韓国にて匠の技が伝わらない件について

古来より職人たちが尊敬されてきた日本と蔑まされてきた朝鮮
この国民性の違いはどこから来たのでしょうか?
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ZAKZAKにてこのような記事がありました。
韓国で匠が育たない理由は「神の職場」を羨む国民性にあり
 韓国の新聞を読んでいると、1年に何回か「神の職場」という表現に出合う。
 「神の職場」と聞いて、日本人はどんなイメージを抱くだろうか。周囲に尋ねてみると、神社や教会のことと思う人もいる。「営業の鬼」とか「会社法の神様」と言われる重役の執務室、あるいは「溶接の神様」などとあがめられる匠が腕を振るう作業場を挙げた人もいた。
 私は、待遇は恵まれていないのに、世のため他人(ひと)のために黙々と仕事をする人々が集まっているような場所を想定してしまう。
 宗教観、職業観、あるいは人生観によって、さまざまなイメージが抱かれるのは当然と思うが、韓国で「神の職場」と言ったら、ほとんど一種類の職場環境しかないようだ。少なくとも、韓国の3大新聞は「神の職場」という名詞を、同じ意味で使っている。
 「韓国電力は年俸が1億ウォン(約957万円)を超す社員が1000人近くおり、依然として《神の職場》といわれるほど給与が高い」(朝鮮日報2011年12月8日)
 これは、頻繁に停電事故を起こす韓国電力の怠慢さを叱った記事だ。
 「国連の職員は世界中の公職者年俸の中で最も高い水準の給与である上、ほとんど定年まで働けるだけでなく、福利厚生も良い。このため一部では国連を《国境のない神の職場》と呼んでいる。…先進国はずさんで不透明な国連(の人事、予算)に対して絶えず改革を要求してきた」(東亜日報13年6月11日)
 「金融監督院は本当にうらやましい《神の職場》だ。…金監院は高年俸と金融機関の生死与奪権を握った独占的な権力、そして天下り人事を通した老後の保障まで、3拍子がそろった機関だ。さらにどんな事故を起こしても退職金まで丸ごともらえるというのだから」(中央日報11年5月31日「社説」)
 「大卒初任給の上位10公企業には金融・教育・エネルギーなどの業種も含まれたが、平均年俸は1位から6位まで金融系公企業が占めた…このため公共機関は大学生の間で《神の職場》を超えて《神も入りにくい職場》と言われている。青年失業者が増えている中、定年が保障され、月給も多く、福祉まで充実」(中央日報11年8月3日)
 つまり、職場挙げて怠慢であり、不正がまかり通り…それでも高給与・厚待遇が得られる職場こそ「神の職場」であり、そこに難関を突破して入れた人間を「神」だと言っているのだ。
 この国に匠が育つはずはない。日韓合弁企業が、うまくいくはずはない。


先日まで東京では東京モーターショウが開催されていました。
このモーターショーでも匠の技は生かされております。そして技術の伝承も目に見る形で展示されていました。
一本松
自工会メンバー各社の若手職人が「希望の一本松」を制作し、お披露目
 レセプション会場では、自工会メンバー14社のトップが自社のイノベーションについて英語でスピーチ。また、一昨年の東日本大震災の際、被害を免れたことで知られる「奇跡の一本松」をモチーフに自工会メンバー各社の若手職人の手によって共同制作された鋼板製10分の1のレプリカ「希望の一本松」がお披露目され、「技術者の匠の技を結集したもので、日本の自動車産業の象徴としたい」と豊田・自工会会長は述べた。
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誇らしげな顔です。この制作の過程をNHKの報道でみました。考えながら且つ先輩からのアドバイスをもらいながら苦悩して、間違いながら作成していました。
これがいずれ匠の技となると私は思います。
完成する製品に対して匠の技が使われる場所は少ないかもしれません。しかし、日本には昔より匠の技、手の味わいという言葉があります。現在、コンピュータは人間の手によって作られる製品よりもより精密なものを作ることが出来ます。
顕微鏡の解像度はとっくの昔に可視光の解像度を超えています。
しかし、人間の手でしか作れないものがあることも事実です。
公に表彰されることはないかもしれません、しかし縁の下の力持ちがこの匠の技術を作り、日本の技術力を支えているのはご存知の通り事実です。人の喜びは、自分が成長することと人から尊重される事!このように話す人もいらっしゃいます。
『自分のためだけではなく他の人に役に立つ仕事がしたい』このように考える人も多いです。

