語を教えることが中国語を教えるに当たり悪影響となっています。
その為、中華文化が正しく伝わらずに中華文化を殺すことになっています。
だ、そうです。
冷静な人はわかりますが、台湾では英語の授業が盛んで町のいたるところで英語の塾があります。
あんなに熱心に英語の授業を行っているにもかかわらず台湾語が中華文化を殺すのは意味が分かりません。
と言っているそうです。

ちなみに第二外国語で60%を占めているのが日本語です。
台湾語は台湾現地の言葉でその言葉は愚民が使う言葉だと中共の幹部は思っているそうです。
台湾は日本の統治によって愚民化させられた、それを私達国民党が直しているんだという考えを持っているような気がします。

その事に反発して起こった事件が2・28事件です。
国民党の支配から独立するために本省人が立ち上がった事件がそれなのです。

台湾語の復活→それは台湾の真の独立と同じことなのです。
馬政権は中共と同一の国になろうとしています。台湾の為の政党ではないのです。

何が正しいか?現状はどのようになっているか?現在、台湾で必要なことは何か
台湾に必要なものは自分で選べるようにすること、そして正義を回復することです。
1.国民党は日本から返却された富を独占せずに国民に返せ!
2.台湾人が台湾の歴史を作っていく
3.蒋介石の賛美を行わない事
この三点の正義が必要です。
台湾人が台湾を統治するその根拠は台湾の文化をきちんと理解して評価することが必要です。
台湾を作っている文化は自分のモノであるという考えをきちんと持つこと、これが必要です。
支那は支那!台湾は台湾です。台湾独自のモノを作り出す!独自のものは絶対にあります。その視点を持つ事こそ重要なのです。
台湾語は学ぶ価値のある言葉です。学者などは不要と言いますが彼らはある特定の人間としか接点がありません。
兵役に行った人から聞いてみてください。彼らは言うでしょう。さまざまな地方の人間と話す際に台湾語が非常に重要であることを、
台湾語はいろいろな階層の人々と話すために必要なことを彼らはいうでしょう。

是非、台湾の人は台湾語を勉強して真の台湾人になってほしいです。
そして台湾独自のモノを保ってほしいです。
そのようにいうと客家語の人たちが反発するでしょう。
仕方がないことだと思います。彼らは客家語に誇りを持っているからです。
しかし、台湾語がなくなってしまった時には客家語もなくなってしまうことでしょう。
その為にもまずは台湾語を広めていきましょう
台湾語を知るためには台湾キリスト教会に行ってみてください。
台湾キリスト協会は台湾の歴史を見てきました。
台湾語の教育は政治の問題です。
台湾が今後どのようになるかは台湾語がきちんと復活できるか否かにかかっています。

続いまして、王明徳さんのお子さんであります王明利さんからの講演です。
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父:王明徳先生は台湾独立連盟に所属しておりました。
台湾独立連盟の前身は台湾青年社であり、台湾の幸せを目指して活動を行っておりました。
当初は中華民国からの独立を目指していましたが、国民党一党の独裁政権から民主化を目指す運動へと変わりました。
そして李登輝さんの行った民主化は奇跡であったと思います。
生前、父は李登輝さんを『気持ちの良い人間』と評しておりました。彼のような人間が100人もいれば台湾は幸福な国になっていたとも評しておりました。

父は日本で台湾独立運動を行っていました、それはなぜか?
日本は法治国家であり日本の法律を犯さない限り罰されることはありません。

父が台湾語を広めようと思った時には台湾語の表記方法が確立していませんでした。
台湾人が母国語(台湾語)で発言が出来ればもっと国際的に発言が出来るのではないか?台湾語を話すことが出来ればアイデンテティーをもっと持てるのではないか?
と考えました。
台湾は台湾人のモノです。台湾人の国を作ろう!そのために台湾語の確立をしようと考えました。
その為、日本へ密入国した父は10年間東大にて言語の勉強を行いました。
何故、日本なのか?戦前、戦中、戦後と日本は亜細亜の独立のために学生を受け入れてくれていました。

ちなみに日本へは密入国を行っております。一度台湾から香港に飛び、香港から日本まで密輸船で入国しています。
そして、1953年に警察に自首したところ保証人を二名立ててください、と言われたので倉石先生と小野先生が保証人となってくれました。
そして裁判を経て一年後に特別在住許可を得ることが出来ました。
黄先生が東大に入学した子をきっかけに台湾青年社を設立、父は新聞などでの啓蒙活動を行おうと思っていましたが、中には過激派もいました。
1964年に一度台湾青年社から外れましたが、台湾青年社に所属している人が強制送還されそうになると積極的に働きかけを行っていました。
1970年に台湾独立連盟を結成すると同時に合流し、再度仲間たちと活動を共にしました。
台湾青年社を離れていた時には台湾が台湾人のモノであるという証でもある『台湾の歴史書』の作成や、台湾語の研究、台湾青年社を影から支えていたりしていました。
父の最終的な目標は台湾を独立した、民主主義になった暁には社会福祉国家にしたいとのことです。

今の馬政権は掛け軸のない居間のような存在です。
台湾の総統でありながら台湾の幸せを願っていません。
国家感のない政治家は必要ありません。家族を大切にする人は国も大切にしています。
政府は台湾独立派は危険だと言っていますが、そんなことはありません。台湾の現状は中共寄りになっている為どんどん悪くなっています。
次の選挙では台湾の事を思ってくれる人が総統にならなければ中共に飲み込まれてしまうのではと危惧しております。

歴史にifはないと言われていますが、もし仮に台湾が日本のままであったとしたら1960年代には日本の手によって台湾は独立していたであろうと確信しております。
大東亜戦争前にヨーロッパの植民地支配を受けていた亜細亜諸国は60年代に自主独立を果たしました。
それと同じように日本が台湾の基礎を作って国家を運用できるようにした後に台湾を独立させていたでしょう。
もしそうなれば日本と台湾はもっと親密に経済発展していたことでしょう。
そして、世界の中で日本を中心としたアジア諸国の発言力はもっと高まっていたことでしょう。

以上になります。
日本と台湾、これからどのような関係で生きていけるのでしょうか?
考えられさせます。
(ブラッキー)

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講演会 | コメント:(0) | トラックバック:(0) | 2013/11/11 06:00
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