韓国は本当に嫌われているのでしょうか?

何かと日本に絡んでくる韓国ですが、本当に日本は嫌われているのでしょうか?
又、彼らが言うように韓国は世界で好かれているのでしょうか?

このようなニュースがありました。
一番韓国を嫌ってる国は日本ではなくアノ国だった 日本は意外にも13位
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世界中から韓国がどのように思われているのか? それを調査したBBCの結果が興味深かったので取り上げたいと思う。その内容は各国の人が韓国をポジティブに思っているかネガティブに思っているか回答したもの。要するに好きか嫌いかである。
当然1位は隣国の日本であろうと思いきや意外にも1位は日本ではなかったのである。ではどの国が1位だったのだろうか。韓国を最も嫌っている国はドイツ。では日本はその次くらいかな? と思いきや実は13番目という控えめな嫌韓度に落ち着いた。あれだけ嫌韓デモを行いネットでも批判されている韓国だが、世間は意外にも冷静なようである。嫌韓のランキングは次の通り。
1位:ドイツ
2位:フランス
3位:メキシコ
4位:カナダ
5位:トルコ
5位:イギリス
7位:ブラジル
8位:アメリカ
9位:オーストラリア

13位 日本


韓国を嫌っている国の中で日本は13位だそうです。
韓国は常々日本はドイツを見習えと言っていますが、ドイツは1位ですね。
もっと韓国の事を嫌わなければならないと韓国から言われているようです(笑)
テレビでは韓国ブームが終わったという報道も出てくるようになりました。
NHKの『韓流ブーム終わったか』にファンが「全然」
 11月19日に放送されたNHK総合のニュース解説・教養番組『時論公論』で「韓流ブームは終わったのか?」と題し、日韓関係がテーマに取り上げられた。
 同番組では、韓流ドラマ『冬のソナタ』のブーム以来、訪韓日本人数が増えていたが、韓国の李明博前大統領が竹島を訪問して以来、減少。日本における韓流ドラマのDVD販売数や、韓国映画の配給数も減ったことを説明。非営利組織・言論NPOが行った調査でも韓国に対して好意的な印象を持っている日本人が減少し、最近では東京・大久保などで嫌韓デモが行われていることも報じた。
 このような日韓関係の冷却化について、同番組では日本・韓国の両首脳が未だ会談していないことに触れ、政治家の責任についても言及した。
 この報道にツイッターには「安倍首相を批判。完全に韓国寄りの報道」「公共放送にあるまじき『暴論』を披露」など批判が続出。みんなの党の和田政宗参議院議員も、この報道に対して「びっくり。さも日韓関係の悪化は日本が悪いかのような論調。(中略)これでは、NHKは基本的には中立的であるという私の論拠も改めなくてはなりません」と意見した。
 一方で韓流ファンからも「なに言ってんだ。すっかり定着してんだよ」「全然終わってないよぉ。私は、むしろ高まってる」「NHK 何これ。辛い。 終わってないよ」とブームは終わってないとする声が書き込まれた。

そもそも寒流というブームは始まってもいないのですが、いつ終わったのでしょうか?
韓国の俳優がイケメンという話もありましたが、あのヌメッとした顔が良いというのは気持ち悪いです。
出来る人間の顔というのはもっと決意に満ちていないと真実味がありません。軽薄な感じが好きな人がいるのでしょうか?
軽薄なのはお笑いの人間だけでいいです。

韓国の経済成長の奇跡と呼んでいる漢江の奇跡の立役者と言われている現大統領のお父さんはこのような話を残しています。
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朴正煕名言、逸話考
言うまでもありませんが、当時朝鮮戦争時代の韓国の将兵は日本の兵役についていた方が大多数です。北朝鮮も同じであり同等な教育を受けていた人間が敵味方に分かれて戦っていました。
一部、抜粋します。
 福田赳夫が韓国を訪問した際、酒席において日韓の閣僚たちが日本語で会話をしている最中、韓国側のある高官が過去の日本による植民地統治を批判する旨の発言を始めたところ、彼を宥めたうえでこう語っている。
 「日本の朝鮮統治はそう悪かったと思わない。自分は非常に貧しい農村の子供で学校にも行けなかったのに、日本人が来て義務教育を受けさせない親は罰すると命令したので、親は仕方なしに大事な労働力だった自分を学校に行かせてくれた。すると成績がよかったので、日本人の先生が師範学校に行けと勧めてくれた。さらに軍官学校を経て東京の陸軍士官学校に進学し、首席で卒業することができた。卒業式では日本人を含めた卒業生を代表して答辞を読んだ。日本の教育は割りと公平だったと思うし、日本のやった政治も私は感情的に非難するつもりもない、むしろ私は評価している」(金完燮 日韓「禁断の歴史」p.212 )。

