村田春樹先生の講演『知らぜざる皇室の秘密』


先日、村田春樹先生の講演を受けに伺いました。
その会に先立ち中臺さんより開会に先立ち挨拶があり、
その中で反天連への怒り、そして病気のリハベリの時に村田春樹先生の
朝日新聞への街宣活動の動画を見てこの活動を行うきっかけになったとの話がありました。

来賓あいさつの中では櫻井さんの挨拶が一番印象的で
その国を滅ぼすには記憶を失わせ、国の記憶を失わせ、新しい歴史を押し付ける
この事は今の日本そのものではないでしょうか?
今の教育ではこのことが行われています。
大君(おおきみ)をだいおうと読ませたり、大和朝廷を政権と呼ばせたりと違和感を覚える教育がなされています。
現代史も大切ですが、古代史の言葉もきちんと教えていかないといけません。

さて、講演に入る前に永井さんから村田先生の姿勢について話がありました。
曖昧なことは言ってはいけない、いわない。一歩でも前に進んで行き、歩むことをやめない方です。

この姿勢がいろいろ話でもきちんと反論できる土壌なのでしょうね。
村田さん

村田春樹先生の講演内容です。
昭和64年1月7日のお昼過ぎに反天連がまずはじめに行った事は天皇制反対の集会です。
頭に来ますね。
今年の3月11日にも天皇制反対のデモ行進を行うそうです。どこの人間なのでしょね。

彼ら反日勢力は決して帰化人という言葉は使用しません。
良く教科書に渡来人という言い方がありますがあれは間違いです。
渡来人ではなく帰化人でなくてはなりません。
渡来人とはわたってきた人間という意味だそうですが、その当時大和朝廷に帰順した人であるので帰化人ときちんと呼ばなければなりません。

今こそ聞けない皇室研究会は私たちのような保守論者たちが意外と皇室について知らないことを踏まえてわかっているかもしれないですが、
もう一度学びましょうと思って作りました。ほとんどの人が意外と皇室について知らないのです。
知っている人もいるかもしれませんが皇室には御の言葉を上につけません。
宮内庁が出している写真集は『御皇室写真集』とは言いませんよね、『皇室御写真集』です。
それ以外にも上に言葉を付けてはならない言葉はたくさんあります。
皇、天、玉、聖、勅、詔、叡、帝にも付けてはなりません。
もし文の中で使用する際には一文字開けるか、開業して上に何もつかないように書きます。
これが文字を書く際の作法です。
この事は皇室辞典という本に書かれてあります。

昭和64年1月7日に昭和天皇が崩御なされました。
平成元年1月8日から新しく平成となりましたが、いつから昭和天皇は昭和天皇になったのでしょうか?
1月7日~30日までは大行天皇と呼ばれ、31日から昭和天皇となられました。

31日に今上天皇が追号、諡(おくりな)、諱(いみな)として送られました。
その時から昭和天皇となられました。

3.日本の国号について
日本国はどのように表せられるのかご存知でしょうか?
日本、日本国、日本帝国、大日本帝国、
さまざまな呼ばれ方をされておりました。
日露戦争の回線の時には大日本帝国と呼んでいたり
日独戦争の折では日本帝国
あまり気にしていなかったそうです。
昭和10年には大日本帝国に決定されましたが、大東亜戦争の折アメリカへの戦線布告では日本帝国と読んでおりました。
最終的に決定したのは国会答弁の折の回答のみでありそれ以降は日本国にて統一されております。
今上天皇に於かれましても明治時代では『天子様』や『帝』とお呼びになられていたそうです。
又、現在のように皇記と呼んでいたのは若者くらいで普通は紀元何年と呼んでいたそうです。

4、三種の神器について
三種の神器、八咫鏡(ヤタノカガミ)、天叢雲剣(アメノムラクモノツルギ、アマノムラクモノツルギ) 八尺瓊勾玉(ヤサカニノマガタマ).についてですが、
八咫鏡は伊勢神宮の御神体でありその形代が皇居に鎮座されております。
天叢雲剣も同様に熱田神宮の御神体であり、その形代が皇居に鎮座されております。
八尺瓊勾玉は元々皇居にあり、皇居には三種の神器すべてお納めされており、この三種の神器があることが正統なる天皇の根拠にもされております。
昭和天皇が亡くなられた際にも剣璽渡御の儀がすぐに執り行われました。

