憲法をきちんと考えよう

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相変わらず、護憲派ばかり報道されていて改憲派の人や自主憲法制定を考える人間を呼ばないテレビですが、
そのNHKの経営委員の方が公開憲法フォーラムにて面白いことを話しました。

憲法フォーラム出席の百田尚樹氏 「護憲植え付けたのは朝日」「NHKにややこしいのがいる」
 「永遠の0(ゼロ)」などの著作で知られる作家でNHK経営委員の百田尚樹氏が3日、都内で開かれた公開憲法フォーラムに出席し、改憲に慎重な朝日新聞を重ねて批判した。「『憲法は神聖にして侵してはいけない』という考えを植え付けたのは朝日新聞だ。憲法とは世界の状況や生活様式の変化によって変えていくものだ」と述べた。

 このほか、百田氏の歴史認識をめぐる発言を理由にケネディ駐日米大使がNHKの取材を拒否したと共同通信が報じたことに対し「大嘘だ。NHKの中にややこしいのがいる。そういうのが共同の記者に語ったらしい」と不満を爆発させた。

百田さんと言えば盛んに言論弾圧に対して積極的に交戦している方ですね。
反日プロパガンダは盛んに百田さんの言論を封じようとしております。しかし、彼にとっては作家という本職があります。それに反するウソ偽りを許せないのでしょうか?
まずは護憲派、改憲派、自主憲法制定派の三派を一様に並べて議論すべき事項を護憲派しか出さない事こそ公平な報道を行っていないという話にならないのが不思議でなりません。
又、個人の発言を上から押さえつけるというのも納得がいきません。報道にかかわるNHKの経営委員であろうがなかろうが個人の発言を封じる言論弾圧は許されないというのが今の日本の憲法です。
そのことをわかっていない人は彼を否定できないはずなのですがどうも恥知らずのようですね。

『ケネディ駐日米大使がNHKの取材を拒否したと共同通信が報じた』このウソに対して報道各社が謝罪した覚えありませんね。
そういえば百田さんの代表作である『永遠の零』について映画祭でグランプリをとったことをきちんとテレビで報道しているのでしょうか?
『永遠の0』“伊”映画祭でグランプリ 『おくりびと』以来の快挙
 岡田准一主演の映画『永遠の0』が、イタリア北東部の都市ウーディネで開催されていたヨーロッパ最大のアジア映画祭『第16回ウディネ・ファーイースト映画祭』(4月25日~5月3日)で、グランプリに相当する「ゴールデン・マルベリー賞」を受賞した。『おくりびと』以来、5年ぶりに日本映画が受賞する快挙。今回の受賞が、同作としては国内外初の映画賞受賞となった。

井上真央や三浦春馬が共演
 同映画祭は、日本をはじめ韓国や中国、台湾、香港といった東アジア及び東南アジアを中心とした国と地域で製作された映画を対象にした映画祭で、今回は長編58本、短編4本が上映された。「ゴールデン・マルベリー賞」は来場者の投票で決定し、今回は『永遠の0』が1位となった。インターネット投票で決定する「マイ・ムービーズ観客賞」は、クロージング作品として上映された『テルマエ・ロマエII』が受賞した。
 作家・百田尚樹氏のベストセラー小説を原作に、太平洋戦争中のゼロ戦特攻兵の人生を描いた同作。昨年12月21日に公開されて以来、5月2日までの133日間に観客動員707万5326人、興行収入86億8077万8100円をあげ、歴代の邦画実写作品で第6位の成績をあげて現在も公開中。香港、マカオでの配給も決定している。

おくりびとがグランプリをとった時のテレビ報道はすさまじいものがありました。それに次ぐグランプリをとったのに今回は無視ですね、これがテレビ局各社の対応です。人気があっても人気がないように見せかける、人気がない寒流ドラマを人気のあるように見せかける。テレビはこのようにして世論の構築を戦前から行ってきた存在なのでしょうね。

現在の憲法は国を護れないことがわかりきっています。
その項目を訂正し、自ら国を護れるようにしていく事こそ国民の願いなのではないでしょうか?
憲法改正についてこのような話があります。

