福島第一原発事故検証報告書

去る7月5日に、福島第一原発事故検証に関する国会の最終報告書が、引き続いて7月23日、政府の最終報告書が提出されました。当事者の東京電力はその前の6月20日に提出しています。また、民間からは、一般財団法人日本再建イニシアティブの独立検証委員会による報告書、経営コンサルタントの大前研一氏のチームH20からも、昨年10月28日に、細野原発事故担当大臣に提出され、この7月30日に、市販の出版物として刊行されました。これで出そろった感じです。
福島原発事故調査報告書

昨年の3.11以降、水素爆発による凄まじい原発事故と放射線による住民避難を目の当たりにして、反原発、脱原発の声が高まりました。それが昨今、国会周辺に大デモが繰り出されて最高潮に達しているようです。

3.11の大地震では、福島第二原発の方は自動停止、女川と東海第二も冷温停止に至りました。また福島第一原発の事故原因は、津波により全電源が喪失したためと分かってきました。原因が分かれば対策が立てられる、これは産業人であれば誰もが考えることです。

科学技術は、発生する無数のトラブルに対して、1つ1つ問題解決の技術開発を進めることにより、発展してきました。トラブルが大きければ大きいほど、その解決向かって果敢に挑戦することによって、大きな進歩を勝ち得て来ました。このような繰り返しにより、現代の文明社会があり、発展し維持されているのです。

原発も同じことです。今回の大事故から教訓を掴むことによって、より原発の安全性を高め、我が国がそれを担うことによって、原子力産業で世界で優位な立場を占めることは、国家戦略としては真っ当なことであるはずです。しかしそうは思わない人達が出てきました。原発は制御不能な危険なシステムだというわけです。菅直人前首相が率先して、浜岡原発の定検後の再稼働停止を求めたことにより、反原発・脱原発の風潮を高め今に至っています。

制御できない危険な要素として、放射能の問題があります。水素爆発により放射能が拡散し、住民は避難を強いられました。未だに避難生活は続いています。発ガン等の健康被害、妊婦や子供達への生物学的影響など、いざ事故が起こった場合の問題が大きすぎる、だから原発そのものを止めよというわけです。

この問題は2つに分けて考える必要があります。1つは、そもそも水素爆発による放射能の飛散は、原発の工学的(科学技術的)な問題共に、事故発生後の事故対応が適切ではなかったためではないか、2つは放射線量に対する安全基準が厳しすぎて、必要以上に住民への避難処置が取られたのではないか、と言うことです。後者に関してはその後、安全基準が拠り所にしていた「低放射線量に関する閾値なし理論」がそもそも間違いではないか、放射線ホルミシス理論からみて低線量放射線は問題ないのではないかとの疑念等が提示されています。

事故検証は何のために行うのか、それは事故から何かを学び、将来にそれを活かすかと言うことです。今回はその前の緊急の課題として、定期点検で停止中の全国の原発の再稼働への判断材料を提供することが挙げられます。ここにいつまでに結論を出さなければならないかの政治的スケジュールの問題が出てきます。

上記から検証すべき項目として、大きく分けて4つ考えられます。
●事故発生後の事故対応は適切であったかどうか、学ぶべき教訓は何か
●原発システムとして、工学的(科学技術的)に何が問題であったか、学ぶべき教訓は何か
●放射線量の安全基準は妥当であるのか
●そもそもの原子力安全行政において何が問題であったか、学ぶべき教訓は何か

以下、各報告書を概括的にみた一市井の国民の感想です。
(1)政治的スケジュールの問題
大前研一氏のチームみが、事故検証は停止中の原発再稼働の要件として明確に意識し、昨年6月に細野大臣の了解のもとに、政府から離れたセカンドオピニオンとして検証報告の提出を約束し、10月には中間報告書を提出しました。その後、大飯原発再稼働に資するために、福島との原子炉の違い(福島は沸騰水型(BWR)、大飯は加圧水型(PWR))に対して、福島で得られた知見により、大飯の安全対策の検証結果を加えて、12月下旬に最終報告書を政府に提出しています。何のために、いつまでに、何をするのか、誠に明確なアプローチと言うべきです。

一方、政府も国会も福島の事故検証の知見を大飯の原発再稼働につなげるストーリー展開への意識はあまりないようで、大飯原発の再稼働は、事故報告書を待たずに決定されました。大前氏が6ヶ月の期限で結果を出したのに対して、政府も国会も誠に悠長であり、原発再稼働への真剣度が疑われると言うべきです。

(2)各報告書の検証対象
(a)東電
昨年6月、事業当事者として社内に経営幹部による事故調査委員会と外部有識者による事故調査検証委員会を発足させ、昨年12月に中間報告、この6月に最終報告書をまとめました。内容として、地震と津波到達後の対応状況を詳細に分析し、既存の事故対応体制に照らして、設備面、緊急時対応の運用面で課題抽出と対策をまとめています。事業者として真っ当な取り組みをしていると思われます。