 概要「韓国の朴正煕大統領がこんな話をしてくれました。彼の周囲にいるかつて軍人だったような威勢のいい連中は、 酒に酔ってくると『日本はけしからん』と言いだす。それに対して朴大統領は『まあ、待て』となだめながら自らの歩みを語る。 朴大統領は貧農の出身で、教育を受けたいと思いながら、 とても無理だろうとあきらめていた。 ところが日本がその統治下で義務教育制を敷いたことで、 朴少年も学校に通うことができた。 また満州軍官学校を首席で卒業した彼は、その特典で日本の陸軍士官学校に留学し、卒業します。 日本は朴少年のような存在にそうした機会を与えた。『日本人は名前を変えろとか生意気なこともやったけれど、 私はおおむね彼らは公平にやったと思う』 と朴大統領は述懐していたわけです」(2000年1月4日付産経の「新春正論対談」)。

自筆の中ではこのように記載しています。
 「漢の武帝東方侵略の古朝鮮時代から高句麗、新羅、百済の三国時代、そして新羅の統一時代を経て後百済、後高句麗、新羅の後三国時代、さらに高麗時代から李朝五百年に至る我が五千年の歴史(ウリナラ半万年の歴史)は一言でいって退嬰と粗雑と沈滞の連鎖史であった。
 いつの時代に辺境を超え他を支配したことがあり、どこに海外の文物を広く求めて民族社会の改革を試みたことがあり、統一天下の威勢でもって民族国家の威勢を誇示したことがあり、特有の産業と文化で独自の自主性を発揮したことがあっただろうか。
 いつも強大国に押され、盲目的に外来文化に同化したり、原始的な産業の枠からただの一寸も出られなかった。せいぜい、同胞の相争のため安らかな日がなかっただけで、姑息、怠惰、安逸、日和見主義に示される小児病的な封建社会の一つの縮図に過ぎなかった。今ここでそのように際立った我々の歴史を落ち着いて解剖してみることにしよう。これはあくまでも我々の歴史の過去を回顧し、反省し、批判することによって新しい文化と進歩をなし遂げようとするものである。
 第一にウリナラ(我々)の歴史は始めから終わりまで他人に押され、 それに寄りかかって生きてきた歴史である。古朝鮮時代、漢の武帝の侵略を受け、その封鎖として楽浪、真蕃、臨屯、玄菟の四つの郡を設置されたことから始まって、高句麗、新羅、百済の三国時代にあった隋、唐の漢民族の侵略、唐の支援を受けた新羅の統一と高句麗流民の渤海国創建及びその反目、高麗朝にあった契丹、蒙古、倭冠などの侵入、李朝中葉までの壬辰倭乱、丙子胡乱を経て、その後、日清戦争と前後した三国の干渉を最後に日本の単独侵略により遂に大韓帝国が終幕を告げるまで、 この国の歴史は平安な日がなく、外国勢力の弾圧と征服の反覆のもとに辛うじて生活とはいえない生存を延長してきた。
 ところが、嘆かわしいことは、この長い受難の歴程の中でただの一度も形勢を逆転させ、外へ進み出て国家の実力を示したことがないということである。そして、このような侵略は半島の地域的な運命とか、ウリナラの力不足のため起こったのではなく、ほとんどがウリナラが招き入れたようなものとなっている。また、外圧に対して我々が一致して抵抗したことがなかったわけではないが、 多くの場合、敵と内通したり浮動したりする連中が見受けられるのであった。自らを弱者とみなし他を強大視する卑怯で事大的な思想、この宿弊、この悪い遺産を拒否し抜本せずには自主や発展は期待することはできないであろう。
 第三に、ウリナラは自主、主体意識が不足していた。 我々の波乱多き歴史の陰になって固定されることのなかった文化、政治、社会は遂に「ウリナラのもの」を失い、 代わりに「よそもの」を仰ぎ見るようになり、それに迎合する民族性に陥らせてしまった。 これについては詳しく前で論及したので省略する。我々に残されている「ウリナラのもの」はハングルのほかにはっきりとしたものは何があるか。我々はいち早く、我々の哲学を創造しなければならず、独自の文化の形成に進まねばならない。なぜなら、この哲学や文化は民衆の道標(しるべ)となるからである。
 第四に、経済の向上に少しも創意的な意欲がなかったということである。国民の皆さんがご存知のとおり、 ウリナラが眠っている間に世界各国はいち早く自国の経済向上のため 目覚しい活動を展開していた。 しかし、ウリナラは海外進出は念頭におかず、 せいぜい座ってワラを編んでいただけではなかったか。高麗磁器などがやっと民族文化として残っているのみである。 それも辛うじて貴族の趣味にとどまっているだけであった。 しかし、これも途中から命脈が切れてしまったのだから嘆かわしいことである。経済生活の主となったのは単に農業生産だけである。 「農は天下の大本」であるが、それも食べるための目的がなかったならば、これすら途中から廃止されたかもしれないではないか。我々は、このような経済に対する国民性を根本的に改造する経済至上の観念に立脚できるならば、我々が目標としている強力な民族国家の建設は、単なる空念仏に過ぎると云わざるをえないであろう。自らを弱者とみなし、他を強大国視する卑怯で事大的な思想、この宿弊、 この悪い遺産を拒否し抜本せずには自主や発展は期待することはできないで あろう。
 以上のように我が民族史を考察してみると情けないというほかない。もちろん或る一時代には世宗大王、李忠武公のような万古の聖君、聖雄もいたけれども、全体的に顧みるとただ唖然とするだけで真っ暗になるばかりである。