東日本大震災の折、各社インフラ会社は自らの力を総動員して初期の復興を行いました。
高速道路は一週間で通れるようにされ、櫛の歯のようにそれを起点に海岸部まで復興のための大動脈を作りました。
空港は米軍により発着できるようになり物資の輸送を行い、港では貨物船にて物資が送り込まれました。
鉄道でも新潟経由でガソリンの大量輸送が行われました。


 機関車8両、貨車108両、コンテナ約1500個…。震災によってJR貨物は多くの資産を失った。宮城・石巻など荷物を集積する臨海部の駅は津波の直撃で使用不能に。損失は甚大だ。
 大地震直後。対応に追われるなか、小林正明社長のもとに国土交通省や経済産業省の幹部などから、ひっきりなしに催促の連絡がかかった。

 「東北への石油輸送を早く始めてくれ」

 大地震発生から数日後、被災地を中心に深刻な燃料不足が襲った。警察、消防まで活動を制限される非常事態。タンカーより速く、タンクローリーより大量に運べる貨物列車が注目され、小林社長は救援列車の運行を決断した。
 ただ、問題があった。
 「貨車、機関車、乗務員の手配がピタリと合わなければ列車は運行できない。石油専用列車は通常の運行距離は20~200キロ程度。1000キロ以上も大量の石油製品を毎日運び続けた経験は、鉄道130年の歴史になかった。運行実現にこぎつけるまで、司令室の社員を中心に連日の徹夜で作業にあたった」
 3月18日、横浜市の根岸駅から岩手県の盛岡貨物ターミナル駅に向け、タンク貨車18両の石油列車が発車した。最短ルートの東北本線は地震で多くの区間が不通となっていたため、日本海沿岸を北上。青森から盛岡へと回り込むルートで19日、第1便が盛岡に到着した。21日から1日2本に増強され、北東北への輸送は一段落した。
 次は南東北だ。ところが備蓄タンクのある福島・郡山へはすべての路線が断たれていた。そこでJR東日本は磐越西線の復旧に全力をあげてルートを確保。磐越西線は一部区間の傾斜がきついため、普段は貨物列車が通らない。そこで、根岸駅を20両のタンク貨車で出発した列車を、新潟で10両ずつに分割。ディーゼル機関車を2両連ねて引っ張る離れ業で、郡山に石油製品を運んだ。
 今月17日、郡山まで東北本線が開通したため、磐越西線経由の列車は16日で終了した。17日から郡山行きは宇都宮経由で毎日4本に増強。21日には東北本線が全線復旧する予定で、日本海沿岸回りも東北本線経由に切り替えられる見通しだ。
 小林社長は「ガソリンや軽油の供給が安定するまで運行を続ける」とし、こう語った。
 「第1便が到着したときには地元でバンザイの声が上がったそうだ。われわれも“レスキュー隊”としての面目が果たせた。鉄道は頑張ればこんなことができるという、鉄道マンの魂、底力を示せたのではないか」 (久保木善浩)


東日本大震災 貨物が見せた「鉄道マンの底力
東日本大震災時、道路や交通機関が軒並み被害を受けた被災地では深刻な燃料不足に見舞­われた。そのとき被災者の生活、救助活動や救援物資の輸送を確保するため、ある会社が­立ち上がった。JR荷物と時には揶揄されることもあったJR貨物だった。JR貨物はJ­R東日本を中心に結集したJR各社、関連する多くの会社に支えられ不眠不休で復旧・緊­急石油列車運行に全力を注いだ。
「縁の下の力持ち」の言葉通り、表に立つことなく仕事を黙々とこなして、その後の復興­の足掛かりにつなげた人々がいたことを紹介したいと思います。

各鉄道の状況
このような仕事に誇りを持ち、他人に尊敬されるような仕事の環境が価値観が韓国にはないのかもしれません。
逆に日本はそのような仕事に対して尊敬の念を持たずにはいられないということでしょうね。
町工場のような小さな仕事であってもほかの人の役に立っている、自分はこれで人に役立つものを作っている。
この考えが日本の技術力を高めている、使い人のことまで考えているモノづくりの根本を支えているのではないでしょうか?
(ブラッキー)

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技術 | コメント:(0) | トラックバック:(0) | 2013/12/05 06:00
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