(b)政府
昨年5月、「失敗学」で高名な東京大学名誉教授の畑中洋太郎氏を委員長とする事故調査検証委員会を発足させ、昨年12月に中間報告、この7月に最終報告が提出されました。目的として、事故による被害の拡大防止及び同種事故の再発防止等に関する政策提言を行うとされました。上記の4つの分類で言えば、事故対応と原子力安全行政の部分です。そもそも工学的検証は対象外としてしまったのは、原発システムを工学的に地震や津波に対して強靱にし、事故再発を防止するという視点を欠いたものであり、基本的な間違いを犯していると言うべきです。民主党政権には、脱原発が根底にあるからと想定されます。

検証の具体的項目としては、「海水注入中断など官邸の現場介入」、「全面撤退問題」、「地震の影響」、「作業員の初動対応」、「SPEEDI」などです。そして提言を25項目まとめています。報告書は本文と資料編で826頁にもなり、とても見れませんが、どうも提言が理念型です。それはそれでよいのですが、今求められているのは、現実の問題点を踏まえた具体的に何をすべきかとの提言のはずです。例えば「複合災害を視野に入れた対策に関する提言」として、「今後、原発の安全対策を見直す際には、大規模な複合災害の発生という点を十分に視野に入れた対応策の策定が必要である」としています。最終報告と言いながら、抽象的な問題提起のままで、今後の調査の継続を提言するとしているのが散見されるのです。

(c)国会
昨年12月、法律に基づき事故調査委員会が発足しました。参考人招致の権限を使い、1千名以上の関係者のヒヤリングを行い、この7月5日、報告書が提出されました。検証の対象は事故対応と原子力安全行政の部分です。住民から見た事故対応の問題点として、住民避難の項目が挙げられていますが、最も苦難を強いられているもとである放射線量の安全基準は、正しい与件として扱っています。従って避難対策として、膨大な予算を必要とする除染を進めると言うことにしています。低線量放射線の安全性に関しては、世界で問題が指摘されています。国会こそ、住民避難軽減の政治課題として、低放射線量の安全に関するモデルの検証をすべきではないでしょうか。

(d)民間:日本再建イニシアティブ
検証対象は、事故対応と原子力安全行政です。後者に関しては歴史的・構造的分析を行っています。低線量放射線の問題に関しては、内外の状況を解説し、住民避難に対する政府の政治判断の妥当性について検証されていないと、状況を説明しているだけです。

事故の工学的検証は行っていません。

(e)民間:大前研一氏のチームH20
工学的検証を行っているのは、大前研一氏のチームのみです。氏は、米MITで原子力工学博士号を取得し、日立製作所で高速増殖炉の炉心設計を行っていた人で、高名な経営コンサルタントです。細野大臣(当時首相補佐官)に、政府からは独立した民間のセカンドオピニオンとして、但し必要情報のアクセスへの仲介は政府にお願いすることとして、提案し了承されたものです。特徴は、実務の専門家(原子炉オペレーションとして東電など、原発メーカーとして日立、東芝など)の協力を得たことです。

報告書を見ると、目から鱗です。誠に明解です。氏の着眼点は、大事故を起こした福島第一に対して、冷温停止にこぎ着けた福島第二、女川、東海第二との比較・差異分析を行い、事故の原因・誘引を求め、教訓を引き出そうとするものです。
   http://pr.bbt757.com/pdf/conclusion_111227.pdf

今回の事故では、地震では有意な損傷を受けたとは認めらないとのことです。最大の事故のポイントは、「電源喪失」です。電源があれば中央監視室の監視機能が維持でき、原子炉の冷却を続けることは可能でした。電源喪失の責任は電力会社だけにあるのでしょうか。実は原子力安全委員会の安全設計審査指針は「長期間にわたる全電源喪失は、送電線の復旧または非常用電源の復旧が期待できるので考慮する必要はない」とあります。事故の原因は、この政府の安全指針が間違っていたことにあることが分かったとのことです。

このように1つ1つ問題点を詰めていくことにより、「どのような地震、どのような津波が来ても、技術面と管理面で、被害を最小化することは可能と述べています。

氏は最後にこういいます。
「原子炉も電気事業もまだまだ進化できる。敗北思想で福島の経験を捨ててよいのか。ここで撤退したら、科学技術の進歩はない。福島の事故原因を知れば知るほど、再発防止は可能との信念が生まれる。どんな事態にも確実に冷温停止できる原発技術を生み出し、日本のエネルギー源として延ばしていく勇気をもてるかが問われている。」