 我々が真に一大民族の中興を期するなら、まずどんなことがあっても、この歴史を改新しなければならない。このあらゆる悪の倉庫のような我が歴史はむしろ燃やして然るべきである。我々は漠然とした未練やさびれた歴史の年輪だけを誇ることはできない。 大胆な、新しい出発がなければ、我々の発展は最後まで阻害されてしまうからだ。我々は、ほんとに新しい決意がなければならないのである。 百の理論より一つの実践が要望され、楽しい分裂よりも苦しい団結がなければならず、他をくじくことよりも助けることを知り、惜しむことを知らねばならぬ 。聡明で、勤勉で、堅固な意志と新しい整理が要請される。そうしないでは我々の新しい歴史はとうていできないからである。これが当代の使命を担う我々の義務ではないか」( 朴正煕選集2、国家・民族・私、Ⅷ 我々は何をいかにすべきか―五千年の歴史は改新されねばならない (1)退嬰と粗雑と沈滞の連鎖史  P234)。(朴大統領の語る韓国の歴史)


きちんと歴史を見据えてこれから何をしなければならないかをきちんと考察しています。
この姿勢が韓国には必要なのではないでしょうか?

日本は韓国を非難だけできるような立派な国ではありません。
共にきちんと歴史を認識して次代につなげていかなくてはなりません。
日本の歴史教科書も相当偏向していると言われており、昔の偉人たちを紹介してはならないような風潮も見受けられます。それは歴史を知るうえで重要なことです。歴史はその時代その時代の人間たちが作っていくものです。
未来の人間が勝手に作っていくものではありません。
きちんとその国の編成を作っていく、建国についてきちんと教え、その組織体制や戦いの歴史、その結果など余すことなく教えることが重要です。
日本は2700年位ある長い歴史を持つ国です。三年程度ですべてを網羅できる量ではありませんが教えなければ理解していけません。子供のころは物語などでその時の情勢を思い浮かべ大人になったらその時代の書物を読む、昔から一定の言葉が続いている日本であるからこそできる話ではないでしょうか?
昔の文献を読めること、これが日本の最大の利点ではないでしょうか?
そのためにも子供達には本を読んでもらいましょう。
(ブラッキー)

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歴史 | コメント:(0) | トラックバック:(0) | 2013/11/25 06:00
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