 産経新聞が平成25年4月に発表した「国民の憲法」要綱は、現行憲法9条の「戦争の放棄」という標題を「国防」に改め、同条2項の条文を全面的に削除し「軍の保持」を明記した。
 侵略のための武力行使の放棄や国際平和に努める規定は外国の憲法でも珍しくないため、現行憲法9条1項前段の「国際平和の希求」は維持した。一方で、同項後段にある武力行使を禁じた条文については、紛争の平和的解決や国際平和の実現に日本が尽くす積極的平和主義に立脚した表現に直した。
 「軍」の保持に伴い、軍隊内に規律や統制維持、軍人の権利擁護のため、90条で「軍事裁判所」を設置する条文も盛り込んでいる。
 国民の憲法起草段階では徴兵制度にも議論が及んだが、自衛隊が高度に専門組織化されており、国民皆兵制度は合理性を欠くと判断。その一方で、国民に国を守る精神を根付かせるよう、19条では国民の義務として「国民は、国を守り、社会公共に奉仕する義務を負う」と定めた。

当たり前の事です。自分の身を自分で守れないというのは国として手足をもがれているようなものです。
きちんと自分の身を自分で守れるようにしていきましょう。
少なくとも自分が何もしなければ相手も何もして来ないという偽善は止めましょう。
日本の立場、現在の危機をきちんとわきまえて自衛権をきちんと発動できるように憲法を改正していきましょう。
少なくとも現在は中共の侵略、北朝鮮のミサイル、アメリカの制約、大韓民国の火病などなど危機が迫っています。
国会で議論するに当たりこれらの事項を外しては議論そのものが無駄となります。

もはや机上の空論を行っている余裕は世界にはないのです。

第一にグローバル社会となって直接牙を付き合せることになります。そうなれば軍隊という後ろ盾のない国ほど弱くなるのは自明の理です。その社会を生きていく事でも軍隊は必要です。

第二に世界の平和のために日本の安全を脅かすことはできません。日本が引けば良い、相手も引いてくれるなんてことを話している人間は現実の世界を知らないお花畑の思考の持ち主ではないでしょうか?
そのような人間の発言を聞いても仕方がありません。どうせ大したことは話していません!

第三に自衛権を集団やら個別やらに限定する必要はありません。自衛するために最大限の努力を行うのがどの世界でも当たり前の行為です。それを制限する=自分たちは占領されても良いですよと言っているだけにほかなりません。
第一次世界大戦後に海軍に対して何が行われたか見てもらえればわかると思います。

先の大東亜戦争の教訓を生かし、如何に国を護るのかこの一義で物を考えなければなりません。
現在できないことをできるようにするための議論が必要であり、出来ないことを確認するための議論なんて不要です。
歴史を振り返ればわかるはずです。日本はいつも自衛のために戦争をしていました。
日華事変に代表される起点となった戦争は元々治安維持のために軍隊を配備しており、匪賊から国民を護る為に駐留していたにほかなりません。そこを襲撃していたのが中共達であったことは歴史の真実として残っております。
憲法で限定しようとしても敵が攻めてくる限り戦火を防ぐことが出来ないのです。
であれば、きちんと相手が手をさせないようにしていくのが最良であるのは自明の理だと思います。
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そのための憲法改正議論を求めます。
出来ない理由としての議論ではなく如何に日本を護り、繋いで行くかの議論をお願いしたいところです。
60年間も何も変更できなかった憲法、もはや時代にそぐわなくなっています。
きちんと議論して改正、そして自主憲法制定につなげていきたいと思います。
現在の憲法はきちんとしたプロセスを踏まえていないから無効という議論もあるかもしれませんが、と言って大日本帝国憲法をそのまま使うには時代に合わないところが多すぎます。
きちんと議論して改正をしていきましょう。
我々国民もきちんと考えて行動していきましょう。
次代をつなぐために必要なのです。
(ブラッキー)

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歴史 | コメント:(0) | トラックバック:(0) | 2014/05/10 06:00
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