なお、マスコミは大前研一氏のチームの検証報告は何故か報道しません。

(3)低線量放射線の安全基準
政府は昨年11月、大学、研究機関の有識者による「低線量被爆のリスク管理に関するワーキンググループ」を組織し、12月末に報告書をまとめました。民主党政権としては珍しく、議事は公開されました。これは放射線量安全基準に関する政府による検証報告と言えます。
    http://www.cas.go.jp/jp/genpatsujiko/info/twg/111222a.pdf

政府は、国際放射線防護委員会(ICRP)勧告の20~100ミリシーベルト/年の範囲から、20ミリシーベルト/年を安全基準を定めました。しかしICRPの低放射線量でもリスクが増大すると言う閾値のないモデルへの批判があるのに対して、「公衆衛生上の安全サイドに立った判断」とし、また批判は不適切と言い切っています。

政府が決めた規準により住民は避難しました。この規準は間違いだったとは政府は言うはずはありません。政府の判断の誤りを正すのは、国会しかありません。国会は是非、国内外の知見を集約して検証して欲しいものです。または、大前研一氏のケースのように、政府とは独立した民間の有識者による検証委員会があって欲しいものです。この件で先般、札幌医科大学高田純教授が主催された「日本再生のための愛国九国国民大会」において、アンケートで提言させていただきました。


以上長文にお付き合いいただき有難うございました。言いたいことは2点で、1つは、事故検証に対する政府、国会のアプローチでは、事故再発防止の役には立たない、工学的アプローチこそ必要(大前氏がカバーしましたが)、2つは、政府が定めた低線量放射線安全基準の政府から独立した検証が必要ではないか、でした。

(うまし太郎)
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未分類 | コメント:(2) | トラックバック:(0) | 2012/08/03 10:08
コメント:
No title
 見事な解説をいただき有り難うございます。
 これらの分厚い報告書は、見ただけで読む気が失せるようで、いずれ解説を読めばよいと横着を決め込んでいました。
 それにしても、適切な解説です。論理的にも説得力があります。
 この手の報告書は、どうしても政治色が脱けないものと思って居ましたが、大前氏の工学的解析こそ政治色のない、もっとも適切な報告書であるとの評価も、なるほどと納得します。
 マスコミが唯一黙殺する所以もその辺にあるのでしょう。
 マスコミは、脱原発の結論ありきで、デモを不当に賛美、擁護しています。
 脱原発で我が国が被るダメージは、そのまま特亜とアメリカ、ロシア、我が周辺国の利益に直結します。まさにそれがマスコミと左派民主党の狙いであることを物語っているようです。
 うまし太郎さんにお願いいたします。
 このうまし太郎さんの解説を是非拡散させてください。
No title
ごまめさん、コメントをいただき、有難うございました。

今朝の新聞によると、野田首相は、反原発デモの主催者(煽動者に過ぎません)の面会要求に応じる意向を表明しました。また原発比率に関して、「討論型世論調査」なるものをするとのことです。その前には、この原発比率に関する公聴会を各地で開催しましたが、電力会社の専門家の参画を排除しました。民主党政権の政治手法の基本にこのような大衆迎合型のポピュリズムがあります。大変危険です。

インターネットで公開された事業仕分けでは、蓮舫は、スーパーコンピューターは2位でどうしてダメかと言いました。今回はそれは脱原発です。スーパーコンは、国民はよく分からなかったし、それよりも専門家の反撃がありました。今回は専門家は「原子力村」が災害を起こしたとレッテルを貼られて萎縮しています。一方国民は、放射線被害におののき、情緒的な判断力しかありません。このような状況の中でのポピュリズムは、間違ったしかし引き返すことが出来ない結論を導き出しかねません。

これを論理的に打破するものが、1つは、事故の工学的(科学技術的)検証による解決策の提示であり、大前研一氏は、どのような津波にも地震にも対応可能な技術的解決策を目指せ、それは可能だ、と具体的に提案しています。2つは、低線量の放射線は、実は問題ないのだと言う検証です。この2点が明示されれば、脱原発、反原発の理由はなくなります。

と思って、事故検証報告書を素人に過ぎませんが検証させていただきました。

去る7月24日のNHKスペシャルは、「原発事故調最終報告書」を取りあげていました。しかし、政府、国会、日本再建イニシアティブの調査委員長を登場させましたが、大前研一氏の姿はありませんでした。ネットを見ても大前研一氏の新聞報道は見つからず、無視されています。事故検証報告は、海外に対してもきちんと行うのが、日本政府の責務になっていますが、多分政府の、また国会の報告書は歯牙にもかけられず、大前氏の報告書(既に英文で発行)が評価されるはずです。

>是非拡散させてください。

前置きが長くなって申し訳ありません。是非よろしくお願いいたします。

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