さて、この三種の神器ですが現在誰が守っているのでしょうか?
伊勢神宮や熱田神宮では神主と警備員ですよね。皇居では皇居警察二三人が巡回警備をしているだけですよね。
それで良いのでしょうか?
熱田神宮の天叢雲剣は一度朝鮮人の道鏡に盗まれましたよね。神剣が戻ってきた経緯はさすが日本というべきことですが、
盗んだ道鏡が乗った船が嵐に巻き込まれて港に戻ってきたときに取り戻したそうです。
盗まれたことを忘れない為にも熱田神宮の北門は今でもその当時から開かずの門となっています。

戦前では一個師団が警備に詰めておりました。今からでもやるべきだと思います。
そして陛下が一泊以上の移動をなされる際には必ず持ち歩いておりました。これも復活すべしと思います。
S49年の伊勢神宮へ行かれた際には持っていかれました。
今回の伊勢神宮へ参拝なされる際にも剣璽御動座されるそうです。(http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140306-00000580-san-soci)

氏、姓名のはなし
皇室には苗字はありません。
しかし他の王朝には苗字があります。
過去にはハンブルグ王朝など王室の名称が変わることに国も変わってきました。
しかし、日本には今までそのようなことはありませんでした。
今まで易姓革命の際に危機になったくらいです。
宮家は苗字ではありません、敬宮は御称号なのです。

陛下のお年を数える際に生誕何歳とは言いませんよね。
普通に宝算数えて幾年と表されます。

さて、天皇に定年はありません。これは何故でしょうか?
日本の歴史において今まで天皇を譲位された陛下が名乗られる称号として大上天皇=上皇として権力を誇ったり
政治利用されたりといろいろな歴史が存在しております。
そこで明治の時代にそのようなことが二度と発生しないようにお決めになり、現在は定年というものは存在しません。
今まで譲位なされた方は59代おられます。約三分の一以上の方が譲位されているのです。

よく男系、女系天皇の話を勘違いされている方がいらっしゃいます。
男系、女系という言い方がわかりにくくしております。ここは父系、母系と言えば分りやすいですね。
要は天皇の子孫が必ず天皇になるということだけです。このことには女性、男性は関係ありません。
父親をたどっていけばいつかは天皇になるというだけのことです。
某田中学とかいう作家が女系天皇は中共の真似だということを話すそうですが、世界的に見て男系以外の王朝がありましたか?
歴史的な必然から男系が正式な王朝として認知されているのです。
また天照大神は女性だから女系が正しいと世迷言を話している人間がいるそうですが、神話をきちんと見てください。
素戔嗚と天照大神が協力して子供を作っています。そういうことなのです。
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私には夢があります。
悠仁殿下が即位されるまで私は生きていないでしょう。
悠仁殿下が成人なったその年の正月の一般参賀に参加し、お出ましとなる皇室のお名前をお呼びになられる際に
敬宮 愛子内親王より先に悠仁親王が御呼ばれされるはずです。
その光景を見て、万歳を行い私はあの世に行きたいと思います。

以上、間違いがあるかもしれませんがよろしくお願いします。
私も知っているようで全く知らなかったことがたくさんあります。
村田さんは自治基本条例に反対する会というものを立ち上げておりその本を出版しております。

日本乗っ取りはまず地方から!
大変為になる本と伺っております。
みなさんも一度は読んで見てください。

以上、宜しくお願いします。
(ブラッキー)

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未分類 | コメント:(6) | トラックバック:(0) | 2014/04/03 06:00
コメント:
No title
日本固有文字オシテを研究して著書もある方です
ブログhttp://wosi.cocolog-nifty.com/blog/
でも発表なさっています
ぜひ、ご覧になってみてください

これで判明したことが沢山有るのですよ
例えば アマテルカミ(アマテラスではないのです)は
当然男性です。お名前は アマテル ワカヒトであった
こと
今で云う三種の神器の読み方は みくさたから といわれていたこと
そのほか、古代日本 縄文時代からの やまとことは が
少しづつ解明されてきて 楽しい
Re: No title
ありがとうございます。
さっそく確認してみます。
Re: 村田先生のお写真
問題ありませんよ。
ぜひ使ってください。宜しくお願いします。
ありがとうございます!
村田先生のお写真の件
遅れましたが、この様に使わせていただきました。

http://twitpic.com/e59lzw

場所柄、潰されると全ての努力が水泡に帰してしまうので、あまり宣伝告知できませんで歯がゆいかったのですが、もう平気だと思うのでコソコソ告知しはじめました。

本当に助かりました。ありがとうございました。


Re: 村田先生のお写真の件
(笑)
私も当日手伝いに行きますよ。
宜しくお願いします。

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