神話の時代にさかのぼるご縁

 高円宮典子女王殿下が出雲大社の祭祀を受け継ぐ「出雲国造」を代々務める千家家の千家国麿さんとご婚約されました。心より慶賀の至りとお慶び申し上げます。

 皇室と出雲大社の接点は、神話の時代にさかのぼります。古事記や日本書紀にある「国譲りの物語」です。

 出雲大社に祀られている神様は、大国主命です。ワニに皮を剥がされて酷い目に遭った因幡の白兎を助けたことで知られている神様です。「国譲りの物語」によれば、天上の高天原は天照大神が治め、地上世界は実質大国主命が治めていたことをうかがわせます。天上界の最高神である天照大神は、地上界も天上界が統治しなければいけないとして、大国主命に国を譲れと2度も使者を派遣しました。天上界の神の力を使って、すなわち戦争を仕掛ける形で地上界を統治するのではなく、国を譲って欲しいと申し込んだのです。

 その交渉のために、天上界から自分の二人の子供を出雲に送りましたが、一人はそのまま出雲に居つき、一人は大国主命の娘と結婚してしまい、国譲りの交渉は失敗しました。そこで今度は、武力の象徴のような強い神を送りました。これを迎え撃つのが大国主命の息子の神で、こちらも力の強い神でした。

 そして二人は、相撲を取り力比べをします。最後は息子の神が負けて逃げました。そこで大国主命は、息子が負けたことで「国譲り」を決心しその条件を提示します。

 それは、出雲に自分たちが住むために、巨大な宮柱のある大きな建物を建ててくれたら、そこに移り住み静かに暮らそうというものでした。そうして建てられたとされるのが出雲大社です。

 「国譲り物語」は何を意味しているのでしょうか。国を政治的に統一する時、大陸では中国でもヨーロッパでも、大戦争があり大殺戮がありました。しかし日本では平和裏に行われたのです。
 また「国譲りの物語」は歴史的事実のようです。それは近年の遺跡の発掘で明らかになってきています。

 平成12年、出雲大社の境内遺跡から、直径1メートルもある巨大な杉の大木3本を束ねた形の柱の跡が出土しました。ゼネコンの大林組の試算によると、高さが法隆寺大仏殿より高い48メートルもの巨大な建物であったであろうことが分かりました。弥生時代に作られた銅鐸には、大きな建物の絵がよく描かれていることからも、その頃建てられていた可能性があると推定されます。

出雲大社・空中神殿

 さかのぼって昭和59年、出雲大社の近くにある荒神谷遺跡から銅剣358本が整然と並んだ状態で出土しました。平成8年には、同じく出雲大社の近くの加茂岩倉遺跡で、39個の銅鐸が出土しました。

荒神谷遺跡・銅剣

 今も続く出雲大社の祭祀に「神迎(かみむかえ)祭」あるいは「神在(かみあり)祭」があります。旧暦10月10日の夜、国譲り神話の舞台である稲佐の浜に、龍蛇神(りゅうじゃしん)に導かれて神々が現れるとされ、その神々を浜でお迎えする神事が執り行われるのです。

 全国から集まる神々をお迎えするお祭りが、出雲大社で行われているのはなぜか。

 東北大学名誉教授の田中英道先生は、次のように推定しています。
 『「国譲り」をすることによって出雲大社は誕生します。神々、多分地域の豪族達が集まって、「国譲り」の協議をし、武力を使わないという証として、それぞれの武器(剣)を供出したのではないか。荒野谷遺跡で発掘された358本の銅剣は、4列にきちんと並べられており、儀式にのっとった形で置かれたと想像できる。大国主命に従って、武器を捨てるという儀式が「神在祭」の神事ではないか。
 加茂岩倉遺跡では銅鐸が39個も出土した。銅鐸は権威の象徴とも考えられているから、それが39個も出てきたというのは、国譲りによって権威も譲りるということを表しいてるのではないか。』

 古事記の「国譲り物語」は歴史的事実であることを窺わせます。天照大神は皇室の始祖、そのお子が大国主大神から出雲の国を譲り受け、国を譲る代わりに建造されたのが出雲大社で、大国主命に仕えた天照大神の次男、天穂日命(あめのほひのかみ)が、千家家が務める出雲国造の祖神とされるとのことです。

 長い長い悠久の歳月が流れ、天照大神から神武天皇を経て今上陛下で125代、出雲神社の出雲国造は国麿さんの父、尊祐(たかまさ)さんで84代を数えるとか。そして現代に至り、神話の世界の天照大神の悠久の末裔に繋がる典子女王殿下と、同じく神話の世界の天照大神に由来する出雲神社のまた悠久の末裔が、ご縁を共にするのは正に奇跡的な話であり、わが日本国の、日本文明の壮大なロマンここにありと言うべきです。

 西村眞吾先生は、ご自分のメルマガで、喩えが不敬で雑で誠に申し訳ないですがとして次のように述懐しています。
 『ギリシャ神話でいえば、アガメムノンに二人の息子がいて、長男の直系が今もアガメムノンの指示によりギリシャの皇帝で、次男の直系の今もアガメムノンの指示を守って父であるアガメムノンの大恩人の宮殿を守っている。そして、二千七百年後に、この二つの家の長男系の女王殿下と次男系の長男が婚約したとする。ヨーロッパ文明社会は、びっくりするだろう。起こりえないことだから、頭がくらくらするのではないか。ところが日本では自然に起こる。』

 この度のご婚約は、日本は悠久の歴史・文化・伝統を頂く誠に素晴らしい国であることを、改めて強く認識させて戴いたのではないでしょうか。

(資料:産経新聞 http://www.iza.ne.jp/kiji/life/news/140528/lif14052810300008-n1.html 他)
以上
(うまし太郎)

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歴史 | コメント:(0) | トラックバック:(0) | 2014/05/28 22:11
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